第14話 配信コラボⅡー④ 声優として過去 声優としての未来 (みどり×ささやきささえ)


 時刻も夕方前ということもあり、外の喧騒がやかましくなってきた。

 はしゃぎまわる子供の声、大ボリュームの選挙カー、椋鳥の声。

 これ以上騒音が喧しくなる前に放送を終わらせるべきかもなと翠斗は内心で考えていた。


「はぁはぁ……つ、次のコーナーは……はぁはぁ……え、えっと……んと……はぁはぁ……」


「司会は自分がやっておくからキミは一旦水飲んでこい!」


「う、ういっさ」


 先ほどのエロ小説の余韻が抜けきれていないのか、ささえはかなり不安定な様子だった。

 ゆらゆらっと千鳥足になりながら、ささえは台所へ向かう。

 その様子を見て、翠斗は小声でリスナーに向けて呼びかけてみた。


「あ、あの、ささえさんっていつもあんな感じだったりします?」



  『いやいつもは淡々とエロASMRやっている』

  『あんなに発情した様子のささえは初めてみるレベル』

  『ていうかいつもはもっと際どい文章読んでいるよな』



「そ、そうなのか」


 リスナーの言葉を信じるならば普段は逆上のぼせることなく放送出来ているという。

 つまり、今日は特別にささえの感情を高ぶらせる何かがあったということだ。



  『みどりニキが隣に居たから興奮していたんじゃないか?』

  『「年頃の男女が肩を並べてエロ小説の読み上げをやっているシチュ」にささえは興奮したんだと思う』

  『みどりニキ意識されているなw』

  『てぇてぇが過ぎる』



「そ、そんな風に言われると自分も照れちゃうよ」



  『たまにみどりニキが可愛すぎて仕方なくなる件』

  『時々反応が少女になるよな』

  『みどりネキ……推せる!』



「人を勝手にネカマにしないで」



  『最後の質問コーナーで聞こうと思っていたんだけど、みどりニキはささえのことどう思ってる?』



「どうって……ささえさんは——」


「たっだいまー。ふぃー。ささえ復帰したよ。もう大丈夫。落ち着いた。放送の進行はどんな感じ?」


「あっ、おかえり。えと、最後の質問コーナーを先にやっていた感じだよ」


「なるほどなるほど。ふむふむ。『みどりニキはささえのこと思ってる?』か。ふむふむ。ふむふむふむ……」


 コメントを見てなぜか固まるささえ。

 そして再度顔が真っ赤になった。


「ど、どう思って……いますか?」


 上目遣いで瞳を潤ませながら翠斗を見上げるように覗き見る。


「え、えと、配信いつも頑張っている姿は本当に尊敬しているし、自分みたいな隣人にもいつも親切にしてくれる優しい人……かな。友人が少ない自分にとってこんなにも距離を近くにして仲良くしてくれるのは本当にありがたいって思っているよ」


「性的な目で見てどう思ってるってささメンは聞いているんです」


「聞いていないよね!? どさくさに紛れて何を言わそうとしとるんじゃ!」


「ちぇー。教えてくれてもいいのに……けち」



  『ささえがいつもの2割増しで可愛い件』

  『もう恋する乙女じゃん』

  『いいぞもっとやれ』



 もはやてぇてぇが接種できれば何でも良いといった様子のリスナーだった。

 この後もささメン達は結構ぶっこんだ質問を投げまくってくるのだが、みどりが上手くかわしつつ放送が進んでいく。

 そして配信の終了予定時刻が近づいてきた。


「時間的に最後かな。みんなー、何か質問はあるかな?」


 みんな聞きたいことは粗方聞き終えたのか、コメントの波がピタっと止まる。

 そんな中、一人のリスナーが最後の質問権を獲得した。



  『みどり様はどうして声優を諦めてしまったのですか?』



 見覚えのある丁寧な口調の文章だった。

 今まで静かだったのがずっと不思議だったが、ここに来てぶっこんできた。

 VTuberレイン。

 彼女はずっと質問のタイミングを見計らっていたのかもしれない。


「自分が声優を辞めた理由か……」


 翠斗はどこまで話していいのか迷っていた。

 彼が声優を辞める経緯はあまりにも壮絶な背景があったからある。

 でも放送時間もろくに残っていない。

 だから翠斗は簡潔に、且つわかりやすく答えを返した。


「自分……さ。とある声優ユニットを組まされていたんだけど……ちょっとしたすれ違いがあって、声優を辞めざるを得なくなったんだ。詳しいこと言ってしまうと当時の仲間に迷惑が掛かるから秘密だけど、ユニット内の不和が原因で自分はもう事務所にはいられなくなったんだ」


 翠斗の言葉を聞いて、以前彼が漏らした言葉が少し繋がった気がした。


 ——『俺は声優を追放された』


 それは声優ユニットを追い出された、という意味なのかもしれない。

 詳細は未だ翠斗の胸の中にあるが、想像以上に悲しい背景を持っていそうな彼がとにかく不憫で可哀想だった。



 『悲しい事情を語らせてしまい申し訳ありませんでした。

 でも、みどり様ならフリーでも活躍できると思います。

 どうか夢をあきらめないでください。

 私は……レインは一生の貴方を推して参ります』



 このコメントを見た瞬間、翠斗は悟った。

 レインは『声優』の頃から自分を応援してくれていた存在であるのだと。

 それに気づいた瞬間、涙が出そうになった。


「レインさん……ありがとう……キミの言葉、確かに胸に響いたよ。声優から離れてしまったこんな自分だけど、まだ応援してくれる人が居るんだってこと、心から嬉しく思う。本当にありがとう」


 翠斗はその場で立ち上がり大きく頭を下げた。

 それは心からの感謝の意。

 レインには見えなくても翠斗は彼女にお礼を言いたくて画面外のお辞儀で気持ちを返していた。


「みどりさん。最後に私から質問があります」


「えっ?」


 不意にささえが神妙な面持ちで翠斗の瞳をじっと覗き見る。

 その表情から今までにないくらいの真剣さが感じられた。


「貴方はこれからも声優であることを望みますか?」


 それはレインの質問と似ているがニュアンスが全く違う問いかけだった。

 レインは過去について、ささえは未来についての質問だ。 

 声優を続けるか諦めるか。

 それは翠斗の中に常に存在していた禁忌だった。

 翠斗は『自分は声優をやってはいけない存在』だと思っている。

 だけど、ささえの問いはちょっと違う。

 声優に未練があるか否かではない。

 ささえは『声優であり続けることを望んでいるか』と聞いた。

 過去の背景など関係ない。

 『今』も声優に憧れを頂いているのか、その憧れに向かって突き進んでいきたいのか。

 そう聞かれている。


「自分は……俺は……声優になりたい」


 それは正直な気持ちだった。

 『声優に戻りたい』のではなく『声優になりたい』と言った。

 過去の自分ではなく、今の自分を受け入れて欲しいのだと。

 その答えを聞いて、ささえは満足そうに笑みを溢していた。


「みどりさん。提案があります」


 その提案は——

 あまりにも画期的で——

 夢に溢れた未来の理想だった。


 そして彼女の提案が今後の翠斗の人生を大きく動かす起点となる。


「私と一緒に……VTuberで声優を目指しませんか?」

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