底辺Vtuberの俺、人気Vtuberの義妹ができた途端に配信事故からバズりまくってしまった件

守次 奏

第1話 予期せずバズってしまった件

 床に置いたスマホからは、ぴろりん、という間抜けな音が絶え間なく鳴り響いていた。

 各種SNSに届くフォローの音だ。

 今の今まで、吹けば飛ぶような登録者数しかいなかった俺──天羽あもう直貴なおたかが運用しているアカウントのフォロワー数は、一夜にして十倍、いや、百倍に差し掛かろうかとしていた。


「……えっと、紗希さき

「ちっ、ちが、違うんです、その、信じてくださいぃ……」


 そうなった原因はわかっている。

 目の前でどこか気まずそうに視線を宙に泳がせている、我が義妹いもうと──天羽紗希は、あわあわとパントマイムのように身振り手振りを交えて眦に涙を滲ませていた。

 紗希の部屋には高そうなスタンドマイクやらモニターが複数個並んでいて、それらがなにに使用されているのかもまた、わかっている。


「紗希がわざとそんなこと言うような子じゃないのはわかってるよ。でも一つだけ聞きたいんだ」

「あっ、はい」

「紗希は、本当に『月雪テマリ』なんだよな……?」


 恐る恐るといった調子で発した俺の問いかけに、紗希はぎこちなく首を縦に動かす。

 今、部屋のモニターは沈黙を保っている。

 だが、もう一度再起動すればそこには亜麻色の髪をロングストレートに伸ばした紗希とは正反対の、ミディアムロングの銀髪に赤い瞳をしたアバターが浮かび上がってくるはずだ。


 月雪テマリ。

 彼女は登録者数およそ十万人を誇る、個人勢としては異例のビッグネームを持つVtuberだ。

 そして、俺の最推しでもあった。


 登録者数が十人かそこらしかいなかった頃に偶然見かけて以来、ずっと応援し続けてきた推しの魂が、義妹として目の前にいる。

 それだけでも脳がパンクしそうだった。

 しかし、極めつけは今日の配信事故だ。


『この「冬月ナオ」って、お義兄にいちゃんだよね……相変わらず、ゲーム上手いなぁ……お、男の人は、怖くて苦手だけど……お義兄ちゃんは、すき……』


 配信を切り忘れていたのに気づかず、人気Vtuber「月雪テマリ」がそんなことを宣ったのだからさあ大変。

 紗希が特定した「冬月ナオ」という売れないVtuberこと俺のチャンネル登録者数とSNSのフォロワー数は、それからずっと、バグったように伸び続けている。

 どうしてこうなった。ひとえに配信を切り忘れていた紗希のせいだといえばその通りなのだが。


「はい……ごめんなさい。げ、幻滅しましたよね……わたしなんかが『月雪テマリ』で」


 紗希は愛想笑いの出来損ないみたいに、唇を引き攣らせてぽろぽろと涙をこぼしながらそう呟く。


「幻滅したってことはないけど」

「それなら、絶望ですか? 失望ですか……? どっちにしてもごめんなさい、腹を切ってお詫びします……」

「待って? 待って、紗希。ステイ」


 流れるように台所へ向かおうとした紗希の両肩を掴んで、もう一度座らせる。

 その間にちらりと横目でスマホを見れば、フォロー数は鰻登りどころか鯉の滝登りだ。

 グラフで可視化したなら見事な縦線を描いていることだろう。


 チャンネル登録者数、五百七十八人。

 SNSのフォロワー数、千二百七十五人。

 さっきまで、それが「冬月ナオ」の全てだった。


 だが──


「嘘だろ……チャンネル登録者数が一万を超えてもまだ増えてる、SNSにいたってはその十倍、十万人ってお前」


 ぴこんぴこんと止まることなく電子音を吐き出し続けているスマホを手に取って確認すれば、チャンネル登録者数もフォロワー数も元の十倍を余裕で超して、まだまだ伸び続けている。

 バズなんて現象は所詮ひとときのものだと理解はしているが、今回のそれは終着点がまるで見えてこない。

 嬉しくないかと聞かれれば嬉しいのかもしれない。


 ただ、それ以上に俺は、紗希が「月雪テマリ」であることに、そしてこの終わりなきバズに、その原因に、戸惑うことしかできなかった。


「お義兄ちゃん……?」


 きょとん、と小首を傾げて紗希が呟く。

 そのあどけなさを残した顔立ちに、飴玉の鈴を鳴らしたような声色と、Tシャツ一枚というラフな部屋着のせいで、前屈みになったとき見えてしまう深い谷間と、布地を大きく突き上げる膨らみ。

 俺の最推し「月雪テマリ」の魂──要するに中の人こと我が義妹は、義理の兄という立場を抜いて客観的に見ても非の打ち所がない美少女だ。


 つまり俺は最推しから今の今まで「お義兄ちゃん」と呼ばれていたのか。

 その上、一つ屋根の下で暮らしている。

 全国の臣下──テマリのリスナーのことだ──がこれを知ったら、殺意を剥き出しにして地の果てまで追いかけてくることだろう。


 俺の親友が聞いたら、「ラノベじゃあるまいし」の一言で呆れたような溜息をつくのは想像するに難くない。

 だが、目の前で起きているこの現象は、アニメじゃない。ラノベじゃない。

 紛れもなく、本当のことなのだ。


「ごめん、フォロワーとチャンネル登録者数がとんでもないことになってるから正直ビビった」

「ご、ごめんなさい。あわわ……」

「謝るようなことじゃないって。事故みたいなもんだから……っていうか事故だけど」


 配信を切り忘れて大バズするなんて、それこそアニメかラノベの世界だとばかり思っていた。

 野次馬たちはここから伝説が生まれるのかもしれないと期待していることだろう。

 だが、俺から現在進行形で生まれているのは胃痛だけだ。


 義理とはいえ妹の手前、兄貴としては格好つけたいところだったけどさ。

 根が小市民だから正直どうしていいかよくわからないんだよ。

 それに、放っておけばその内鎮火すると思うしな。


「紗希は悪くないよ、流石に配信切り忘れてたときは焦ったけどさ」

「お義兄ちゃん……ぐすっ。ありがとうございます……わたし、いつも鈍臭くて……」


 ついでに事故である以上、紗希を咎めるつもりもない。

 眦に浮かべた涙をぽろぽろこぼし続けている紗希にティッシュボックスを手渡して、俺は曖昧に笑った。

 この間にもチャンネル登録者数とフォロワー数は伸び続けている。その内数値のインフレに耐えかねたスマホが爆発しそうな勢いだ。


「私のチャンネル登録者数は五十三万です」

「お義兄ちゃん……?」

「ごめん、言ってみたかっただけ」


 企業勢ならともかく、個人勢のVtuberでそこまで行けたらそれこそ伝説だろう。

 ここから平凡だった俺の日々が神々しく変貌する……とかいう冗談はさておくとして、だ。

 まずはなにから考えるべきだろう。


 そうだな、俺が「月雪テマリ」と──義妹と出会った日のことから、だろうか。

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2024年11月29日 19:00

底辺Vtuberの俺、人気Vtuberの義妹ができた途端に配信事故からバズりまくってしまった件 守次 奏 @kanade_mrtg

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