第5話 成功し過ぎも破滅フラグ
ハイリガークリスタル学園は、王族を筆頭に上級貴族の令息令嬢が通う学園である。入学時には基礎能力の測定が行われ、学園での成績は将来にも大きな影響を及ぼす。
家の後継者が変更となる事さえある程に、学園での成績が重視されるからだ。
先に入学した年長者は、後から入学してくる弟妹達に追いつかれぬ様にと必死になって精進し、それ故に身体を壊す者すら出るという。また、成績により家格にまでも影響を及ぼす為、通学する生徒達は親からの期待を一身に受け、過酷なまでのプレッシャーを負うのだ。
——全く、子供になんてことさせるのよ。ゲームとはいえ酷い設定だわ。現実世界でこんな競争があろうものなら、殺傷事件だって起こりかねないわよ。富と名誉を手にしたところで、健康じゃなければ意味が無いのに。少なくともここに居る皆は健康そのものなのだから、そこを称えるべきじゃないかしら。
ヒルデは呆れながらもこれから行われる体力測定の説明を聞いていた。測定科目はダンスと剣術、馬術の三科目で、女生徒は剣術と馬術の測定には棄権が認められるというものだ。
生徒数も多く、測定する教師側の人数も少ないため、この測定には数日かけて行われる。体力測定が終わると次は精神的能力測定が開始される。つまりは魔力測定だ。
ファンタジー世界全開の設定である。
ヒルデの一科目目のダンスの順番は最初のグループに入っている。そこでアマリアに悪役との差を見せつけ、闘志に火をつけるという筋書きだ。基本的にはヒロインよりも悪役の方が初期能力値は高く、ヒロインは努力で差を縮め、ついには悪役を追い越すというゲームらしい設定なのである。
音楽が鳴り、ヒルデは優雅にお辞儀をした。沢山の生徒達が踊る広いダンスフロアの中で、まるで彼女にだけスポットライトが当てられているかの如く、その可憐さに周囲で見ている者は一瞬のうちにヒルデに釘付けとなった。
軽やかなステップに余裕のあるターン。指先まで伸びたキレのある動きに、魅惑的な容姿。それには測定する教師たちまでもが唖然とし、プロの芸術的ダンスの様に周囲を虜にした。
——健康な身体を手に入れたのだもの、めちゃくちゃ努力しまくったのよっ!
ヒルデは思う存分ダンスを楽しみながら、ふとあんぐりと口を開けて見つめているアマリアの姿を認めた。そして周囲へと視線を向け、自分が注目の的となっていることに気づいてサァっと青ざめた。
——あれ? 私やり過ぎちゃったかも……?
そう考えた時、ヒルデの脳裏に嫌な未来が思い浮かんだ。
アマリアに追いつけない程の差を見せつけた場合、ゲームとして成立しなくなるわけで、そうなれば魔女扱いされて処刑される恐れが生じる。そもそもアマリアが手に入れるはずであった聖なる力を横取りした事がバレでもしたら、確実に魔女扱いされることだろう。
イコール断罪、即ち死。
「あわ……あわわわわわ!」
ヒルデは急に脚の力が抜け、ガクリとその場に膝をついた。音楽はまだ止んでおらず、周囲の者達はヒルデの様子を怪訝に思いながらもダンスを続けている。
「エルメンヒルデ・ハインフェルト。ダンスを続けなさい!」
三角眼鏡を掛けた女性教師が甲高い声で注意したが、ヒルデは涙目でその教師を見つめた。
「あ……えっと、ステップを忘れちゃいました。はは、ははは……」
慌てて誤魔化したものの、課題曲は基本中の基本で、誰もが一番最初に習うダンスであり、子供ですら踊れる類のものだ。つまりは理由として最も不適切なものを選んでしまったということである。
「エルメンヒルデ・ハインフェルト! やる気が無いのなら退場して頂きますよっ!?」
女性教師がヒステリックな声を上げた。
——退場したらどうなるの? また生徒会室に連れていかれるとか!? そうなったらレオンハーレンとベルーノにこっぴどく叱られて、公爵家から勘当なんてことになったら破滅じゃない!? 折角健康な身体を手に入れたというのに、そんなのあんまりだわっ!!
混乱するヒルデの前に手が差し伸べられた。サラサラの赤毛を靡かせて、眩い笑顔を向ける赤毛猿こと、アルフレート・バーダーだ。
「ヒルデ、さあ立って。緊張してパニックになっちゃっただけなんだろう?」
——チャンス!?
「そ、そうなの、アルフレートさん!」
ここぞとばかりにアルフレートの手を取って立ち上がると、わざとらしい程にぎこちなく踊り始めた。
「ヒルデ、ひょっとして俺に緊張しちゃったのかい? 困った子猫ちゃんだなぁ。ほら、俺に合わせてごらんよ。そうしたら思い出すからさ」
ヒルデは全身に鳥肌を立てたものの、アルフレートにピンチを救われた事は確かである為、ぐっと口を噤んで堪えた。
——どうせアマリアの前で良いところを見せたいだけなんだろうけれど、でも助かったわ。
アルフレートはどんくさいキャラクターの割に、ダンスの技術力だけは高い。流石攻略対象というところだろう。とはいえ、この後の剣術や馬術は悲惨な結果であることが分かっているわけだが。
「ねぇ、ヒルデ」
踊りながらアルフレートが小さく囁いた。
「その……助けてくれてありがとう。ヒルデなんだろう? 俺を谷底から助け出してくれたのは」
「……え?」
瞳をまん丸くしてアルフレートを見つめると、彼は少し照れた様に頬を赤く染めていた。
「ちゃんとお礼を言わなくてゴメン。アマリアの前で恰好悪い所を見せたくなくてさ。俺、嫌な奴だったよね。でも、ヒルデにも嫌われたくないって気持ちは本当なんだ」
「妙な事を言うのね。私に嫌われたって、気にしないんじゃないのかしら?」
「そんなことないよ!」
アルフレートはルビーの様な瞳を真っ直ぐとヒルデに向けた。
「大切な幼馴染じゃないか」
——お父様(公爵)に、娘をくれぐれも宜しくって言われてるものね。
簡単にときめく程、ヒルデは甘くない。シラケた目をアルフレートに向けながらダンスを終え、「助かったわ、有難うアルフレートさん」と棒読みでお礼を言った後、ヒルデはそそくさとホールの隅へと引っ込んだ。
そしてアマリアの可もなく不可もないダンスを見つめながら、ぐぅ~と腹を鳴らし、そういえば今朝の食事は馬車酔いのせいでお別れし、お腹の中が空っぽなのだということを思い出して、早くお昼が訪れないかと時間を持て余した。
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