第22話 部活で男女混合練習するときの気まずさは異常

「うぅ……よろしくお願いします……」

「……よろしく」


 グラウンドの真ん中で、背中を丸めたウィンと不本意さを隠しもしないセナが向かい合う。まさかヒロインと主人公が戦うことになるとはな……模擬戦だけど。


 実際のところ、勝敗の予想はつかない。普通に考えれば勇者の一族で各地を旅して魔物を倒してきたウィンに軍配が上がるだろうが、この世界ではセナも幼い頃から戦闘の経験を積んでいる。先生も言った通り、レベルはほぼ同じ。セナが十七でウィンが十五だ。ゲーム開始時は二人ともレベル五だったことを考えると、雲泥の差である。

 武器も同じで、授業用の木剣だしな。これが互いの専用装備だったら、公式最強武器を持つウィンが勝っていただろう。


「勇者とプリムローズ家の神童の対決か~」「どっちが勝つんだろうな?」「え~わかんな~い」「俺は勇者に百シング!」「同級生で賭け事やるなよ……俺はプリムローズ嬢に二百シング」


 周りのやつらも興味津々なようだ。賭け事はいけないが、熱心に見れば掴めるものもあるだろう。


「というか、あの二人と親し気なあのライガってやつは一体何者なんだ……?」「昨日はセナさんとダイア様とお食事していたぞ」「なに? 貴族なの?」「でも自己紹介では家名がないって……」「本当に何者……?」


 お前ら、授業に集中しろ。

 仕方なく、俺は集団の後ろからこっそり見ることにした。いらん注目まで集める必要はない。


「念のため、魔術を使うのは禁止だからなー。それでは──はじめ!」


 担当教師の号令とともに、セナとウィンが同時に動く。ウィンがセナに突っ込み、セナがそれを待ち構えるために腰を深く落とす。

 ──悪手だ。おそらく、戦いに精通している者なら誰もがそう思うだろう。

 セナよりもウィンの方が体格が大きく、突進の勢いも乗っている。少女の細腕で耐えることは困難だ。


 しかし──


「っ!」

「……まだまだ、軽いわね!」


 難なくウィンの一撃を防いだセナは、剣を翻してウィンの剣を弾いた。ウィンの瞳が驚愕に大きく見開かれる。

 当然の話だ。この五年間、セナの相手をしていたのは──俺。ウィンよりもさらに大きな体格の妾の子だったのだから。

 力のある人間への対処法を、彼女はよーく知っている。


「はぁ!」


 ウィンが体勢を崩したのを見逃さず、セナが連撃を仕掛ける。幾度となく繰り出される素早い突き。常人であれば数撃で脳天を打たれて終わりだろうが、ウィンもしっかりと防いでいる。

 剣がぶつかる音が、次第に激しく大きくなっていく。ウィンが反撃に乗り出し、セナが身軽な体で鮮やかに躱していく。

 あれだけ賭けだのなんだの言っていた生徒達も、今は全員が二人の攻防に集中していた。

 さすがはゲームのメインキャラ。華があるよな。モブの俺とは違う。


 ……お似合いじゃないか。

 一抹の寂しさを覚えながらも、俺は無言で二人の模擬戦を見守り続けた。

 そうして数分の攻防が続き──決着の時が訪れた。


「フッ──!」

「やぁ!」


 二人が同時に繰り出した剣筋が交錯し、一本の剣が宙を舞う。使い手の掌から離れた剣は乾いた音を立てて地面に落ちた。


「そこまで! 勝者はウィン・マグノリア!」

『うおおおおおおお──!』


 担当教師の言葉に、生徒全員が歓声を上げた。

 いやあ……良い勝負だったな。最後の打ち合いは結局セナの力負けではあったが、彼女はそれまでに何度かウィンに剣を当てていた。ウィンはウィンで数回攻撃を当てられても怯まず、逆に一撃でセナの反撃手段を奪った。セナは魔物向け、ウィンは人向けの戦い方をしていた感じだな。

 逆に言えば差はそこぐらいで──たとえばセナが魔術を使っていたらまた結果は違っていたかもしれない。


「……ありがとう、ございました。強いですね」

「こちらこそありがとね。負けたのは悔しいけれど、納得のいく試合ができたわ。びっくりしちゃった。あんた、戦いになるとあんなに凛々しくなるのね。普段からそうしていればいいのに」

「い、いやあ、ははは……」

 

 互いの健闘を称えあって、セナとウィンが握手を交わしている。おいおい、一戦交えただけで随分打ち解けているじゃねえか。

 いい傾向だ。着実に本編の流れに戻っている。


 ゲームのセナは、初心者におすすめの攻略キャラだった。なんてったって、あからさまなツンデレだ。ツンデレ娘はツンツンしているから恋心を確認しにくくなる──なんてことが周知の事実になっていた令和の世では、ツンツンした態度=好きのサインという公式が逆に常識だった。


 よって、セナがツンツンするということは正解の選択肢を選んだということ。好感度を確認することなくストーリーを進めることができたのだ。


 ……いやでもこれ、現代の俺だからわかるってことであって、この世界の住人であるウィンにはわからないんじゃないか? セナの「勘違いしないでよね!」で本当に勘違いしないようになっちゃうかもな。

 ……そうならないように俺がサポートするか。


「──ねえ、ちゃんと見てたの?」

「え……おわぁ!?」


 考え事をしていたら、そばにセナが来ていたことに気付かなかった。

 セナは不満げに俺の顔を見上げ、頬を膨らませる。


「私、けっこう頑張ったんだけど? 負けちゃったけど……そもそも全く眼中になかったっていうなら、悲しいわ」

「いや、悪い。最初から最後まで見てたよ。いい勝負だったな」

「むー……それだけ?」

「……最初のウィンの突貫攻撃を真正面から受けるのは、まあ狙いはわかったんだが……危ないからやめた方がいいんじゃないか?」

「……そうね。ちょっと油断してたかも。誰かさんと違って彼はひょろひょろしてるから」

「見た目で判断しない方がいいぞ。というか、見た目で言ったらセナなんてただの可愛い女の子でしかないんだからな」

「……」


 真面目に議論をかわしていたら、突然セナが黙ってしまった。不審に思って彼女の顔を見ると、少しだけ頬が赤くなっている。


「おーい、どうした?」

「……な、なんでもない! それより、もっとないの!? ちゃんと私のこと褒めてよ!」

「えぇ……そうだな……身軽さを上手く利用した、息をつかせない連撃はすごいよかった。俺もセナと戦うときには気をつけなきゃな」

「ふ、ふーん。他には?」

「他には──」


 様子のおかしいセナに圧されながらも、俺は今の模擬戦で感じたことをあますことなく伝えた。


「うんうん、満足したわ!」

「さいですか……」


 げっそりとした俺とは対照的に、セナはつやつやした顔で満足そうに何度も頷いた。

 戦闘のフィードバックなら戦った当人同士でやった方がいいんじゃないか……? 外から見てた人間に意見を聞くのもわかるが……そういえば、その戦っていたもう片方はどこに行ったんだろうか。


「うわー!? 勇者がなんもないところでコケたぁ!?」

「しかも女子の胸に頭から突っ込んだぁ!!」

「イヤアアアア! なにすんのよこの変態!」

「ちが、これはわざとじゃ──ぐはぁ!」


 ……近づかんとこ。

 離れた場所で巻き起こるラッキーサプライズ現象から目をそらすように、俺はグラウンドに背を向けた。


「……あの勇者、本当に戦闘中の凛々しさを保てればいいのに……というか、戦いではあんなに動けるのに、どうしてそれが終わったらあんなに鈍臭くなるのよ」

「……多分、女神様のせい」


 セナのごもっともな意見に、俺は頭をかくしかなかった。

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