第16話 攻めるささえ

 波乱に満ちた生配信を終えて、今日も翠斗の部屋で食事を撮る二人。

 翠斗はVクリエイト事務所のことで頭がいっぱいになっており、ずっと表情が険しいままだった。

 対してささえはニッコニコな笑顔を向け続けていた。


「んふふ。嬉しいな。翠斗さんと一緒にVTuber声優~」


 鼻歌交じりでご機嫌なささえ。

 翠斗と一緒にVTuber声優を目指すことが嬉しくてたまらない様子だ。

 でも……


「ささえさん。俺、Vクリエイトのオーディションを受けるなんて言ってないよ?」


 その言葉にささえその場でズッコケていた。

 座りながらコケるなんて器用なことするなぁと翠斗は呑気に眺めていた。


「うっそでしょ!? 翠斗さん何の冗談!?」


「いや冗談とかじゃなくて」


「だってあの時ささえの手を握り返してくれたじゃん!」


「……あー、あの時はささえさんが本当に煌めいて見えて……なんか吸い込まれるように握手しちゃったというか……んー、上手く言えないなぁ。つまりは可愛い女の子と手を繋ぎたくなったって感じなんだ」


「ただの性欲!? か、可愛い女の子って言ってくれるのはちょーっぴり、う、嬉しいけど。そんな理由で握手返していただけなんかい!」


 あの時のささえは美しかった。

 夢に向かって一直線って感じで眩しかった。

 翠斗もそのエネルギーを分けてもらいたいと思ったからついつい握手に応じてしまったのかもしれない。


「……翠斗さん。VTuberで声優を目指すの……嫌?」


「嫌じゃない。だけど……正直迷っている」


 夢をあきらめたくないという感情が奥底にあるのも事実。

 それにささえが言ったように声優『夏樹翠』ではなく、声優系VTuber『みどり』としての新人デビューするのであれば過去の遺恨は関係なくなることも理解している。

 それでも翠斗はとある懸念が脳裏を霞めており、踏み切れずにいた。

 

「んー、これはあと一押し必要だな?」


 ささえは妖艶に微笑みながら脳内で計画を練る。

 翠斗を堕とす為のささえの作戦が今始まろうとしていた。







「……あれ? なんかいい匂いするな」


 翌朝、謎の香ばしさによって翠斗は目を覚ます。

 食欲をそそる朝食の匂い。

 その家庭的な香りに翠斗は懐かしさを覚える。

 香りは隣の部屋から漂ってきているみたいだった。


「翠斗さん。おはようございます。朝ごはんもうすぐ出来るから一緒に食べよ」


 穴からヒョコっと顔だけ出したささえが声を掛けてくる。


「えっ?」


 急にそんなことを言われて困惑する翠斗。

 夕食はいつも一緒に取っているけど、朝食が一緒だったことなんてなかった。

 そしてささえが料理を出来ることも知らなかった故に翠斗の驚きは増していた。


「ほら。顔洗ってきたらすぐにささえの部屋に来てね。こっちで食べよ」


「う、うん」


 翠斗がささえの部屋にあがるのはこれで3回目。

 過去2回は『生配信を行うため』という目的があったけど、今回は完全にプライベートな空間に足を踏み入れることになる。

 こんなとびっきりの美少女の部屋にお邪魔するのは腰が引けるが、向こうからの好意のお誘いを無下にするわけにはいかない。

 翠斗は内心ドキドキしまくりながら大穴を跨いでささえの部屋に上がり込んだ。


「さ、翠斗さん。こっちこっち」


「は、はい。おじゃまします」


 ささえに促された場所に腰を下ろす。

 ささえも腰を下ろした。

 対面ではなく、翠斗の隣に。


「すごい! とても美味しそうだよささえさん」


「えへへ~。ささえやればできる子! さ、食べよ!」


「ああ。頂きます! あれ? お箸無い?」


「んふ」


 なぜか口元で笑みを浮かべながらささえは自分の箸で翠斗の食事を摘まみ、そのまま翠斗の口元へ寄っていく。


「はい。あーん」


「あーん!?」


 全国数万人の男子が大好きなシチュエーション『あーん』

 なぜ急に「あーん」が始まってしまったのか。

 なぜ自分はこんなにサービスを施されているのか。

 もしかしたらささえは翠斗を突然好きになり献身に目覚めたのかなとも一瞬だけ思ったが、安易なラブコメじゃあるまいしそんなことがあるわけないと一蹴。

 そんな意味不明な考えに一瞬支配されるほど、翠斗はこの状況に混乱していた。


「……食べてくれないの?」


「……っ!」


 全国数十万人の男子が大好きなシチュエーション『涙目で上目遣い』

 元々容姿が整っている超美少女からの不意打ちに翠斗の顔は真っ赤になる。

 もしかしたらささえは翠斗を突然好きになり献身に目覚めたのかなと二度にたび思ったが、ささえフラグを立てた覚えが全くないのでそんなことあるわけないと一蹴。

 そしてこの上目遣い攻撃に耐えうる防御力など持ち合わせていない翠斗は、顔を赤くさせたまま素直にあーんを受け入れた。


「美味しい?」


「お、美味しい……けど、その、恥ずかしい」


「恥ずかしいんだ。お箸欲しい?」


「ほ、欲しいです」


 そう答えた瞬間、ささえの瞳がキラリと光る。


「ささえと一緒にVクリエイトのオーディションを受けてくれれば翠斗さん用のお箸を贈呈してもいいかな~」


「それが狙いかよ!?」


「それが狙いだよ!!」


「開き直った!?」


「さあどうするの!? このまま恥ずかしい思いをしながらささえにあーんをされ続けられるのか、それとも羞恥から解放されるためにVTuberオーディションに出るのか! さあどっち!?」


「普通に自室から箸取ってくるから保留で」


「あー! ずるいー!!」


 翠斗が穴から自室に戻り割りばしを持ってくる。


「……ちぇ」


 翠斗をオーディションに勧誘することも、あーんをしてあげる権利も奪われたささえは唇を尖らせながら拗ねている。


「…………」


 でも翠斗が一口付けた箸をじっと見て、なぜか少しだけ機嫌が良くなるささえであった。

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