リッチがいる葬儀屋さん

第1話

「あなた、誰?」



 シワひとつないスーツに身を包んだガイコツが、殺風景な和室で正座をしている。

 なんなの、こいつ。人体模型に知り合いはいないんだけど。



「英子さん、僕です。リッチですよ」

「……ああ、そうか! あのリッチさんね!」



 思い出した。

 三カ月前に、葬儀会社の事前相談のイベントで会ったんだ。


 英子には一人息子の優斗がいる。シングルマザーで身寄りがないため、いざというときに優斗が困らないように、葬儀の相談をしていた。


 対応をしてくれたのが目の前にいるリッチだ。


 魔王とケンカをして追放された先が、ここ一宮いちみや町だった。今ではすっかり人間界に馴染み、葬儀会社でモリモリ働いているそうだ。



「事前相談ではお世話になったわ。でも今日お話しする予定はあったかしら。それに、ここはどこ?」



 視界に映るのは、線香やろうそくなどのお参りセットと丁寧に敷かれた座布団。

 英子が上半身を起こしているのは、寝返りの難しい長方形の箱の中だ。

 えっ、これって棺じゃないの? どういうこと?



「ここは一宮いちみや葬儀社の、斎場さいじょうの安置室です」

「安置室、って……」

「はい。あなたは死にました」



 さらりと告げられた事実に喉が詰まる。

 んん? あなたは死にました、とは?



「棺の寝心地はいかがですか?」

「固くて背中が痛いわね……って、そうじゃなくて! 死んだってどういうこと?」

「仕事中に倒れてそのまま。死亡診断書が出ていますよ。見ます?」



 封筒をひったくるようにして奪い、用紙を広げる。



「……くも膜下出血とかウソでしょう。そりゃあ、朝から頭が痛くて、ものが二重に見えておかしいとは思っていたけれど。ねえ、これってドッキリよね。もしくはすっごくリアルな夢だったりしない?」

「そうだったら良いんですけど、現実なんですよね」



 リッチは人差し指で頭をぽりぽりかいた。



「英子さんは亡くなったので、事前相談のお話通り『黄泉よみ帰りサービス』を実施しました。魂を呼び戻し、生前のやり残しを消化できるサービスです。火葬が行われるまでの間ですが、僕がサポートしますので、よろしくお願いします」

「確かに希望したけど、こんなに早く利用する日が来るとは……」

「急に言われても困りますよね。でしたら、まずは確認しましょう!」



 リッチは聴診器やパルスオキシメーターなどを懐から取り出し、畳の上に並べる。



「英子さんは死んでいますから、心臓の音が聞こえませんし、血中酸素は測れません。試しにパルスオキシメーターを僕の指につけてみると……ほら、エラーが出ました。いやあ、動脈に含まれる酸素の飽和度を測れるなんて、すごい道具ですね。この世界の技術にはほれぼれします」

「パルスオキシメーターも、骨を挟むとは思っていなかったでしょうね……。なんか、あなたって失礼よね。突然死んでいると言われても実感がないし、しっかり説明して欲しいんだけど」

「ああっ、申し訳ございません!」



 リッチは土下座をすると、畳に額をこすりつけた。



「暗い気持ちにさせないように明るくふるまっていましたが、英子さんを困らせてしまいました。すぐに不安を解消します。ーー記録再生プレイバック!」



 リッチの両目が紫色に輝き、和室の壁に映像が現れた。その光景はプロジェクターの投影に似ている。

 再生されるのは、仰向けに倒れた英子と、慌ただしく動き回るスーパーの店員達。



 ーー誰か救急車!

 ーー英子さん、英子さん!

 ーーどうしよう、こういうときって、私達どうすればいいの?



 これは倒れたときの記録だ。病院へ運ばれて緊急手術に入るところで、再生を止めてもらった。開頭手術なんて見たくない。



「……今のはAIの最先端技術かなにか?」

「魔法です。英子さんの記憶をもとに映像を再構築して再生しました」

「そうなの。……分かったわ。私は死んだ。認めるわ」

「かしこまりました」



 リッチは投影を止めた。


 英子は白髪交じりのショートヘアをぽりぽりとかく。

 指先に硬いものが触れる。ホッチキスの針だ。開頭手術の跡が残るのに、ちっとも痛くない。


 氷のように冷たい肌に、呼吸を必要としない体。

 本当に死んだのなら、やりたいことがある。残された時間をムダにしたくない。



「いつまでこうしていられるの?」

「明日の午後二時に出棺するまでですね。時間がきて意識が肉体を離れても、すぐに消えてなくなったりしません。痛くもないので安心してください。僕が上手くやります」

「分かったわ。じゃあさっそくだけど、うちに帰りたいの」

「おやすいごようです。ーー転移魔法テレポート



 二人を囲むように魔法陣が現れる。

 次の瞬間、英子は見慣れた部屋にいた。


 築四十五年のアパートの四階。リッチは年季の入った壁紙を背に「ご自由にどうぞ」と言わんばかりに佇む。


 追加料金を払ってまで「黄泉帰りサービス」を受けたのは、死後の後始末をするためだ。 市役所や勤務先への手続き、遺産相続、部屋の片付けと退去、他にもいろいろ。息子に難しい手続きが分かるはずがない。


 通帳と印鑑、書類の入った封筒を引っ張り出す。

 書類をファイルに入れて整理し、手続き方法をまとめたノートを見直して加筆する。これだけ準備しておけば安心だ。


 次に愛用のノートパソコンとスマホのデータを片っ端から削除する。



「おやおや、イケメンの写真ばかりですね」

「ちょっと、勝手に見ないでよ!」

「見えちゃうんですよ。僕、両目の視力7.0なんで」

「……アフリカの先住民族みたいな視力の良さね」

「それはともかく、そちらはどなたですか?」



 美しく切りそろえられた金髪、見る者を魅了する流し目、きめ細かな美しい肌。



「……アイドルのヒロくん。推しなのよ」



 クールなのに、ときどき子どもらしさが垣間見える、守ってあげたくなるタイプだ。息子に似ていて応援したくなる。



「テレビで見たことがありますね。なるほど。だから収納にグッズが詰まっているんですね」



 閉まりきらないクローゼットから見え隠れするのは、推しカラーのTシャツ、うちわ、ペンライトなど。

 多忙な英子にとって、推しへの投資は元気の源だ。

 しかし、死んでしまっては黒歴史でしかない。

 ヒロくんと年齢の近い息子に知られたら、ドン引きされるのは間違いなし。

 絶対に見られたくない……!



「遺品整理はお願いできるかしら。息子にバレないように片づけてもらえたら嬉しいんだけど」

「消してしまえばいいんですね。簡単ですよ」



 リッチは人差し指をくるりとまわす。クローゼットの中身が紫色に輝き、消滅した。



「サービスです。お金は取りません」

「魔法って便利なのね。もしかして、スマホやパソコンのデータも消せる?」

「デジタル機器とは相性が悪いんですよね。失敗すると、全世界にヒロくん推しを公開する可能性がありますが」

「……やめておくわ」



 不用品を分別してゴミ袋に入れ、掃除を済ませる。窓から西日が入る頃、片付けが完了した。



「あちらの部屋はいいのですか?」

「息子の部屋だからいいの。もう何年も帰ってきてないけどね。よし、やりたいことは済んだわ。斎場に戻してちょうだい」

「かしこまりました」



 リッチが魔法をかけようとしたとき、アパートの玄関扉が開いた。

 薄手のコートにジーンズを履いた青年。優斗だ。


 久しぶりに見た。顔色は悪くないが、少しやせたような気がする。

 今までろくに連絡もよこさずに、どこでなにをしていたの? 

 仕事や友達、住んでいる場所、なにも知らない。

 ……息子なのに、なにも分からない。


 優斗は息を整えると、気まずそうに英子を見た。



「母さんがここに来ているって、安置室にメモがあったから……」

「メモですって? リッチさん、どうして息子に居場所を知らせたの!」



 本当はこんなことを言いたいんじゃない。

 口から優しい言葉が出ないのは、久しぶりに再会したからだと思う。



「優斗さんは喪主ですから。連絡先と居場所が分からないと心配しますよ」

「だからって……!」



 今更、なにを話せばいいかわからないじゃない!


 優斗は、英子が高校生二年生のときに産んだ子どもだ。

 中退して育児に専念したが、優斗が三歳のときに離婚。

 親も親戚も頼れず、学もない英子は、飢えないように必死だった。

 ギリギリで余裕のない生活。外食や旅行に行った記憶はほとんどない。


 それでも英子は幸せだった。

 優斗は宝物だ。一緒にいるだけで心が温かくなる。

 裕福でなくても、このまま穏やかな生活が続くと思っていた。


 優斗が高校生になると親子関係は悪化し、お小遣いが少ないと責められるようになった。

 そのうち息子は帰らなくなり、高校を退学。

 どこかで働いていると知ったとき、思わず泣いてしまった。


 英子は学歴がなく、就職先が決まらず本当に苦労した。今も複数のアルバイトやパートを掛け持ちし、生活費を捻出している。

 我が子は大学まで出してやりたい。そう思っていたのに、お金がないばかりに同じ道を選ばせてしまった。


 子どもに苦労ばかりさせて、親失格だと思う。


 英子は優斗に嫌われている自覚がある。だからこれまでしつこく連絡を取らずにいた。

 息子には流れ作業で火葬してもらえればいい。後処理の手間はかかるが、それなりのお金を遺せば満足するはずだ。


 そう考えていたから、このタイミングで会うとは思わなかったし、動揺した。


 優斗は室内を見渡すと大きなため息を吐く。



「母さん、部屋の後片付けなら、葬式が終わった後に俺がやるからいいよ」

「私がお金を払ってサービスを受けたんだから、なにしても自由でしょう」



 片付けを息子にされるなんて生き地獄だ。もう死んでいるけど。



「部屋を片づけたり、火葬式をする金くらいあるんだけど。俺をいくつだと思ってんの?」

「はあ? 死ぬまで顔を見せなかったくせに、ずいぶん偉そうな態度じゃない」

「偉そうなのはそっちだろ、バーカ」

「バカって言う方がバカなのよ。バカバカバーカ」



 見かねたリッチが二人の間に入る。



「はいはい、子どものケンカみたいになってますよ。英子さん、死後硬直した体って想像以上に関節が固いんですよ。休憩しなければ魔法の効き目が悪くなります。斎場に戻って休みましょう」

「……分かったわよ」



 息子と距離を置けるならなんでも良かった。


 生意気な感じは子どもの頃とそっくり。でも、家を出たときと比べてしっかりしているように見える。

 安心した。あの様子ならきちんと燃やしてくれそうだ。



「優斗さんも一緒に戻りますか?」

「僕はここに残ります」

「かしこまりました」



 リッチが転移魔法陣を展開する。ワープするその瞬間まで、優斗と目が合うことはなかった。

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