第21話 それからあったことと、ルースのその後

 それから――。


 確かに、アステル殿下のいうとおりになった。

 あの夜会であったことは、ほぼすべてのことが公表されなかったのだ。


 アステル殿下のいう『時が証明してくれる』というやつである。


 あのピンクダイヤモンドの首飾りは、ハルツハイム国王陛下にとって、確かに公にできないようなものだったのだ。


 ――もちろん、私がビュシェルツィオで調べた資料でも、首飾りはもともとビュシェルツィオのものだと証明できていた。

 王家所有の宝飾品の目録リストにあったし、なにより100年前の王妃の肖像画にその首飾りが描かれていた。


 ……確かに、あの首飾りはビュシェルツィオのものだった。


 とはいえ、あのパーティーにいたものたちの証言は止められない。あのパーティーの参加者たちは実際に首飾りを見ているし、ルース殿下が私に婚約破棄を突きつけたことも知っているし、ルミナ様が豹変したことも見ているし、怪盗が襲来したことも知っている。


 そんな人々が気になることはただ一つだろう。


『結局、あの首飾りは結局どうなったのか?』


 ある者は「あのまま男爵令嬢ルミナが持ち逃げしたのではないか」といい、ある者は「怪盗が盗んだのさ」とうそぶいた。またある者は、「きっとすべてはルース殿下の自作自演だったんだよ」とまことしやかに語った。全てはパーティーを盛り上げるための演出だったのだ、と。


 真相を知るものは、誰もいない。


 ただ一つ確かだったのは、事件がやがて風化していったということである。


 第二王子の婚約破棄、怪盗の登場、なくなった首飾り――。確かに刺激の強い出来事だったが、なんの進展もない事件は、やがて飽きられてしまう。


 やれどどこそこの伯爵家のご婚約が決まったのだとか、やれ公爵家ご令嬢の新しいドレスはどこの服飾店で作られたものなのか――。そんな話題が人々の口に上がっていく。


 社交界は常に新しい刺激を求めているのだ。


 ルミナ様についてだが、もちろん出頭などしてこなかった。それどころか彼女がどこに行ったのか誰も知らない。まさに煙のようにどこからも消えてしまったのだ。


 だからいったのに……。悪人を取り逃がしたのが悔しい。ルース殿下がほんの少しでも私のことを信じてくれていたら、と思うばかりだ。


 で、そのルミナ様のご実家であるランバーズ男爵家だが、お取りつぶしになってしまった。

 これは、首飾りのこととも、第二王子殿下を誘惑したことも関係がないことだった。


 なんでも、御禁制の品をビュシェルツィオ帝国へ輸出していたというのである。それがビュシェルツィオ帝国側からの調査で発覚したのだ。

 それで、当主以下男爵家の全ての人は牢屋に入れられてしまった。当然ルミナ様の捜索もされたのだが、ルミナ様は見つからなかった。


 もしかするとルミナ様は最初からこの世にいなかったのではないか……本当にピンクの妖精的な何かだったのではないだろうか、なんて噂まで広がっていた。


 実際には、どうなのかしらね。


 案外、どこかのお金持ちに匿われて、したたかに生きていらっしゃる気がするわ。


 ……さて。ルミナ様にあっさり切り捨てられたルース殿下がどうなったか、というと……。


 ルース殿下は、しばらくは荒れて大変だっということである。


 怪盗に宝を盗まれた! あれは俺の首飾りなのに! そのうえ俺は最愛の人に騙されたのだ!! と喚いてうるさかったという。


 ルミナ様が逃げ、彼女の実家の罪も発覚し、さらには私もビュシェルツィオの皇子にとられ……。

 もともと傲慢なところがあった彼は、すっかり人間不信になってしまったらしい。


 そして、しばらくして立ち直ったかと思ったら、今度は私に対して怒り始めた。


 シルヴィアのせいで俺は破滅した! というわけだ。


 怒るだけならまだしも、彼は私とのよりを戻そうとすらしているそうである。


 俺を破滅させた女シルヴィア。責任をとって俺と再び婚約しろ。毒婦ルミナによって傷つけられた俺の心を癒やす義務がお前にはある。そうしたら感謝の一つもしてやらんでもない。首飾りを取り戻したときにはお前にくれてやってもいい、それくらいには大事にしてやる! と息巻いている、とのこと。


 これ、ジョークのつもりなのかしらね? 私を笑わそうとしているのかしら。だとしたらなかなか喜劇のセンスがあるじゃないの、ルース殿下も。

 でももし本気でいっているのだとしたら……本当に、二度と関わり合いになりたくないレベルで見下げた人間だと思う。


 まあ、なんにせよ、新しい生活をビュシェルツィオにてスタートさせている私にはもう関係のないことだわ。


 そんなルース殿下をハルツハイム王は大叱責したということである。そして謹慎を命じた。


 ハルツハイム国王陛下にしても、隠しておきたかった首飾りを息子に暴かれるわ、しかも取り戻されるわ、自分のまとめた王命である婚約が破棄されるわ、息子が馬鹿だわでかなりショックはあっただろう。


 もともと首飾りを借りたまま盗ってしまった陛下が悪いのだから、同情なんかしないけど。


 そして、私ことシルヴィアは……。


 あの夜、私はあのままビュシェルツィオ帝国に赴いたのであった。そしてそのままそこに住むことになった。

 これはアステル殿下が素早く流布させたあるシナリオによるところが大きい。


『あの夜怪盗に連れ去られた私は、たまたま通りかかったビュシェルツィオ帝国第一皇子アステル殿下によって助け出された』


『二人は幼い頃に一度会っており、互いに初恋の人同士であった。運命的な再会に感激したアステル殿下は私にプロポーズし、もちろん私もそれを受け入れ、私はそのまま帝国に住むことになった』


 ――という、私のアイディアをアレンジしたものをアステル殿下は採用したのである。


 プロポーズに関しては……。まあ実際あったことだし、それはそれでいいかな、という感じだ。……恥ずかしいけどね。


 私とルース殿下の婚約がルース殿下の宣言で破棄されたことは、あの夜会に集っていた客人たちが証明してくれるし、これはなんの咎もなく受理されたのだった。


 このことは両親も祝福してくれた。

 ビュシェルツィオへの移住も許可してくれた。


 もしかしたらルース殿下の手のものが私を連れ去りにくるかもしれないから、ハルツハイムにいるより外国にいたほうがいい……と両親はいってくれた。


 アステル殿下に守ってもらうのよ、と……。


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