外道は巡る

石黒義握

 垂れる夕日が廃屋の土間へと溶け落ちている。


 それをただぼうっと眺めている自分に、ふと気づいた。

 いつの間にか意識が飛んでいたらしい。頭を強く振って廃屋へと踏み込む。


 何をしてるんだ。もうあまり時間がないってのに。


 襤褸ぼろの上から脇腹をかきむしる。

 胸にはなぜか言葉にしがたい思いが赤く渦巻いていた。何か嫌なことを思い出してしまいそうな、そんな赤だった。だがそれも急速に薄れていき、土埃にまみれた土間に立ち入ったあたりで消えてなくなった。


 廃屋の天井は半分が破れており、梁は歪んでいた。だが、板の間には穴も空いていなかった。村にあった他の廃墟と同じく、寝床にできそうなくらい快適な形で残っている。

 ここでも家主と思しき亡骸が板壁に背中を委ね、俯いている。いなごどもにしゃぶりつくされた腕の骨が、まとった衣から力なく垂れている。


 調べるまでもなかった。ここもはずれだ。


 日没が迫っているというのに、収穫はまるでなかった。村跡のどこを漁ってみても、銭の一枚も見つからなかった。


 あてが外れたか。食い物の一欠片くらい見つかると思ったんだがな。

 あったのはせいぜい、――これくらいのもんだ。


 懐から一輪、干からびた白い花を取り出す。


 手の指先を放射状に尖らせたような形をしたこの花は、この村の幾つかの廃屋に転がっていた。元々は井戸の周りに生えていたんだろう。あの辺りに群れる枯れ草には、これによく似た花がしなびた頭を揺らしていた。


 鼻を近づけてみると、まだ微かに匂いがした。

 珍しい。こんな世に咲く花なんてな。あの蝗ですら食わねえんだからよ。こいつが食えりゃあ、乾いた地べたをひっくり返して飯を作ろうなんて馬鹿な連中も少しは減るんだろうがなあ。


 こんなものを懐に入れていたことにはっきりした理由があるわけじゃなかった。なんとなく捨てがたい気持ちがしたせいだ。手ぶらで村を出るのが癪だったというのもあるが、何か引っかかるものを感じていた。上手く持って帰れりゃ、あいつに見せてやることだってできる。そう頭の中で言い訳して、花をそっと懐に戻した。


 首筋を掻きながら家を出る。ひりつく喉が上下する。

 さてと、どうする。せめて水くらいはと思ったんだがなあ。まさか井戸まで枯れちまってるとはよ。銭子はとっくに誰かが攫ってっちまってるし。その上、これだけ死体が転がってるんじゃあ、ここを宿にするわけにもいかねえ。安全なはずがねえからな。


 舌打ち混じりにあたりに目をやると、ふいに背筋がぞくりとした。

 帯状に並ぶ破屋の陰に人影を見た気がした。沈む日がべたりと赤に塗りたくる廃村。乾いているのに、やけに生臭い風が吹いている。息を殺して様子を伺うが、もう物音一つ聞こえない。無意識に腕をさする。


 気色の悪い村だ。とっとと出ちまった方がいいな。


 思えば、どうしてこの村が空っぽになっちまったのか分からないままだった。病で死んだとか、生きたまま蝗に喰われたにしちゃ亡骸の数が少ない。何か起きて、人死ひとしにが出て、それでも生き延びた連中は逃げ去ったと考えるのが自然だろう。


 だが、その何かってのはなんだ。


 確か、いぬが出るって噂があるのはこの辺りじゃなかったか。

 涎の滴る乱杭歯が頭をよぎる。自然と足が早くなる。


 言いつけておいた通り、村の端では要一よういちが一歩も動かず立っていた。

 上目遣いに黙って見上げてくるその視線に、また苛立ちを覚える。収穫のなさを責めるような目つきに思えた。


「なんだ、その目は」


 むかつきまかせに拳骨で一発、小突いてやる。要一がうめき声を上げながら頭を抑えて屈み込んだ。幾らか、すかっとした思いで目を離す。


「出るぞ。ここはどうも臭い」


 村跡に隣接する格好で荒れ地が広がっていた。その土塊のでこぼことした地べたの遥か向こう側、土手を上がった先には青っちろい木々が暗い空に指先を伸ばしていた。


「日が完全に落ちる前にはあの林まで行くぞ。おら、とっとと立て」


 蹴りを一発くれてやってから荒れ地に小走りで立ち入ると、後ろを要一が付いてくる気配がした。夕日が山の端に鼻血みたいに垂れ落ちる。影が薄く長く伸びていく。

 日が落ちきるまでにはまだ時間がある。だが、暮れ犬どもが出るなら急がなければ。


 そう息を吐いたところで。どこか遠くから奇妙な声がした。


 はじめは誰かが笑っているのだと思った。全身から息を絞り出すように。


 だが、すぐに違うと気づく。その甲高い笑い声には、しゃっくりに似た気色の悪い途切れ目があった。


 赤ん坊の泣き声だ。


 背筋を冷たい汗が伝った。


 辺りを見渡すが、人影一つ見当たらない。ましてや赤ん坊など……。


 ――ああ、そうだ。

 赤ん坊と言えば、嫌な話がひとつある。


「足を止めるな。さっさと行くぞ!」


 要一に怒鳴りつける。だが、要一は俺のいうことなど聞きもせず辺りを見渡すと、ふっと一点に顔を向け、止めるまもなく駆け出した。


「よせ、馬鹿野郎!」


 畜生。またこれだ。

 すぐさま追いかけるが、泥に足を取られて上手く走ることができない。

 頭の中では、いつだか道連れになったじいさまの話が思い出されていた。


『こうした見渡しのいい荒野なんかでよ。どっからともなく赤ん坊の泣き声がすることがあるだろう。――ほれ、こうした具合によ。そんな時にゃ、声のする側の目を覆って、脇目もふらずに行くのがいい。間違っても声の元を辿ろうなんて思っちゃならん』


 要一の襟首に手を伸ばす。だが、要一は身を振りすり抜けるようにしてかわし、そのままかけていく。その背を追う視線の向こう、泥土の中になにやら桃色のものが顔を出しているのを見つける。


『ありゃあよ、まるで出来立てみたいにつやつやなんだわ。握りこぶしっくらいのやわらかそうな頭と、小さな小さな手が二つ』


 赤ん坊だった。


 地べたから上半身をのぞかせた赤ん坊は、今しがたそこから生まれてきたばかりであるかのように、額や固く閉ざされた瞼に乾いた土をのせている。


 泣き声が大きくなる。まるで俺たちに気がついて、誘い込もうとしているみたいだった。そんなことにも気が付かないのか、要一は赤ん坊に両手を伸ばして駆け寄ろうとする。その首根っこをようやく掴んで止める。瞬間、が一斉にまばたきを始めた。


 足を止めると同時に泣き声が止んだ。


 土塊の中、厚ぼったい瞼が開き、白濁した三日月がじいっとこちらを見上げていた。


 はっと息を呑むうち、赤ん坊がぬるりと、見えない手に引きずり出されるかのように土中から身を持ち上げる。前傾し、両手をだらりと垂らすヘソの下には、唐突にすげ替えたかのように女の頭があった。鼻から上をえぐり取り、赤ん坊の上半身を植え付けたような女の頭。泥がこびりついた毛髪。厚い唇。肥大した体は幾重にも段を作り、乳房が垂れた下には、一抱えはあろうかという蚯蚓みみずによく似た胴が蠕動している。剛毛の生えた胴体は土中から、あとからあとから吐き出され、とぐろを巻く。


『もうそこまで見えちゃ手遅れよ。あれとおそろいにされっちまう』


 老人が笑った。

 頭の天辺から眼窩まで、丸く抉られた顔で。


 腕の目玉たちが一層激しくまばたきし、警告をよこした。

 女があんぐりと口を開ける。俺の頭蓋骨をまるごとしゃぶれそうなほどに大きく。口内には親指ほどの臼歯が並んでいる。


産女オボは脳みそを啜るのが一等好きなんだとよ』


 泥を噛んだ歯の奥で、暗闇が要一を飲み込もうと広がった。


「とっとと逃げろ、馬鹿野郎!」


 叫ぶと同時、女の顔面めがけて石塊を投げつける。わずかに怯んだ様子を見せただけだったが、その隙に要一の尻を蹴とばし走り出す。すぐさま背後から何か大きなものがのたうつ音が迫った。泥と涎が入り混じったような生臭いにおいが鼻に届く。たまらず強く地面を蹴った。要一を追い越し、全力で駆ける。


『あすこで大太羅だんだらさまのおらび声がせなんだら、わしもあぶないところだった』


 冗談じゃねえ。それってつまり、偶然助かっただけだろ。逃げても無駄ってことじゃねえか。


 四肢を棒きれみたいにぶん回して走る。左手の荒れ地から、今度は女の悲鳴に似た鳴き声が響いた。


 僅か離れた土手の上、あの忌々しい四つ足が這い出てくるのが見えた。

 暮れ犬は落ちかけた夕日を浴びて一匹、また一匹と数を増やしていく。

 首筋の毛が逆立った。腕の目玉のまばたきが一層強まり痺れが走る。


 畜生、畜生。なんでこうなっちまうんだよ。それもこれも全部、この阿呆のせいだ。散々我慢してきたがもう限界だ。少し惜しいが、俺の命には代えられねえ。何の役に立たねえクズは、捨てていくしかねえ。


 そこまで考えたところで、ふと脳裏をかすめるものがあった。


 嗚呼。試してみる価値はあるか。

 どの道、一か八かだ。


 肩越しに振り返ると、すぐそこに迫る産女の顔面があった。


 その鼻っ面めがけて、懐からあの枯れた花を放り投げた。


 自ら突っ込む格好で、産女の顔面に花が張り付く。


 その瞬間、耳をつんざく轟きとともに、産女がのけぞり動かなくなった。


 足を止めようとする要一の頭をはたき、林に向かって足をかき動かす。


 やっぱりそうだ。村の連中は産女があの花を嫌っていることを知っていたんだ。だから、多くの家に干からびた花が残っていた。それでも暮れ犬には対抗できなかったからなのか、病や蝗のせいなのか。とにかく、産女の対策だけでは足りなくなって、やむなく生き残りはあの場所を離れたんだろう。


 安堵で一瞬頭が真っ白になりかけるが、すぐさま思い直して進路をやや右手前方に傾ける。背中の気配を探ろうとするが、脈動する血管がやかましくて何もわからない。

 後ろで赤子の叫び声が上がる。ちらと振り返ると、身動きの取れない様子の産女に幾つもの影が躍りかかっていた。土の上を影が転がり、長く引きずる胴体に牙が食い込む。


 思惑通りだ。暮れ犬たちから距離を取るよう進路をそらしたおかげもあり、奴らは標的を産女に定めたらしい。思わず地面を強く蹴る。危ういところでまた一つ命を拾った。だけどまだ油断はできない。奴らは俺たちにも気づいているはずだ。あの化け物が終われば次は俺たちの番だ。その証拠に、腕の目玉達はまだ警告を止めない。


 背中を埋めた鳥肌の隙間を汗が滑り降りていく。もう足には感覚がない。乾いた喉は音を立てる度、血の味がした。鼓動が耳の奥で響き続けている。

 林はもうそこまで迫っていた。その手前に寝そべる土手は、想像よりもずっと高く、俺の背丈の倍はあった。土手はあまりに黒々としていて、薄闇の中では傾斜の具合も距離感も全く分からない。まるで黒い壁だった。

 微かに照らし始めた月明かりを頼りに土肌に当たりをつけ、できるだけ速度を落とさないように土手を駆け上がる。勾配がややきつく、そのまま駆け上がるのは断念して両手を付いた。

 しばらく後方に、よろけて走る要一の姿があった。


「さっさと来い! もうそこだ!」


 こいつも、それなりに足が速いってところだけは悪くねえんだよな。

 そう息を漏らした途端、要一が土手に蹴躓いた。


 なにしてんだ、と怒鳴りかけ、その奥に揺らめく黄色い離れ目に気がついた。


 月光に、ぬらりとした黒肌が照らし出される。ただ一匹の痩せた暮れ犬が、ひょこひょこと駆けてきていた。腕の目玉達が警告していたのはこいつのことだったらしい。

 前足を一本抱え上げ、よたついているところを見ると、肉の奪い合いに敗れてこちらを追ってきたのだろう。運がいい。こいつでなけりゃあ、とっくに腹の中だ。


 もたもたと体を起こしていた要一が、ふっと背後を振り返った。涎を滴らせる乱ぐい歯に気づき、ぺたりと尻をすえてしまう。


 あーあ、あの馬鹿野郎が。とっとと上がりゃいいのによお。


 土手の上から眺めているせいもあってか、自分でも驚くほどに頭が冷えていた。


 さてどうするか。ただ下りて引っ張り上げるわけにはいかない。暮れ犬は胃袋と脳が直結したような化け物だと聞く。変に注意を引いて、俺が獲物に選ばれちまったら元も子もない。土でも引っ掛けて目を潰してからなら――いや、当たらなかったらどうする。上手くいったとしても、そんなことで逃げ帰ってくれるとは限らない。かえって逆上して手がつけられなくなるかもしれん。――となりゃあ、畜生。やっぱりこれしかねえか。


 急いで背中の荷袋を下ろし、中を探った。


 要一は這いずり後ずさろうとするが、勾配のきつい土手をずり落ちるばかりだった。小便のせせらぐ音がする。骨ばった暮れ犬の前足が、探るような足取りで要一に迫る。

 荷袋の中、指先がようやく目当ての物に触れる。握りこぶしほどのそれを引っ掴み、放り投げた。黒の塊は真っ直ぐに飛び、暮れ犬の鼻先に命中する。暮れ犬は身を引き、僅かに怯んだ様子を見せるが、すぐさま頭を低く下げ俺を睨みつけた。


 ――しまった。


 思わず半歩身を引き逃げ出す構えを取る。


 しかし、暮れ犬は視線を落とすと、目の前に転がる塊を鼻先でつつき始めた。少しの間、そうして臭いを嗅いでいたかと思うと、目一杯顎を開き、食らいつく。

 ぐちゃぐちゃ噛みちぎる音が響く中、そっと要一の元まで滑り降り立ち上がらせる。

 暮れ犬は鼻先の燻製肉に夢中になっていて、俺たちに見向きもしない。


 噂に違わぬ単純さだ。目の前に投げてやるつもりが鼻っ面に命中したときはどうなることかと思ったが、結果助かったのだから、まあいいだろう。


 要一に身振りで指示し、土手を這い上がる。

 ありがたいことに、土手を上り終えても、肉を食らう音は止まなかった。




「ありゃあ、一体どういうつもりだ!」


 要一の背中を力いっぱい蹴りつけた。よたついた要一が木の根に躓き、すっ転ぶ。


「てめえのせいで死にかけた上に、貴重な食料まで失っちまったじゃねえか。どう落とし前つけるつもりだ」


 木の根元で地虫のように丸まる要一の脇腹を更に蹴り上げた。腰に下がる水筒が踊った。


「あーあ。余分に走らされたせいで喉が乾いちまってしょうがねえ」


 要一の帯から水筒を外す。振ってみると、まだしっかり残っている。中身を口に流し込む。ぬるい水が乾いた舌に染み込み、喉をひりひりいわせながら流れ落ちていった。

 密生したうねる木々の隙間。静かな林の中に俺が喉を鳴らす音だけが響いた。


「おい、次は食いもんだ。あの犬っころにやったぶんの食いもんをよこせ。それで今の所はちゃらにしてやる」


 要一がもたもたと体を起こしはじめる。早くしろ、と空になった水筒を投げつける。

 荷袋の中には、火打ち石、松脂、それから大振りな松ぼっくりが幾つか――


「なんで松ぼっくりなんか大事に背負ってるんだ。焚き付けにでもすんのか? まさか集めるのが好きだなんて言うなよ」


 それから臭い葉っぱやらにまぎれて、萎びた玉袋みたいなものが二つあった。

 要一は紐に繋がれたそれを一つちぎって、おずおずと俺に差し出した。手に取ってみると、表面は固く中はぶよぶよしていて、やっぱり萎びた玉袋としか思えない手触りだった。


「なんだ、これ」


 要一は答えない。

 少しだけ食いちぎってみると、表皮の奥はねっとりとしていて甘い。

 どうやら木の実を干したものらしい。苦い果肉が歯にまとわりつくのが鬱陶しいが、食えないというほどではない。多分、これもあの坊主が分け与えたものなんだろう。


「おい、ぼんくら。こんなもんで足るかよ。俺は何日分かの食料を丸々失ったんだぞ。役立たず一人を助けてやるためによお」


 残ったひとつをむしり取る。


「これくらいは頂かねえと話にならねえな。文句はねえだろ。なんたって死なずに済んだんだからな。これでも足りねえくらいだ。畜生。あの肉は高かったんだぞ」


 声を荒げる俺を、要一はただ黙って見上げている。文句の一つすら漏らさない。


「何だその目は。飯が足りねえってんならてめえでどうにかしろこの間抜け」


 本当に気色の悪い餓鬼だ。相変わらず何を考えているのかわからない。


「まあ、いい。この話はここまでにしといてやる。いい加減、夜を明かす準備をしねえと」


 手につばを吹きかけつつ辺りの木々を見上げる。すぐそばに生えた一本が丁度手頃に思えた。勢いをつけて枝に飛びつく。暗闇でもよく目立つ青白い枝は、見た目の割にしっかりしていて、俺の体重を難なく支えた。


「お前もさっさと登れ。ある程度登ったら枝と体を帯で括り付けろ。そのまんま枝を抱いて朝までやり過ごすんだ。――あ。それから、あんまり高く登るんじゃねえぞ。明烏あけがらすに目玉を食われたくなけりゃな」


 荷物を片付ける要一を尻目に、うねる幹に足をかけ、体を持ち上げた。

 腕の目玉達の警告は既に止んでいた。少なくとも、今すぐ食いつかれてしまうほど近くには、敵意を持った存在はいないということだ。もし暮れ犬が追いついてきたとしても、密生した木々は俺達の姿を隠してくれるし、何より木の上までは登れない。

 枝はよくしゃぶった骨みたいにすべすべしていた。手足が擦り切れないのはありがたいが、かけた腕が滑りやすいのには参った。疲れ切った腕や腿をなだめつつ慎重に登り、いい加減くたびれたところで枝に腰を下ろした。


 ここいらでもういいか。無理して登ろうとしても足を滑らせるだけだ。


 帯を解き一息ついていると、すぐ足元で音がした。

 音を立てないよう覗き見る。要一が慎重に登ってくるところだった。


 なんでわざわざおんなじ木に登ってくるんだよ。


 もう怒鳴りつける気力も残っていなかった。


 尻を据えても、枝はたわみもしないし軋みもしなかった。これなら寝ているうちに折れたりしないだろう。帯を結びつけながら思う。

 いい塩梅に湾曲した幹に抱きつき、額を滑らかな樹皮に当てた。樹上で寝るのに慣れてくると枝よりこっちのほうが具合が良い。

 どちらにせよ熟睡することなどできはしないが。


 すぐに瞼が下りてくる。


 意識が尻の穴から落ちていく。


 心地良い暗闇に、仄かな小便の臭いがした。

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