第14話 女王


「ラピちゃん、勝ったよ!」


「……」返事がない。嫌な予感がする。


「まさか?」アキラは急いでマップ機能を確認した。林の奥に一際大きな魔物の反応があり、こちらへ向かってくるのを見つけた。


「急いで回復しろ、セレナ!」


 アキラの声には焦りが混じっていた。


 セレナは驚いた表情を見せたが、「私は大丈夫!」と言いながら、ルナの顔を掴み、リュックから取り出した薬草を無理やり口に押し込んだ。


「食べなさい!」と命じると、ルナは一瞬抵抗し涙目になったが、しぶしぶ薬草を噛み砕いた。先ほどの勇ましさが嘘のように、彼の目には大粒の涙が浮かんでいる。


 その姿にアキラは思わず笑いそうになったが、必死にこらえた。


「ほら、元気になった」セレナは優しくルナの頭を撫でた。ルナは一瞬恨めしそうにセレナを見上げたが、やがてしっぽを振り始め、元気を取り戻した。


「聞きたいことは山ほどあるけど、今は時間がないな」アキラは苦笑しながら、ルナの背中を軽く撫でた。


 アキラは薬草をかじり、マナポーションを飲み干した。野原に漂っていた煙もようやく消えつつあった。彼は準備を整え、複合魔法を発動し、次の戦闘に備える。


「最終決戦だ」



 林の中、池のほとり。蜂の巣の奥から一際大きな影が動き出した。他のキラービーとは明らかに異なるその姿は、群れを統べるキラービークイーンだった。


 巨大な体躯に漆黒の光沢を持つクイーンは、過去に幾多の戦いを生き抜き、成長してきた。その知恵と力は他のキラービーとは一線を画していた。


「全滅だと!?」


 キラービーたちはすべて意識を共有している魔物であり、クイーンはその指揮官でもある。攻撃の作戦指示も彼女が下していたが、ここまでの大敗は前例がなかった。


「力の差を見せつけてやる!」


 巣の出口に現れたクイーンは、その背中に赤い縞模様を浮かび上がらせ、その目には冷たい殺意が宿っていた。


 キラービークイーンは、全身に備わる2対の翅を広げ、前翅を広げ、次に後翅を。そして、空気を切り裂くようにして堂々と飛び立った。



 一方、ラビスは考え込んでいた。戦闘において彼女は情報も援助も提供できない。それが彼女に課せられたルールだ。決まりを破るのは危険だと知っていた。


 それにしても、アキラがこの戦いに固執する理由が理解できなかった。彼は大胆な決断をするが、普段は非常にロジカルな思考を持つ男だ。それなのに、なぜ今回は無謀とも思える選択をしているのか。


「彼が負けた時に慰めるつもりだったが、どうやらその必要はなさそうですね」


 戦闘を重ねるごとに、ラビスの予想に反して、アキラの勝利の可能性は着実に上がっていた。


「PSRの狼娘に頼るのは悔しいが、仕方ないか」彼女は静かにそう呟いた。



 アキラはマップでキラービーの位置を確認した。魔物が真っ直ぐ無駄なく進んでくるのが見て取れる。彼はセレナたちに岩壁まで退避するよう指示を出す。


「ここにいる」とセレナが答えた。


「セレナ、強くなった。蜂くらいには負けない!」と宣言し、ルナは「ワオーン」と応じる。


「わかった。危なくなったら即逃げて」とアキラは指示を出しながら、彼女たちの俊敏さと接近戦の強さを考慮して苦笑した。


 野原と林の境界線に、大蜂が姿を現した。その大きさはこれまで見た蜂とは桁違いで、アキラは唖然とした。蜂は体を左右に揺らしながら最短距離でこちらに向かってくる。


 やがてキラービークイーンが射程距離に入った。太陽に照らされた漆黒の体は、硬質で丈夫な黒い鎧を纏い、その光沢が周囲の光を反射している。


「ファイヤーボール!」アキラが炎魔法を放つが、キラービークイーンは悠然とその直撃を受けてもなお突き進んでくる。


「ファイヤーストーム!」複合魔法を放つと、黒鎧の表面に赤い縞模様が浮かび上がり、炎の嵐が蜂を包み込む。しかし、クイーンは風で包まれた炎の嵐を霧散させ、なおも進行を続ける。


「女王蜂め!」アキラは、クイーンがウインドシールドを展開しているのは間違いないと判断した。MPが切れるのを狙うしかない。


 キラービークイーンは大きく旋回しながらアキラの隙を窺っている。先回りして複合魔法を放つが、クイーンはフェイントを入れたり旋回ルートを変えたりして、魔法を3回も無駄にさせる巧妙な手口を使っている。


 こちらの攻撃が止むと、キラービークイーンは高度を下げてホバリングし、腹部から毒を噴射してくる。


「毒か!」とアキラは驚き、風魔法で吹き飛ばす。クイーンは位置を変えながらも毒液を飛ばし続け、アキラは風魔法で応戦する。


「セレナ、ぼっとするな!」アキラは考え込んでいる彼女に声をかける。セレナは意識を現実に戻し、「アキラ、この毒は体に入らないと効かない!」と叫んだ。


「こけおどしだったのか」とアキラはMPの無駄遣いに気づき、冷や汗を流す。残りMPは3。無駄な消費をさせられているのはアキラの方だった。


 キラービークイーンは、ここで秘密兵器を投入することに決めた。女王蜂だけが持つオリジナルスキル、毒針の連続発射を使う。


 アキラたちがトリックに気づき慢心している瞬間を狙う。今度は毒ではなく、速度の異なる毒針を連続で発射するつもりだ。


「忌々しい、魔術師も狼どももこれで終わりだ」と女王蜂が叫ぶ。


 アキラは全く反応できなかったが、狼たちは慢心しない。狩りを終えるまでは。


 飛んできた毒針を、セレナは短剣で簡単に撃ち落とす。次々と毒針が放たれるが、セレナは事もなげに対応する。


「ルナの投げる枝の方が難しい」と彼女は剣舞を舞いながら微笑む。


 毒針が届かないとなれば、普通なら黒い鎧で潰しにかかるところだが、キラービークイーンは狼娘の危険性を強く警戒する。


 その時、蜂のほとんどない死角から、暗殺者が忍び寄っていた。ルナが全身を光り輝かせ、恐るべき跳躍で女王を空中から叩き落とす。


「ウオオーン!」凶狼の鳴き声と共に、女王蜂の弱点への熾烈な攻撃が始まる。薄い翅を爪で傷つけ、結合部に噛みつく。


「まずい、まずい、まずい、撤退だ」と女王蜂は逆さまになりながらも姿勢を戻し、小狼を剥がそうとする。目の前に迫る狼娘に焦り、なんとか、上空に逃げて風防御を展開する。


「これで、逃げられ……」


 しかし、セレナが短剣を天に掲げると、雷撃が剣から放たれ、蜂の防御を突き破って黒鎧に大穴が開いた。


 キラービークイーンは地上に真っ逆さまに落ち、意識を失った。セレナとルナはその隙を逃さず、彼女に蹂躙する。最後に、アキラが近寄り、ファイアーボールを放って戦いは終わった。

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