第48話 ウエストグレン ※
ハートフェルトはアズーリア村の緊急事態を伝えるため、まずダリオスの家を訪ねた。ウエストグレン、町の外れにある一軒家には独り身のダリオスが住んでいる。
しかし、家は静まり返っており、彼は不在だった。
「何処に行ったんだろう?」やむなく、彼は立ち去った。
次にケイオス商会を訪れ、出迎えたケイオに詳細を伝えた。ケイオスはすぐさま事態の深刻さを理解し、町長には大商会を通じて、冒険者ギルドにはハートフェルトが直接報告することに決まった。
ハートフェルトがダリオスの行方を尋ねると、ケイオスは困惑した表情を浮かべ、
「昨日の夜から姿が見えない。見つけたら知らせてくれ」と逆に頼んできた。
「わかりました」
「まあ、いつものことだろう。師匠には困ったものだ」
そう言いながらも、ケイオスの顔に浮かぶ不安の色が消えることはなかった。
アキラたちに会ったことは言わなかった。特別な客であり、命の恩人でもある彼らをどう扱うべきか、ハートフェルト自身も迷っていたのだ。
冒険者ギルドに向かい、受付で副ギルド長との面談を求めた。
「フェルが来るなんて珍しい。」
小柄なエルフの受付嬢リアナが親しげに話しかけてきた。
彼女は副ギルド長の妹であり、町の小さなギルドでは受付も兼任している。
「ルーカス兄さんなら、2階のギルド長室にいるよ。今なら誰もいないはず。」
「ありがとう」
ハートフェルトは感謝の言葉を告げ、小さな階段を駆け上がった。扉をノックし、来訪をつげた。
「ハートフェルトです。ご報告に参りました」
「どうぞ」
優しい声が部屋から返ってきた。扉を開けると、美しい痩せた青年が書類仕事をしていた。ルーカス副ギルド長だ。
「どうしました? フェルが来るなんて、何か事件でも?」
「アズーリア村が魔物に襲撃されました」
「村や村人の被害は? どのような魔物だ?」
ルーカスは、何かを予測していたようでもあり、慌てているような質問を投げかけた。
「建物は破壊され、村人は姿を消していました。魔物の姿も見当たりませんでしたが、オーガの可能性が高いです」
「どうしてオーガだと?」
ルーカスは疑問の表情を浮かべた。フェルが魔物に詳しくないことを知っているためだ。
「すみません。大きな足跡と棍棒の跡があったので、違うかもしれません」
「情報提供ありがとう。だが、村を襲う魔物となると高レベルの冒険者が必要だ。冒険者ギルドとして、依頼があれば捜索や調査を行うが…」ルーカスは考え込んだ。
「しかし、アズーリア村は町からも近い。このまま放置するわけにはいかないのでは?」
「そうだな。町長には伝わっているのか?」
「ケイオス商会から大商会を通じて、連絡を入れてます」
「それならば心強い。この町の防衛兵だけでは手薄だからな」彼は一息つくと続けた。
「実はエルフの村からも、近隣の森に異変の気配ありとの連絡があった」
村を捨てたエルフに、エルフの村から連絡が来ることはほとんどない。
それだけに異常事態であることは明らかだった。伝書鳩で伝えられた書面には、ハイエルフからの情報とあった。
閉鎖的で高慢だとされるハイエルフが伝えたことに、ルーカスは驚きを隠せなかった。
実際に人間の村が襲われたことで、彼は事態の重大さをようやく理解した。田舎のギルドでこんな事態が起こるとは想定外で、若い彼には重責がのしかかっていた。
「それで、どうするつもりですか?」
ハートフェルトが切り出す。
「町長に伝わっているなら、迅速に対応しなければならない。現在出しているクエストは全て即時中止し、王都や近隣のギルドに援軍を要請する」
「では、アズーリア村には?」
「高ランクの冒険者が必要だ。しかし、この町の防衛が最優先だ。リアナ、緊急事態だ!」
「何? 兄さん」
リアナが部屋に駆け込むと、エルフの兄妹はすぐさま打ち合わせを始めた。
ハートフェルトの望む村への緊急派遣は後回しとなった。
彼は、もう一つのするべきこと。アキラに頼まれた商品の手配に取り掛かった。
※※※
山吹が兄の隠していたものを見つけたのは、自分の部屋の押し入れだった。女性用の化粧箱がひっそりと隠されており、長い間その存在に気づかなかった。
「こんなところに…」
彼女は、誰にもいない部屋を見回して、ふぅっと息を吐いた。
箱を開けると、中箱があり4桁のナンバーロックが施されている。兄らしい、少し過剰なくらい慎重な方法だった。
「こんな数字で…」
兄の生年月日、自分の誕生日、あの人の記念日――いずれも違う。数字を並べる感覚が、どこか不気味な感じがした。
『アルカディア』――A(1)、R(18)、C(3)。つまり、1183。
かちゃりと、あっけなく鍵が開く音が響く。こんな簡単なら、あの人に見つかる。
箱の中には、無造作に物が詰め込まれていた。おもちゃ、古いチケット、そして思いがけないもの――女性の写真集が一冊。
「馬鹿兄貴が…!」
顔を真っ赤にしながら、山吹は箱の中身を一つ一つ取り出し、無意識に次々と目を通す。その途中、幾つかの手紙の束を見つける。
一つの束は、あの人からのものだった。残りの二つの束の一つは、入院していた女の子からのものだとわかる。
「もてるじゃないか、あの野郎…!」
そこに書かれていた住所を、携帯にメモをする。この街からだと、泊まりのツーリングになりそうだ。
山吹は手紙を見つめながら、その重みを感じる。だが、目を引くのは、それだけではなかった。箱の底に触れると、さらに一冊のノートが出てきた。
表紙には、興味深いテーマが記されている。
「AIにおける仮想世界の構築…?」
そのタイトルが、気になった。山吹はノートを手に取り、少しの間じっと見つめた。中身がどうであれ、これはただの遊びではないことが直感で分かった。
「後でじっくり見よう…」
山吹はそのノートを、慎重にツーリングバッグにしまう。箱の中身を元に戻し、手紙もきちんと整理して、再び元の位置に箱を戻す。
「戻しておこう、誰かに見られる前に…」
深呼吸を一つし、山吹は部屋を出る準備を整える。
大学生の彼女は、時間の自由がきく。バイクに跨り、マンションを後にした。
兄を探す旅にでる。
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