第13話 蜂


 作戦開始の合図が響く。「セレナ、下がれ!」アキラが短く指示すると、彼女は即座に距離を取り、後方へ移動した。


 アキラはマップ機能で魔物の位置を確認し、林の入り口付近に単独でいるキラービーを発見。呪文を無詠唱で発動し、右手を振りかぶってファイアーボールを放つ。


 思った以上に強力な火球が飛び出し、数本の木々が瞬く間に燃え尽きた。驚いたアキラは思わず声を漏らす。「え? なんでだ……?」


「スキルレベルが6に上昇しています。日々の訓練の成果です」ラピスが笑いながら答えた。


 魔物を野原におびき出す作戦は、最初は思うようにいかなかった。アキラは再び別の場所にいるキラービーを見つけ、もう一度ファイアーボールを放つ。しかし結果は同じだった。


 作戦が進まないことにいら立ちを覚えたが、被害なく魔物を倒せていることを考えれば、完全に失敗とは言えなかった。ただ、セレナと子犬が退屈している様子は見て取れた。特にセレナのじっとした視線がアキラに刺さる。


「セレナ、パンでも食べるか?」アキラがリュックからパンを取り出し、見せる。


「うん、食べたい」


「待機中におとなしくしていられるならな」


「約束する」セレナはパンをすばやく手に取り、元の場所で立ちながら食べ始めた。


 セレナは周囲を警戒し、子犬は自分に何ももらえないと気づき、やや不機嫌に「ワオーン」と声を上げた。


 しばらくマップを見ていたが、森の魔物たちは動かない。


「仕方がない、引き上げるか、それとも—」


 アキラがそう言いかけた瞬間、マップにキラービーの大群が映し出された。


 彼らはまっすぐこちらに向かってきている。どうやら野原の花畑を目指しているらしい。


「来るぞ!」アキラは警告を発し、戦闘態勢に入った。セレナと子犬もすでに準備万端だ。


 先頭の4匹が、フィンガー・フォーの隊列を組んで悠然と接近してくる。


 アキラは両手を広げ、無詠唱で風と火の魔法を同時に展開。


 両手を振り下ろし、ファイアーボールとウインドブラストを融合させた灼熱の嵐がキラービーに襲いかかる。


「ファイアーストーム!」


 風と火の複合魔法が炸裂し、先頭の1匹と右の1匹が一瞬で燃え尽きた。残りの2匹は熱風に煽られ、飛行が乱れ、錐揉み状態で落下する。


 落下する蜂に対し、子犬が跳躍し、鋭い爪で首を斬り落とし、セレナは短剣で逆さ袈裟斬りを繰り出し、蜂の胴を一刀両断にした。一瞬で4匹が倒された。


 キラービーを4匹倒しました。

 経験値6ポイント獲得しました。(セレナ:4ポイント)。

 金40ゴールド獲得しました。


 作戦は一見うまくいったが、アキラは油断できない状況を感じ取っていた。キラービーの大群は、まだこちらに向かっていたのだ。



 蜂の敵対反応は、錐揉み状態の一瞬で群れ全体に伝播し、第2陣、第3陣のキラービーたちが花畑ではなく、こちらに向かって飛んでくる。


 アキラは迎撃体制をとり、呪文を組み上げながら射程距離に入るのを待つ。キラービーたちはフィンガー・フォーの隊列を組み、左右に分かれて上空を旋回。攻撃のタイミングをうかがっている。


「退却するという選択肢は?」ラビスが珍しく戦闘中に話しかけた。


「選ばない」


「どうしてですか?」


「逃げきれない。それに、背を向けるのはもっと危険だ」


「では、どうするつもりですか?」


「我慢比べだ。こっちは立っているだけでいい。向こうは、嫌でも先に仕掛けてくるだろう」


 アキラはラビスと会話しながらも、集中を切らさないように気を張っている。


 セレナと子犬は、アキラの右手側、戦場となる野原の端にある岩壁の下で戦況を見守っていた。


 やがて、キラービーたちは旋回を終え、2匹ずつに分かれアキラを中心に四方から包囲する形に移行した。


「まずいな」アキラが呟いた瞬間、キラービーたちは一斉に襲いかかってきた。


「ファイアーストーム!」アキラは正面の蜂に向けて魔法を放つが、蜂たちは急降下して回避。だが、その動きは予測済みだった。


「そこだ!」蜂の動きを読み、再び魔法を放つ。2匹は消滅した。振り向くと、背後から2匹のキラービーが迫っている。アキラは即座に魔法を放ち、さらに2匹を消滅させた。


 蜂たちは高速で移動しており、動きが単純で予測がしやすかった。ファイアーストームの連発で、野原には火が上がり、煙が広がって視界が悪化していた。


 視界が悪化する中、アキラの前に3列目の2匹の蜂が突然現れた。マップ機能を使う余裕はない。


「しまった……」アキラは不意を突かれ、思わず立ち尽くす。しかし、蜂たちはアキラに到達する前に、セレナの袈裟斬りと子犬の鋭い爪によって屍と化した。


「アキラ、助けた」


 セレナは、朝よりも格段に早い動きで、キラービーよりも先に、正確に標的を仕留めた。その動きには、彼女の持つセンスが光っている。


「アキラ、後ろ! 来る!」


 セレナの叫びが響いた次の瞬間、濃い煙の中から最後の蜂たちが現れた。


 それはキラービーの上位種で、通常の倍ほどの大きさを持ち、明らかに危険な雰囲気を漂わせている。


 アキラは咄嗟にナイフを構えた。しかし、蜂は二手に分かれ、左右から同時に襲いかかる。その狙いはアキラの頭と足だ。


「くそ、動きが違う……」アキラは息を呑んだ。蜂の動きは、森の暗殺者のように狡猾で迅速だ。セレナと子犬はアキラを助けようと最大速度で近づくが、まだ距離がある。


 アキラは左手で頭を守り、右手を振り回して蜂を防ぐのに必死だ。反撃する余裕はない。


 その隙を見て、蜂たちは鋭い針を突き出し、致命的な一撃を狙う為、動きが止まった。


 しかし、その一瞬が命運を分けた。


 頭を狙っていたアルファ・キラービーは、セレナが投げた短剣で胴体を貫かれ、地面に突き刺さった。


 足元を狙ったキラービーは、間に入ってきた子犬の体を刺した。子犬はぐったりと動かない。


「ルナ!」セレナが今までにない大声を上げた。その声が野原と林一帯に響き渡る。


 ルナと呼ばれた子犬は、その声を聞くと、さっきまでの状態が嘘のように立ち上がり、全身の毛を逆立て、尻尾を天に突き上げた。キラービーの毒針は折れて毛の間から落ちる。


 ルナは逃げようとする蜂を後ろ足で押えつつ、前足と牙で無慈悲に仕留めた。 ルナには傷ついた様子は見られない。


「ウオオーン」低く力強い遠吠えが響き渡り、戦いの終焉を告げた。それは紛れもない狼の遠吠えだった。


 戦場は静寂を取り戻し、残った煙と炎の匂いが立ち込める中、キラービーたちは完全に撃破された。


 アキラは深く息を吐き、ルナとセレナに目を向けた。


「助かったよ、セレナ、ルナ」アキラは微笑みながら言う。


 セレナは照れくさそうに頷き、ルナもまた誇らしげに尾を振った。


 キラービーを6匹倒した。

 アルファキラービーを2匹倒した。

 経験値:14ポイント獲得しました。(セレナ14ポイント)

 金:110ゴールドを獲得しました。



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