第11話 死亡フラグ① 人攫い集団『ゾロス』の頭領ザック

「──ねえ、あんた最近なにやってたの?」


 穴の中をしばらく進んでいると、不意にセナがそんなことを聞いてきた。隠し通路は結構長い。沈黙に耐えかねたのだろう。


「なにって……ニワトリ狩りかな」

「なにそれ」

「ノイジーコッコってモンスターは知ってるか? あれって倒すと調理済みのチキンを落としてくれるんだよ。それが食いたくてな」

「相変わらず、大変そうね」

「まあな。ちょうど昨日、親父に殴られた」

「酷い人ね。私はパパに叩かれたことなんてないわ」

「そりゃそうだろ」

「……ねえ、あんまりこういうこと言いたくはないんだけど、あんたちょっと臭うわよ」

「あー……悪いな。最近水浴びもできてないんだよ」

「水浴び……ってそうよ! あんた、あれから一回も清めの泉に来てないでしょ!」

「うぇ!? ま、まあそうだな」


 どこか刺すような口ぶりに体を強張らせながら、俺は頷く。


「私、何度もあんたを探しにあの場所に行ったのに。いっつもいっつも誰もいなくて……おかげさまで、道に迷うこともなくなったんだから」

「そんなに……?」

「ええ、ほとんど毎日──べ、別にあんたに会いたかったとかそういうわけじゃないからね!? あの場所が気に入っていただけだから! ついでに話し相手が欲しかっただけだから!」


 セナと出会ってから、今日まで一か月強。その間、ほぼ毎日あの場所へ来ていたのか。俺はてっきり、最初の一週間くらいで来なくなるだろうとばかり思っていた。

 そして、彼女の言葉で確信した。やはりゾロスの連中は、セナが高頻度でウィステリア大森林に入っていることを把握して、今回の犯行に及んだのだ。


 俺がリスクを考えずにもう一度でもセナと会っていたら、彼女は森に入ることを辞めてゾロスに捕まらなかったかもしれない。あるいは、複数回会うことでセナがここで人と会っているとゾロスに思わせれば、誘拐計画がなくなっていたかも──その時は俺も一緒に攫われるだけかも。


「……その、ごめん。こっちにも事情はあったんだが、君の気持ちを考えていなかった」

「別に……次に会ったらどうしてやろうって思っていたけど……それももう気にしていないわ」

「え? どうして」

「ふふ──な・い・しょ♪ 自分で考えてね」


 セナが小悪魔のような笑みを浮かべたのが、振り返らなくてもわかった。


 ──そうしてしばらく歩くと、光が見えてきた。隠し通路の出口だ。

 俺達は自然と互いに早足になり、薄暗い通路を飛び出した。


「──やはり、俺の勘はよく当たる」


 その瞬間、暴風が俺達の体を横殴りした。


「がっ──!?」


 空中に投げ飛ばされた、わかる。着地をしなければならない、わかる。待ち伏せされていた──何故。

 混乱する頭の中、自分のやるべきことだけは理解する。空中でセナの細い腕を掴み、抱き寄せる。体勢を整えて、壁際に着地した。


「っ──ぷはぁ! セナ! 大丈夫か!?」

「う、うん……」


 お姫様抱っこ状態のセナは目を真ん丸にして俺を見上げてくる。わけがわからないって顔だが、俺も一緒だ。


「へえ、壁に叩きつけるつもりだったんだがな。このザック様の術に対応するとはやるじゃねえか」


 低い声。出口の先にいたのは、短髪の大柄な男。上半身に毛皮のチョッキのようなものだけを羽織っていて、いかにもゴロツキといった出で立ちだ。門番のように、この空間のもう一つの出口の前に立ちふさがっている。

 間違いなくゾロスの一員。けれど、どうして。どうしてこの通路を使うことが分かったんだ?


 未だに頭はこんがらがったままだが、とにかく今はセナを守らなければ。

 道中で拾った短剣を抜いて、俺は男を睨みつけた。


「下がってろ、セナ」

「む、無茶よ!? 大人に勝てるわけないじゃない! レベルだって私達よりずっと……!」

「じゃあ、ここで何もせずに捕まるのか? いや、生け捕りされるかもわからないぞ。侵入者と脱走者、どっちも一緒に殺される可能性だってある」


 死亡フラグめ。こんなに早い段階で狙ってくるとはな。だが、生憎諦めるつもりはない。全力でブチ折らせてもらうぜ。


「男の方が状況を理解しているみてえだな。ガキだからって容赦はしねえ。ゾロスに楯突いたらどうなるかっていうのをその体に刻み込んでやるよ」


 ザックは獰猛な笑みを浮かべて、背負っていた斧を構える。

 こ、怖え……! モンスターは何度も倒してきたが、こんなに早く対人戦を経験するとは思わなかった。今にも膝が笑い出しそうだ。


「……ああでも、一つだけ聞いておくか。お前ら、どうやってこの通路を見つけた? いや、見つけたなんて早さじゃなかったな。最初から知っていたのか?」

「……女神様が夢の中で教えてくれたんだよ」

「ケッ、バカみてえな話だ。聖女や勇者じゃあるまいし……」


 俺の答えにザックは呆れたように鼻を鳴らす。


「お前はどうして、俺達がここに来るってわかったんだ?」

「あ? ただの勘だ。俺の勘はよくあたんだよ。この勘を使ってゾロスをまとめ上げ、ここまで大きくしたんだ」


 こいつ、ゾロスのボスかよ……!?

 ゲームの情報だと、優秀な風魔術と力強い斧攻撃で王国騎士団を苦しめたとか語られていたな。レベル十五で勝てる相手じゃねえよ。


 だが、つけ入る隙はありそうだ。子供の俺を見て、奴は油断している。その隙をつければ……!


「お喋りはここまでにするか──行くぜ」


 一瞬、ザックの姿がぶれた──そして、次の瞬間には俺に肉薄していた。

 ドゴッ! 重い音とともに、鳩尾に膝蹴りを叩き込まれた。


「が、はっ……!」


 たまらず嗚咽する。立っていられるはずもなく、俺はその場に蹲った。


「弱いな。まあガキだしこんなもんか」

「ライガ! ねえライガ!?」


 頭の上でザックとセナの声が響く。やばい、意識が飛びそうだ。まだ気絶していない自分をほめてやりたいぐらいだ。

 ふざけやがって。攻撃全然見えねえじゃねえか。こんな相手にどう勝てばいいんだよ。

 わかんねえけどやるしかねえだろ。死にたくねえし、死なせたくもねえんだよ。


 生まれたての小鹿みたいになりながら、俺は立ち上がる。ザックは興味深そうに口笛を吹いた。

 

「ふーっ、ふーっ……!」

「お、まだ起き上がれるのか。そんじゃあもういっちょ!」

「──!」


 半分勘に頼って、ザックの蹴りを躱す。よろめきながら退避し、ザックと距離を取る。


「くらいやがれ!」


 道中で拾ったガラス瓶を投げつける。その中に入っているのはキラキラした赤い液体。


「あ、なんだぁ?」


 ザックは怪訝そうな顔をしながらも、そのガラス瓶を斧でたたき割った。──かかったな!


 瓶から飛び散った液体が、音もなく燃え上がりザックの体に降り注いだ。


「あっづぁああああああ!」


 野太い悲鳴を上げながら、ザックが地面を転がりまわる。

 

「セナ! 今のうちにここから逃げろ!」


「でも!」

「いいから早く!」

「っ……!」

 

 重い足取りで、セナが走り出す。彼女さえ逃げられればひとまずミッションはクリアだ。

 

「てめえ、【フレイムポーション】なんてどこで……!」


 セナの背中を見送っていると、ザックが怒りに歪んだ形相を俺に向けてきた。

【フレイムポーション】。敵に投げつけて炎属性のダメージを与えられるアイテムだ。プレイヤーが殴った方が早いゲームではただの換金アイテムだが、現実では違う。炎を浴びてダメージをくらわない人間なんていないからな。


 ……って思っていたけど、予想よりザックにダメージが入っていない。ちょっと火傷してるかな?ぐらいだ。まじかよ。

 

「アジトに転がっているのを拝借したんだよ!」

「手癖の悪いガキが!」

 

 消火を終えたザックが、斧を構えて飛びかかってきた。


「くっ……! 【ブラックカーテン】!」

「猪口才なぁ!」


 紙一重で躱し、命中率を下げる魔術をザックにかける。レベル差でレジストされる可能性の方が高かったが、今回はしっかり効果を発揮してくれた。

 【ブラックカーテン】がかかったザックが斧を乱暴に振り回すが、どの軌道も的外れ。さらに追い打ちで──!


「【シャドウウォーカー】!」


 自分の姿を隠す魔術。命中率を下げられ、回避率を上げられたらいかにゾロスのボスと言えどもたまったもんじゃないだろう。


「チッ……! てめえ、闇魔術使いかよ。面倒なことになったぜ」


 ザックの言葉には答えず、俺は足音を消して移動する。声を出せばその時点で俺のいる位置がバレてしまう。せっかくの好機を無駄にはしたくない。


「くっくっく……最初はどういたぶり殺してやろうと思ったが、気が変わった。お前、俺の手下になれ」

「っ……!?」


 思いがけないザックの提案に、思わず声を出しそうになった。


「ガキの癖に、随分と肝が据わっているところが気に入った。計画性もあるし、隠し通路を知った情報取集力もある。ここで死ぬくらいなら、生きて俺達の力になる方がお前のためになるぜ」

 

 俺が、ザックの仲間に……? いや、惑わされるな。奴の言葉を信じる要素などない。それに、ゾロスはゲームで騎士団につぶされ、全員監獄に入れられた。破滅の未来に自ら進む道理なんてない。


「──ケッ、本当に大したガキだ。じゃあ、まあいい。予定通りやるだけだ」


 無言の否定を貫く俺の説得を諦め、ザックは斧を構えた。

 焦るな、しっかり足を動かせ。奴の攻撃が俺に当たる確率はかなり低くなっている。


「【コールエレメント】」

「っ……!」


 背中に悪寒が走る。

 魔術の詠唱。ザックは風のエレメント使い。そこから導きだされた答えに背中を叩かれて、俺は脱兎のごとく逃げ出した。


「遅え」


 次の瞬間。

 

「──【オーバーストーム】」


 ザックが放ったに俺の体は吹き飛ばされた──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る