第8話 島主
シシルナ島に、窃盗団が入ってきたという噂が流れてからしばらくして、実際の被害件数が増え始めた。
島主であるガレア・シシルナは、その対応に苦慮していた。まったく、犯人像が掴めないからである。
比較的裕福なこの島では、犯罪率も低く、新参者はほとんどがダンジョン目当ての冒険者である。
「いったい、どうなっているんだ、ローカン警備長」
「島全土の巡回を強化し、宿泊施設への立ち入り調査を実施しています」
「ご苦労。それで成果は?」
「……」
「窃盗された家にその前に来た者は?」
「どの家も商人が出入りしています」
「だろうな。何を取られた?」
「金だけです。他の物はありません」
「他に手掛かりは?」
「それが、全くありません」ローカンは、太った体に大汗をかきながら答えた。
「何か情報はないのか?」
「一つありました。魔物の森の近くに住む魔女が子供と暮らしているらしいです。彼女は貧しい生活をしているのに、最近、大陸の商人が出入りし、大金を使っているという噂があります」
「それで、その者はいつからそこにいるんだ?」
「えーと、もう数年にはなるかと」
「お前、それで警備長か……」と島主は深いため息をついた。
事件がほとんど起こらないこの島では、朴訥で真面目な男でも務まるのだが、今回は話が違う。
島主は若い頃、本土の王国王都にある大学で魔法を学んだエリートの魔術師だった。
地元のシシルナ島に帰り、パーティを組んで冒険者をしていたが、父親が死ぬと、島主のジョブが現れた。
仕方なく冒険者を辞めて、島主になったのはついこの前のことだ。
「待てよ、その魔女の所に行ってこよう」
「取り押さえますか?部下を手配します」
「いや、俺だけで良い。この話は、誰にもするな。絶対だぞ!」
「わかりました。お気をつけて」自分は関係ないとでも言いたげな返事をする。
「馬鹿か、お前だけは一緒だ」島主専用の馬車に乗り、誰にも気づかれないように島庁舎を離れた。
山道を数時間、島の中央に向かって登っていく。自然の豊かさが感じられる。
魔女が住むという場所は、魔物の森の近くにある村の外れだった。村に馬車を停め、歩いて向かう。
「おーい。誰かいないのか?」ローカンが魔女の家に恐る恐る近づく。
小さな狼が吠え続けている。家の裏から顔を出した隻眼の子供が、じろりとこちらを睨んでいる。
魔女の家は古いが、周囲はきれいに整えられ、簡単な農園になっている。
「何の用だ」その子供がいきなり威圧的な声を出す。
「俺はローカンだ。知ってるか?」
「お前のことなんて知らない。俺はノルド。何の用だ?」
「何だと!」ローカンは、態度の悪い子供に腹を立て、大声を出した。
「子供相手に喧嘩をするな、ローカン。用事は、お前の母さんに会いたいのだが」島主が優しく声をかける。
「母さんの客か?そうか。母さんは今、体調が悪い。俺のせいだ」その子供はがくりと項垂れた。
小狼が寄って来て、体を擦り付けている。港町に買い物に行って疲れたのか、彼女は倒れてしまったのだ。
「いや、それなら出直そう」
「遠くから来たのだろう。お茶でも飲んでいってくれ」ノルドは、島主たちを大陸から来た商人と勘違いした。
母さんには会わせられないが、礼儀を失っては母さんの恥になる。
「じゃあ、一杯だけ、貰えるかな?」
「ああ、ヴァル、客間に案内して。お茶の準備をしてくる」
小狼に案内され、外見とは違い、家の中はきれいな古民家で、リビングには美しいラグが敷かれ、椅子にはクロスが掛けられていた。「ほぉ」島主は感心した。
壁には地図がかかり、テーブルには数冊の本と書きかけのノートが置かれている。本の題名を、島主は二度見した。
「あっ!すいません」お茶を持って来たノルドが慌てて本とノートをしまう。
「勉強してたのは君かい?」
「はい。でも薬学以外は苦手です。い、いつもはちゃんと勉強部屋で勉強してますよ」
(しまった。優等生だと思われないと母が見下される。)
「わかるよ。私も魔術書以外は眠くなってしまうから」ノルドの目を見つめながら、島主は柔らかい笑みを浮かべた。
「どうぞ」レモンティーと蜂蜜飴を出した。
「美味しいね」「この飴、元気が出ますね」ヴァルは、興味無さげに部屋の隅で寝ている。
「良かった」ノルドは心の中で安堵した。
「ノルド、誰か来てるの?」ノルドやヴァルにしか聞こえないくらい小さな声がした。
「あ、母さんが起きた。えっと、お名前は?ローカンさんと?」
「ガレアです」
「母さん、お客様はローカンさんとガレアさんです」寝床まで聞こえる大きな声を出した。
「ノルド、外に出ていなさい。しばらく待っていてもらって」小さな声でセラが呟く。
「はい。お待ちください。母が来ます。これで失礼します」いきなりのノルドの態度に彼らは唖然としたが、島主が指示をした。
「それでは、ローカン。お前はノルド君と話をして来なさい」
「いや、私もここにいます」警備長がそう告げると、島主は「お前、魔女に会いたいのか?」と耳元で囁く。
「いや、やはりノルド君に話を聞いてきます」そう言い、ローカンは席を外した。
※
日が傾きかけた中、島主たちを乗せた馬車は、帰り道を急いでいた。
「島主様、魔女の親子、犯人ではありませんよ」警備長は、推理を自慢げに話す。
「へ?誰が犯人だと」
「いや、島主様が疑っているのではと。ノルド君、忙しそうでした。養蜂家で薬師でした。蜂蜜もらってしまいました」
「お前!幾ら払った?」
「え、もらったので、ただですよ」
「お前なぁ」
「でも、金目のものなんて無かったですよね。そう言えば、ノルド君の勉強部屋見たんですけど、小難しい本が、山ほどありましたよ」
いや、金目のものなんて、山ほどあっただろう。一級品のラグにクロス、精密な地図、本、マジックポーション入りの飴。
机にあった本だけでも、金貨100枚。ガレアが昔、王都で高くて買えなかった本だったから知っている。
いや、勉強部屋の本、見たら、幾らになるんだろう。専門書ほど、高価格になる。
島主は、こんな奴が、島の警備の長なのかと頭が痛くなった。
だが、この日の島主は、幸せだった。セラと会った瞬間、その強さを知り、話して知性に驚愕し、惚れ込んだのだ。
相手が病人なのに、話し込んでしまったのが、帰りが遅くなった原因だった。
「訪問してくる商人は、あのグラシアス商会の会長だそうですよ。このシシルナに会長自ら来るなんて」
「何だって!」地の利を活かすしかない。
とりあえず、ローカンの蜂蜜の御礼に、近いうちに行くとしよう。
すっかり、島主も窃盗団の事を忘れていた。
【後がき】
お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします! 織部
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