第44話 エリオン


「ありがとうございます。それでは、五日後にお待ちしています」


 ハートフェルトは礼を述べると、商人としてやるべきことを思案しながら立ち去ろうとした。


「待って! セレナ、安全な場所まで護衛してあげて」


「任せて」セレナは軽快に荷台に飛び乗ると、そのまま体を丸めて目を閉じた。


「昼寝してなかったのか……でも心配いらない。彼女は強いから」


 アキラが苦笑すると、セレナは半分眠ったまま薄く笑みを浮かべた。


 商人が村の外れへと姿を消すと、アキラは静かに息を吐き、キャンプの準備に取り掛かった。テントを二つ張り、ノクスと共に焚き火や食事の準備を進める。そこへ、匂いを嗅ぎつけたかのようにルナが戻ってきた。


「どうだった?」


 アキラが尋ねると、ルナは小さく首を振りつつ、木立の奥を鋭く見据えた。その様子に、アキラは眉をひそめる。


「ノクス、何か感じないか?」


 アキラが促すと、ノクスは一瞬瞼を閉じ、周囲を感覚で探るようにした。


「……何かがいる」確信を得たノクスは、躊躇なく魔法を唱えた。


「エコーロケーション!」


 透明な波動が周囲に広がり、木立の間に微かな反応が浮かび上がる。


「そこだ!」


 ノクスは風矢を放った。鋭い風が木々を裂き、潜んでいた気配をあらわにする。


「誰だ! 出てこい。さもなくば容赦しない!」


 ノクスは火矢を構え、静かだが強い口調で警告した。ルナは即座に木立の裏へ回り込み、影の中で低く構える。


「待て、待て!」隠蔽魔法が解かれると、一人のエルフが姿を現した。


「兄様! どうしてここに?」


 ノクスは驚きの声を上げる。


「いや、ちょっと……」


 ノクスの兄、エリオンは苦笑いを浮かべながら、気まずそうに頭を掻いた。


「初めまして、アキラです。実はあなたが近くにいたことには気づいていました。狼の嗅覚を甘く見ない方がいいですよ」


 アキラの言葉に、エリオンは目を丸くし、ノクスと互いに顔を見合わせた。


 エリオンはノクスを密かに見守っていたのだ。彼女が旅を続けられるよう、影から助けていた。


 そして、彼女が出会った仲間たちにも興味を抱き、監視を続けていた。


 実は、セレナやルナも森に入った時点でエリオンの存在に気づいていた。


 ただ、敵意がないことを感じ取り、アキラにだけ報告していたのだ。


「ノクスのことが心配で……」 エリオンは視線をそらしながら呟く。


「それで、兄様は天啓を無視したというのですか?」


 ノクスは怒りを抑えた声で問い詰めた。


「最初は遠くから見守るつもりだった。けど、西の森では魔物が溢れているし、次々に奇妙な現象が起きる。それに君が突然転移したから、もう放っておけなくて……」


 エリオンは困惑した様子で言葉を重ねた。


「エリス様、お許しください。この愚兄を私の手で断罪いたします!」


 ノクスは突然地面に膝をつき、両手を合わせて祈りを捧げた。


「ちょ、待ってくれ!」エリオンは焦りながら一歩下がる。


「このエリス様の弓で、その罪を償わせます!」


 ノクスは立ち上がり、矢を番えた弓をしっかりと構えた。


 エリオンは驚きつつも逃げようとはせず、静かにその場に立ち尽くす。


 その瞬間、薄暗くなりかけた空に一筋の星が流れた。そして、まるで天から声が響いたように空気が震える。


「その身に課せられた使命を忘れるな……」


 低く澄んだ声が森を満たすと、ノクスとエリオンは同時に地面に跪き、深々と頭を垂れた。特にエリオンは、初めて聞く神の声に体を震わせていた。


「全く、ハイエルフというのは手がかかる……でも、兄妹の絆というものは強いものですね」


 ラピスは呆れたように言いつつも、どこか優しい響きの声を出した。


「ありがとう、ラピさん」


 アキラはその一言に感謝を込め、笑顔を見せた。なぜか、アキラも嬉しくなった。



 エルフの兄妹は、先ほどまでの喧嘩が嘘のように、いつもの仲の良さを取り戻して夕飯の支度を始めた。


 ルナは大きく欠伸をすると、面倒くさそうな顔で森に狩りに出かける。どうやらエルフの料理は彼女の口に合わないらしい。


 しばらくして、セレナとルナが連れ立って戻ってきた。セレナは手に、ルナは口に兎を咥えている。


「覗き魔がいるよ」


セレナが冗談めかして言うと、エリオンはその場で凍りついた。


「セレナ姉さん、愚兄が申し訳ありません」


「冗談だよ。さあ、みんなで夕飯にしよう」


 エルフの健康的な料理と、セレナが腕を振るった肉料理が並ぶ食卓を囲みながら、夕食は和やかに進んだ。


「セレナ、ハートフェルトさんは無事に?」


「うん、大街道まで送ったよ。ただ、あまりにゆっくり走るから、途中で馬の走らせ方を教えたの!声を出して喜んでたよ!」


 セレナ、それ喜び声って言えるのか?どう考えても悲鳴だろ……。


 アキラは心の中で突っ込み、ハートフェルトは二度と彼女と一緒に馬車に乗らないだろうなと思った。


 エリオンは最初こそ遠慮していたものの、スキットルに入った強い酒を振る舞いながら、結局ほとんど自分で飲み干してしまった。


 その頃にはすっかり肩の荷が下りた様子で、誰彼かまわず話しかけていた。


 アキラにとっても、エルフに関する知識を得られたのは有意義だった。


「つまり、ハイエルフは寿命が非常に長いけれど、その代わりに子供がほとんど生まれない。そして、生まれた子供はほぼ全員がジョブ持ちというわけだ」


「そうです。我々ハイエルフは、他の種族とは少し異なり非常に優れた存在なのです。もちろん、ハイヒューマンであるアキラ様も卓越したお方です」


 この選民思想が、他の種族から敬遠される理由なのだろう。ノクスにはそのような考えが見られないのが唯一の救いだった。


 夕食が終わると、エリオンは立ち上がり、帰り支度を整えてアキラに向き直った。


「それでは、アキラ様。後日、正式にお伺いいたします」


「何のこと?」


「ラピス様より伺ったエリス神の御信託により、ノクスをアキラ様に差し出すよう命じられました」


「は?」


「アキラ様と愚妹の結婚は、北方ハイエルフ族、いえ、全エルフ族にとって最良の吉事です」


 その言葉を聞いた瞬間、セレナとルナは互いに目を見合わせ、無言で自分のテントに飛び込んだ。入口をしっかり塞ぎながら、聞き耳をたてている。


 ノクスは頬を赤らめ、俯いている。


「まったく、勘違いも甚だしい」


「それは誤解だと思うけど……」


 状況を掴みかねたアキラは、ラピスを呼び出して説明を求めたが、彼女は席を外していた。


 エリオンがエルフの里に向かい急ぐ中、アキラはテントに横になり、どこかでラピスの気配を感じた。


「今日こそはガチャを引かないと。でも、その前にさっきのエリオンの話について説明してほしい」


「誤解ですね。私が解決してきます」


 ラピスの声には、どこか冷たさが滲んでいた。


 その夜、北方ハイエルフの森の奥深くにある聖域で、神木に雷鳴が轟いた。閃光が闇を裂き、大地を揺るがす轟音と共に、木は真っ二つに割れた。その後には、不穏な静寂だけが広がっていた。



 ※


 アキラはラピスの帰りを待っていたが、彼女が戻ってきたのは深夜遅くなってからだった。


「遅くなりました。わからずやのエルフたちには本当に困ったものです」ラピスの声には、疲労感が滲んでいた。


「それじゃ、ガチャを引くよ」アキラはそう言うと、特に派手な演出も無い10連ガチャを2回回した。


 フロンティア住民ガチャ 10連目

 R工芸職人(男)、R工芸職人(女)、R農民(男)、R農民(女)、N子供(女)、N子供(男)、R農民(男)、R農民(女)、N子供(女)

 SR薬師 アリア(女、人間)

 - SR衣装(アリア用初期衣装)


 20連目

 R工芸職人(男)、R工芸職人(女)、R工芸職人(男)、R工芸職人(女)、R工芸職人(男)、R工芸職人(女)、N子供(男)、N子供(女)、N子供(男)

 SR職人頭 グリムルド・ストーンファイア(男、ドワーフ)

 - SR衣装(グリム専用衣装)


「アキラさん、すみません。12時を過ぎてしまっているので、排出は明後日になります」


「明後日のほうが僕たちも都合がいいですね。おやすみなさい」


 アキラは疲れと眠気で限界に達しており、すぐに深い眠りへと落ちた。

 















 

 












 
















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