第10話 救出作戦

 ゲームのセナ・プリムローズは幼い頃に誘拐を経験している。

 下手人は少数精鋭の人攫い集団『ゾロス』。目的は身代金と人身売買だ。

 ゼクシル王国では奴隷を持つことは禁止されているが、諸外国には奴隷制度が残っている国もある。そういった国々に、攫った見目麗しい人間を売って金を得ているのだ。まあ、端的に言って屑だな。ライガの実の母親といい勝負だ。

 しかも奴らは全員傭兵上がりなので戦闘力が高く、王国騎士団が手を出しにくいという最悪な存在だ。


 そんな悪党どもに、セナはゲームで攫われてしまう。そのセナが連れ込まれたのが──


「──ここか」


 ウィステリア大森林の北部。岩壁に空いた大穴。ここがゾロスの拠点だ。

 俺は茂みの中に隠れて周囲の様子を観察する。ダッシュで来たが、既に時刻は夜になっていた。レベルが上がり身体能力も伸びているのだが、いかんせん子供の足では一歩が小さすぎた。アルスやその場に残っていた騎士に色々伝言を頼むのにも時間がかかったしな。まあでも、闇が深くなることは俺には都合がいい。

 穴の前には成人男性が二人。見張り役だ。穴の奥からは物音がしないが、十中八九ゾロスの団員全員が揃っているだろう。

 

 さて、どうするか。

 近くの入口はここにしかない。よって、入るためには門番二人をどうにかしなければならない。

 現在の俺のレベルは多分15くらい。日々の魔物狩りのおかげで着々と成長しているが、傭兵あがりの大人に勝てるかと問われれば全力で首を横に振る。

 なので、真正面からぶつかることはできない。いつも通りの戦い方でやるしかない。


「【コールエレメント・レジストダウン】」


 中級闇魔術のレジストダウンをかけて、相手の魔術耐性を下げる。


「な、なんだ!?」

「闇魔術だ! ボスに連絡を──」


 異変に気付いた門番が動き出すが、そこに追い打ちの魔術を発動。


「【ハングオブナイトメア】」


 相手を睡眠状態にする中級闇魔術。これによって見張りの二人は瞬く間に倒れこんだ。

 数秒待って茂みから出て入口に向かうと、門番二人は気持ちよさそうにいびきをかいている。一発勝負だったが上手くいってよかったぜ。


 レジストダウンもハングオブナイトメアも子供が使える魔術ではない。そして、発動のために必要なエレメントもかなりの量になる。ぶっちゃけ、既に俺のEP総量は半分くらいになってしまっている。

 が、それでも問題ない。薄暗い洞窟の中であればスニーキングし放題だからな。


「【シャドウウォーカー】」


 いつもお世話になっている隠蔽魔術を使って、俺はアジトの中へ踏み入った。


◇🔷◇


 はやる気持ちを抑え、なるべく足音を消して移動する。

 来るのは初めてだが、この洞窟の内部マップは把握している。ゲーム内で訪れたことがあるからな。あと、洞窟内には灯りがついていて、真っ暗ではないのがありがたい。

 人攫いどもとかち合うことだけが心配だ。慎重にいかないとな。


「それでよー」

「はは、正気かよ」


 おっと、ジャストタイミングで向かいからゾロスの下っ端共。俺は素早く物陰に身を隠して息をひそめる。

 カツカツカツカツ、二人分の足音が段々と近づいてきて、やがて離れていった。


「ふぃ~緊張するぜ。見つかったら勝ち目はないからな」


 俺は冷や汗を拭いながら、記憶を頼りに再び歩き出した。


 時々便利そうなアイテムを拝借しながらスニーキングを数分続けて、目的地にたどり着く。

 そこは、手作りの柵が建てられた『檻』だった。


 ゲームでは、一定の好感度を稼ぐとセナが「自分のトラウマを克服したい」と言い出してここに連れてきてくれる。そこで過去の経験を話し、それを聞いた主人公がセナを励まして、二人の仲はより深まる……そんなストーリーだった。


 薄暗い空間の中に、小さな影が一つ寝転がっている。暗闇でもわかる金の髪を確認し、俺は一先ず安堵の息を吐いた。


「おーい、セナ。セナ? 起きてるかー?」

「んぅ……?」


 向こうに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呼びかけると、もぞっと影が動く。


「俺だよ、俺。ライガ・ウィステリア。災難だったな」

「ん……? ライ、ガ……?」


 のっそりと体を起こしたセナが、ゆっくりとこちらに這い寄ってくる。柵越しに、互いの顔をはっきりと視認できる距離まで近づいて、彼女の瞳が少しずつ見開かれていく。

 よく見ると、目の周りが赤くなっている。まあそりゃ、怖かったよな。いきなり何人もの大人に薄暗い場所に連れてこられたんだから。


「うそ、本当にライガ……!?」

「おう。助けに来たぜ」

「た、助けにって……あんたバカぁ? ここがどんな場所なのか知ってて言ってるの?」

「知ってるからこそだろ。このままだとお前、外国に売り飛ばされるぞ」


 俺の言葉に、セナが表情をひきつらせた。


「そ、そうよね……その、ありがとう。正直パパとか家のお抱え騎士団とかが来てくれた方が安心できたけど、嬉しいわ」

「正直は美徳とか言うけど、絶対嘘だよな」


 セナの辛辣な感想に苦笑いを返して、俺は柵をポンと叩いた。


「それじゃあセナ。この柵をぶっ壊してくれ」

「ぶっこわ……はあ!? そんなことしたら、人攫い達が音を聞きつけてこっちに来ちゃうじゃない!」

「それが狙いなんだ。さあ、時間がない。早くしてくれ」

「あ、あんたって本当に何考えてるかわかんないわね……」


 セナは複雑な表情を浮かべながら、中級炎魔術【フレアボム】で檻を爆破した。


◇🔷◇


「あのガキ! どこ行きやがった!」

「必ず見つけろ! ボスに殺されたくなかったらな!」

「外の見張りにも状況を報告しに行け!」


 慌ただしい足取りでゾロスの団員達が俺とセナの前を通り過ぎていく。

 やがて喧噪が収まってセナがふーっと息を吐いた。


「ほ、本当に気付かれなかった……」

「まああいつらも、人質がアジトの奥に逃げるとは思ってないだろうしな」


 今いるのは団員達の居住スペース前の通路。セナが閉じ込められていた檻よりも更に奥──ゾロスのボスがいる部屋に近づいた場所だ。


 爆発音をききつけた団員がセナがいなくなっていることを発見すれば、当然逃げたと思うだろう。なので敢えて俺は出口とは反対に進んだ。案の定、奴らは早合点して洞窟の外に向かっていき、俺達だけが取り残された。


 とはいえ、時間がある訳ではない。洞窟の外に出て足跡などを調べれば、俺達がまだアジトの中にいることに気付くだろう。その前に脱出しなければ。

 

 まだ呆然としているセナの手を引いて俺は目的地へ向け歩き出した。

 目的地はこのアジトの最奥──隠し通路のある部屋だ。


「ね、ねえ。いつまで手を繋いでるの?」


 後ろから緊張した声。視線を向けると、セナが顔を俯かせていた。まあ、さすがにこんな身形の男と手なんて繋ぎたくないよな。今は我慢してもらうしかない。


「念のため、外に出るまではこのままだ。体が触れ合っていないと【シャドウウォーカー】の効果がセナにかからなくなっちゃうからな」

「そ、そう。なら、仕方ないわね。あんたに従ってあげるわ」

「はいはい、ありがとう」


 ぎゅっと握る手に力が込められるのを感じ、俺は笑いをこらえるのに苦労した。


 やがて、目的の部屋にたどり着く。この空間はパントリーの役割を持っているようで、酒樽や食物が入っている木箱などが所せましと並べられている。

 記憶が正しければこの部屋にアレがあるはずだ……!


「えっと……確か、ここら辺に……よし、あったぞ!」


 積みあがった酒樽をレベル上昇で得た身体能力を駆使して下ろしていくと、お目当てのものを発見した。


「あったって……なにこれ?」


 俺が見つけたのは大人一人は通れそうな大きな穴。覗き込んだセナが怪訝そうに首を傾げる。


「これはな、緊急用の隠し通路だよ」

「か、隠し通路!?」

「ああ。これを使えば安全に外に出られるぞ」

「す、凄いわね……あんた、なんでこのことを知っているの?」


 セナの視線が、怪しい存在を見るように眇められる。


「前に聞いたことがあるんだよ。ならず者達はいざという時のために逃げるルートを用意しているって」

 

 本当はゲーム内でこの通路を見つけたのを覚えていただけです。


「どうでもいいことは置いておいて、さっさと逃げようぜ」

「全然どうでもよくないんだけど……」


 ぶつくさ言うセナと共に、俺は穴の中に入った。

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