第16話 監視塔


 その場所は、川に囲まれた小さな島のようで、低い岩の柵が見え、塔の隣には建物が立っていた。川は昨日の雨の影響で、激しい流れを続けている。


「アキラ、泳ぐ?」


「いや、流されそうだ。渡れる場所を探そう」川上に進むと、川幅が狭まる場所を見つけた。


「これは、橋じゃないか?」川の中に島まで続く沈下橋を発見した。


 しばらくすると川の水位が少し下がり、橋が姿を現した。


 しかし、渡るのが危険であることには変わりはない。時折、川の水が橋の上を越え、古い橋には壊れている箇所もいくつか見受けられた。


「急いで渡ろう。セレナ、ロープを持って行って」


「わかった、ルナ」そう答えると、セレナはルナをロープで繋ぎ、まるで散歩にでも行くかのように橋へと駆け出していった。


 彼女たちは俊敏な動きで、滑るように橋を渡り切った。


 一方、アキラにとって、この橋は見た目以上に厄介だった。


 橋の表面には苔がびっしりと生え、滑りやすくなっている上、時折、川の水が橋を越えて足元を不安定にする。


 残り三分の一ほどの地点で、アキラは足を滑らせ橋から転落してしまった。


「まずい!」濁流に飲まれかけるアキラ。


「アキラ、つかまって!」セレナがロープで繋がれたルナをアキラに向けて放った。


 ルナはアキラにしっかりとしがみつき、セレナの力で岸へと引き上げられた。ルナが体を大きく振ると、水しぶきが四方に飛び散った。


「助かった……ありがとう!」


 アキラは情けなさを感じつつも、仲間の頼もしさに心が温かくなった。


 体を伝う水はとても冷たく、彼はテントを出し、下着に着替えて焚き火をして服を乾かした。


 島に上陸すると、険しい坂を登り、岩の柵を越えて、高台にそびえる監視塔とその隣の建物にたどり着いた。塔は細長い石造りで、遠くまで見渡せる物見の塔だ。


「セレナ、人や魔物の気配は?」


「何もいない」


 アキラも自身のマップ機能を確認したが、反応はなかった。


 まずは、監視塔の隣にある建物を調べることにした。


 それは小屋というには立派な建物で、平屋ながらも横に長く、石壁に囲まれた頑丈な木造だった。


 鍵はかかっておらず、彼らは玄関から中へ足を踏み入れた。ぎぃ、と重い扉が音を立てる。


 中には古びた空気が漂っており、外の新鮮な空気が入り混じる。


 部屋には暖炉のある小さな台所兼食堂、四つの狭い寝室、乾燥室、洗面所、浴室、そして書斎があった。


 どの部屋もきちんと整理整頓され、物はまるで時が止まったかのように綺麗に整えられている。死体や生物の痕跡は一切なかった。


 物見の塔の入り口には、しっかりと鍵がかかっていた。


 どうするか悩んでいるアキラに、セレナが「やぁ!」と短剣で鍵を壊して開けた。


「アキラ、開いたよ!登ろう」


 悪びれる様子もなく、小狼を従えて階段を上っていくセレナ。


 塔の頂上にある物見台からは、四方が見渡せた。彼らが歩いてきた川向こうの平原を見ると、大平原はぐるりと川で囲まれ、その外側には大森林が広がっていた。


 さらにその先には険しい山々が連なっている。楕円形の大地の中心には砂色の窪地があり、まるで巨大なクレーターのように見えた。


 アキラはこれまでの旅路を振り返り、大森林に沈む夕日を見ながら感慨に耽った。


 下流では、二つの川が合流し、一つの大河となって大森林の間へと流れ込んでいた。それはまるで輪を描くロープのようだ。


「思ったより危険だったな」アキラは現実に引き戻された。


 足元の島は、まるで大平原に浮かぶ出島のようで、想像以上に広く、地盤も高い。他にも施設があるようだが、これまでの探索では大きな発見はなかった。



「アキラ、あそこを見て!」


 セレナが指差したのは、島と大森林の間にあるエリアだった。そこには船の渡し場と、大森林へ続く橋がかかっていた。


「行ってみよう」船の渡し場には使用された形跡が残っていた。


 ここから川を下っていたのだろう。


 橋は丈夫な石造りだったが、途中で壊れており、このままでは渡ることができない。


 橋を修繕する必要があるだろう。


「木を切り出して架けよう」


「わかった!」


 セレナは走り去ろうとしたが、アキラは彼女を引き留めた。


「明日ね。それより夕飯を食べよう。この小屋を借りよう」


「そうする!準備する!」


 セレナはアキラから食料が入ったリュックを受け取り、駆け降りていった。


 監視塔にはアキラだけが残された。


「ラピさん、ここは今は使っていないのですね?」


「そうですね、今は使われていません」


 セレナとルナが夕食の準備をしている間、アキラは小屋の中を再度捜索することにした。


 倉庫として使われている地下室を見つけた。


 そこには建築工具や改修に必要な材料、壊れた武具しかなく、食糧庫は空っぽだった。


 地下室だけでなく、どの部屋も高価な物や大事な物は持ち帰り、不要な物は捨てたのだろう。


 小屋を引き払った責任者は非常にしっかりしているなとアキラは感心した。


「アキラ、ご飯できたよ!」


 セレナの声に、捜索を諦めたアキラは、川の水を入れた桶から冷やしたビールを取り出し、食卓でコルク栓を抜いた。


 セレナが興味深げに見ていたので、「一口飲んでみる?」と渡すと、「苦い!やっぱりいらない」と返してきた。


 どうやら彼女には合わなかったようだ。


 セレナとルナが集めたキノコと保存していた兎肉、香辛料で味付けされた「兎肉とキノコの炒め物」は、家のフライパンで炒められ、出た旨みたっぷりのソースをパンに浸して楽しんだ。


 ビールにも合う! たった二本しかないので、一本だけで泣く泣く我慢する。


 食事の後片付けが終わると、セレナとルナは寝室に向かった。


 アキラも部屋に戻った。狭い部屋には、寝床と、机、椅子くらいしか無い。


「ラピさん、誰もここにはいなかったね」少し残念そうにアキラが呟いた。


「そうですね。大丈夫ですか?」


 ラピスが心配そうに尋ねる。


「大丈夫。ビール美味しかったよ。ラピさんも飲んだ?」


「もちろんです」


 彼女の机には、飲み終えたビールのコップとナッツの小皿が置かれていた。


「眠い…」すっかりお酒に弱くなったアキラがベッドの上の布を剥がし、シュラフを準備しようとした時、一通の手紙が滑り落ちた。


 手紙には何も書かれていなかったが、封蝋には白百合と二つの剣の紋章が刻まれていた。







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