壁に穴が開いている部屋で隣人の美少女VTuberが今日も配信をしています
にぃ
第1話 ヒーラーボイスVTuber『ささやきささえ』と隣人
「貴方に癒しを届けたい。今日もささえの配信に癒されてね♪」
『きちゃーー!』
『一生待ってた』
『これがないと1日が終わらないぜ』
とあるアパートの一室にて、一人の女の子が広いネットの世界に向けて生放送で配信を行っていた。
画面には赤髪サイドテールが特徴の愛らしいキャラクターが小さく揺れ動いている。
少女の言葉に合わせて赤髪のキャラクターが動き、まるで画面の絵が喋っているように相手には見える。
「さぁ~って、今日はASMR配信で皆のことを癒しちゃうぞー!」
『おぉ~! ASMR配信久しぶりじゃん』
『大丈夫? ちゃんと台本チェックした? いつも読み間違いポカしてるけど』
「大丈夫だよ!? あの時はちょっと集中力が欠けていただけなの!」
『だめそう』
『「反故」を「はんこ」と読む子だからなぁ』
『「言質」を「ごんち」と読む子だからなぁ』
『「「肢体」を「らたい」と読んだ時はマジでひっくり返った』
「だぁぁぁッ! 過ぎ去った過去のことを掘り起こさないの!」
『大丈夫 読み間違いもささえたんの魅力だから』
『そうそう むしろ読み間違いを聞きにきているようなもんだから』
『「過ぎ去った過去』って表現がすでに重言っぽいけどがんばって!』
流れるコメントに対し、画面上の女の子がプリプリと怒り出す。
彼女の放送を聞いている者達はその姿を見てホッコリと癒されていた。
「なんか納得できないけど……まぁいいや。ささえのASMR始まります!」
VTuber。
バーチャルアバターを用い、動画配信やライブ配信を主に行う界隈である。
Vの人気は年々勢いを増し、今でも毎月何百人という数のVTuberが生まれているという。
美少年美少女の身体に受肉して、配信を通じてゲームや歌などをリスナーに向けて届ける存在。
赤髪サイドテール少女——『ささやきささえ』も配信者によって魂を授けられた存在なのである。
「——以上、ささえのASMR配信でした。ねねね! 今日のささえ完璧だったでしょ!? 癒されたでしょ!?」
『完璧かどうかはおいといて癒されたよ ありがとう』
「完璧かどうかをおいとかないで!? ささえ、また何かやっちまいました!?」
『まさか「とうもろこし」を読み間違えるとはおもわなかった』
「読み間違えてないよ!? とうもころしでしょ!?」
『wwwwwww』
『とうwwwwwもこwwwwwwろしwwwwww』
『ていうかASMRでとうもろこしが出てくることがまず謎なんだが。その台本どこから拾ってきたよ』
「おまえらだよ!? 皆が送ってくれた台本をそのまま読んだの!!」
VTuber『ささやきささえ』は『ヒーラーボイスVTuber』という設定で作られた存在である。
ASMRのみならず、歌や声真似などでもリスナーを楽しませている。
配信歴は約2年。コアなファンが少しずつ増えてきており、ささえの言葉一つ一つにたくさんの反応——もといツッコミが流れてくる。
それはささえがしっかりと愛されている証拠なのだ。
『今日初見だったんだが主面白いな それに声が超良い』
「あっ! 初見さん 来てくれてありがとう~! ほら! 皆も初見さんを見習ってささえを褒めろ褒めろ!」
『声が良いのは皆認めているよ』
『ささえたんって声優のタマゴなんだっけ?』
『都内のクリエイター専門学校の声優科に通っている学生さんなんだぜ』
「なんでささえのリアルプロフィールが割れているの!?」
『自分でwwww言っていただろうがwwww』
『寝落ち配信で半寝言みたいにいっていたんだぜ』
「うっそぉ!?」
『その時に言っていたんだけどさ ささえたん壁に大穴開いている部屋に住んでいるってマ?』
『それ、俺も気になってた』
『もしかして:苦学生』
「ささえ、そんなことまで暴露していたの!? 恐るべし寝落ち配信。もうやらん」
『マジなのかよwww』
『引っ越せよwww』
そう、リスナーの言う通り、ささやきささえの中の人が住んでいるアパートは彼女の部屋だけ壁に穴が開いており、隣の部屋が丸見え状態なのだ。
どうして壁に穴が開いているのかは定かではないが、不良物件ということで格安家賃で暮らすことが出来ている。
あまり仕送り金が多くないささえにとっては僥倖だった。
『もしかして隣の部屋に配信の声が丸聞こえなんじゃね?』
「大丈夫だよ! 隣には誰も住んでないもん。それに結構防音も良いんだよ」
『壁に穴ってどの程度? キリで穴があけられたくらい?』
「カレンダーで隠しても穴が塞げない程度かな」
『大穴じゃねーかwww』
『人が通れるレベルwwwww』
『どうしてそうなった』
『よくそんなとこ住もうと思ったなw』
「ささえも最初壁の大穴見た時は腰が抜けたよ。もう慣れたからいいんだけどね」
『でも隣に誰か住みだしたら配信もできなくなるんじゃない?』
「いやいや。いくら家賃が安いとはいえ壁に大穴開いている部屋に住もうと思う人なんてささえ以外いるわけないし!」
「——実は居たり。あっ、初めまして。今日隣に引っ越してきた者でございます」
ガンッ! ゴンゥ! ガシャン!
不意に壁穴からひょいっと顔を見せた男性に驚愕し、ささえの中の人は椅子から転げ落ちた。
その反動で床に置かれていたペットボトルやゴミ箱も吹き飛ばしていた。
「な、なな、ななななななぁ——!?」
腰を抜かしたように尻もちをつき、気まずそうに頭をポリポリ掻く男性を指さしながら声を失うささえ。
『隣人www いるじゃねーかwww』
『神展開www』
『マジで転げ落ちた音したぞ 大丈夫か?』
ディスプレイ上ではリスナーが今日一番の盛り上がりを見せているが、ささえは今コメントに反応を返す余裕などあるはずもなく……
「あ、その、こちら引っ越し挨拶の品のお蕎麦です。んと、ここにおいておきますね」
男性は穴から手を伸ばし、綺麗に包装された蕎麦をテーブルの上に置いた。
『蕎麦置くなwww』
『なんで冷静なんだよ隣人ニキww』
『ていうか隣人ニキも良い声だな』
「え、えと、配信キャラ可愛いですね」
「あ……あ……」
「あっ、先ほどのASMRも良かったですよ。とうもろこしを読み間違いした場面は個人的にベストバウトでした」
『追い撃ちwww』
『隣人ニキ それは言わないであげてもろて』
『隣人フラとか初めてみたわww 神回www』
『切り抜き動画アップするわww』
「うわああああああああああああああああああああっ!!」
羞恥やら驚きやら色々な感情が交じり合い、ささえはついに錯乱する。
涙目になりながら近場にあったクッションやら枕やらをぶん投げまくり、男性は慌てて隣の部屋の奥へと引っ込んでいった。
そしてこの神回をキッカケにささえのチャンネル登録数は一気に倍以上に膨れ上がり、一躍SNSのトレンドにも上がるほどの騒ぎにまで発展したのであった。
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