【ZAW1期】ZurAnderenWelt〜始まりの物語〜2024年改稿版

第24話 消える声

　……眩しい。何かの光を受け、銀髪の男は目を覚ました。

「……ここは？」

　自分の呟いた声が反響する。薄暗い中何処からか、水が地面に落ちる音が聞こえて、土の匂いがする。おそらくここは外が近いのだろう。精霊達の言葉は聞こえないのは自分が弱っているからだろうか。まだ少し頭痛がする頭を押さえると手が泥だらけになっていることに気づいた。地面はぬかるんでいるらしい。ガクはゆっくりと立ち上がる。

　どうやら岩と岩の隙間から光は差し込んでいるらしく、その光が薄暗い中を少しだけ照らしていた。歩くと泥が水を押し出す不快な音が鳴る。明るさからしておそらくまだ夜が明けたばかりだろう。そうなると一晩中倒れていたことになる。光とは逆の方向に行くと薄暗い中に錆びた金属の格子が見える。格子をじっくり観察してみたが、錆びている以外には何の変哲もなく、扉には錠がかかっていた。簡単には外に出られないように見える。試しに格子の一つを揺すってみたが鉄の匂いが自分の手についただけでビクともしないようだった。

　その時、ガクは同じ牢の中に倒れている人影を見つけた。長い蒼色の髪が土で汚れている。

「ティリス！　大丈夫か？」

　彼女の名を呼びながら揺すると小さなうめき声を発しながら彼女は目を開けた。

「ガク？　どうして……うっ……」

　立てないほどの重傷を負っているらしく、ゆっくりと起き上がると彼女はなるべく落ち着こうとしているのか、深呼吸をする。彼女の腹からは血が流れているのが見えた。

「待ってて、今治すから」

　ガクが治療をしようとすると彼女はその手を掴んで首を振る。

「毒を……抜いてくれるだけでいい。あまり体力を使ってほしくない、から」

「でも……」

「いいから」

　全部治してしまったら怒りそうな勢いの彼女に押し負け、ガクは体に回った毒を抜くと傷口に汚れていない服を巻いて止血した。依然彼女の怪我は心配ではあるが、彼らには他にも心配なことがいくつもあった。王子、ユイナとチッタの安否、そして大臣の思惑である。

「大臣は一体何が目的なんだろう」

「国王の命令だとすれば……わからないわね。わざわざ自分の世継ぎを殺そうとするかしら。もし単独で動いているとすれば、恐らくは王の座だと思うわ。アレン王子を亡き者にしたのち、元王をも殺すつもりでしょう」

「そんな、もしかしてアレン王子は……」

「王子はきっと、無事だと思うわ。……今のところは、だけど。大臣は私を刺した時に、ことが済むまで休んでいろという主旨のことを言っていたから……」

「そうだといいんだけど……」

　　その時、暗闇から何者かの声が聞こえた。

「アレン、アレンが生きているのか」

　二人がとっさに振り向くと、初老の男がこちらを向いて話しかけていた。ずいぶん弱っているようで、着ている服も随分と傷んでいる。どことなく顔立ちがアレンに似ているように見える。

「私はエドワード。この国の王だ」

「エドワード王。何故そのようなお方が……。私、は……」

　名乗ろうとしたところで彼女は苦しそうに顔を歪めた。きっと腹の傷が痛むのだろう。出血が多いのか、心なしか顔色も悪いように見える。

「彼女はディクライットの騎士団のティリスです。俺はガクといいます。何故王様がこんなところに？」

　ガクがティリスの代わりに俺がこれまでの経緯を説明する。王と名乗ったその男はとても安堵した様子で口を開いた。

「そうか、王子は、アレンは生きているのだな……よかった……」

　しかし危険が迫っていますとティリスが口を挟み、王はううむと唸りながら考え込んでしまった。

　彼はちょうどアレンが城を追われた頃からこの牢に閉じ込められているようで、一体外で何が起きているのかわかっていない様子だった。先程の話から考えるにここに王がいるということはおそらく大臣の単独での犯行であろう、という結論に達したが、この様子を見ると、王様はアレンが城を追われた事も知らなかったようだった。

　ならば王子を追放したはずの今この国を治めている王は一体……と一つ謎が増えてしまっただけであった。

「巻き込んでしまってすまない……」

「いいえ。とにかく、まずはここから出る方法を考えないと……」

　牢屋の鍵が開いた。錆びた金属が擦れる音に、彼らは一斉に振り向く。

　ガクはすさまじい衝撃を頭に受けて床に倒れこんだ。泥が口の中に入る。突然始まった暴行は休むことなく続いた。髪を引っ張られ腹を蹴られ、大きな衝撃とともに血の味が口の中に広がり、泥とまざって気持ちが悪い。

　殴られるのは慣れていても痛いものだ。そしてこれはアシッドのときとは違った。彼らにはまだ良心の呵責があった。憎悪の心はどうして人を悪い方へと駆り立たせるのだろう。どこを痛めつけられているのかすらわからない意識の中で、ガクはぼうっとそんなことを考えていた。

　この時彼はほんの少しだけ、旅に出たことを後悔した。自分の種族が犯した業と向き合うのは、かくも辛いことなのだろうか。泥の冷たい感触を顔に感じ、それとほぼ同時にティリスの彼を傷つけるのはやめてという声が、遠くに消えた。