第38話 巨熊は圧倒的だった。

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 柱に囲まれた遺跡の直径は概ね十五メートルくらいだ。


 遺跡内の地面には石が敷かれている。


 遺跡の中央部に三人の探索者が横たえられていた。


 熊に引っ掻かれたのであろうか胸元に深い傷跡がついている。鎧が裂かれていた。


 横たえられている探索者の中にはカイルもいる。


 アヌベティと他に二人の回復魔法の使い手が倒れている探索者たちに継続的に魔法をかけていた。


 とはいえ、魔力に残りがないようで、ほとんど効果は発揮されていない。気力だけで回復させようとしているだけの様な状態だ。


 幸いなことに重傷者はいても死んだ人間はいないようだ。


「もう大丈夫だ。【回復魔法士】たちを連れてきたぞ」


 俺に続いて遺跡に入って来た【回復魔法士】たちが急いで治療を開始した。


 俺は遺跡の中を見回した。


 倒れている探索者が三人、治療をしている回復魔法士が三人、柱の脇に立って盾で魔物の侵入を防ごうとしている者が同じく三人、恐らく攻撃魔法の使い手だろうタンク役の後ろに立って杖を持っている者が三人。都合、四人パーティーが三組だ。


 前衛の攻撃役がいない。


 倒れている三人がそうなのだろう。追い詰められてジリ貧の状況だった様だ。


 フレアはエルミラの後ろに立っていた。魔物が進入しようとした際に柱の隙間から炎を放つ係だろう。


 遺跡の中にいた探索者たちは見た限り全員十代だ。


 目指せCランクでこの場にいるのだから若い子たちばかりに決まっていた。おっさんとしては健気に頑張っていただろう子供の姿を見るだけで涙腺が弱くなる。


「みんなよく頑張った。外で本物のCランクが四つ手熊フォーアームズを狩ってくれている。すぐ帰れるぞ」


 俺は子供たちを元気づけた。俺から見れば子供でも彼ら彼女らは実際には既に成人だ。


 それでも俺には子供だとしか感じられなかった。


 盾を両手に握っているエルミラの頭に俺はぽんと手を置き軽く撫ぜた。歯を食いしばった幼女にしか見えない。


「よく頑張ったな」


 回復役を引き継ぐことができたためアヌベティは肩で大きく息をしながらぐったりしていた。綺麗にしたはずの衣装が返り血でまた赤くなっている。


 フレアの前髪が火に焼けてちりちりだ。


 遺跡内に侵入しようとする熊に直近から炎の魔法をぶつけたのだろう。当然、火の粉が降りかかる。同様にエルミラが持っている盾にも煤がついて黒くなっていた。


 俺は倒れているカイルたちに近寄った。


 回復魔法が効果を発揮したのか次第に治療が進んでいた。


「おっさん」とカイルが小さな声で俺を呼んだ。


「八本腕を見た?」


「八本?」


「見てないなら気を付けるよう外に伝えて。俺を襲った奴は八本腕だった」


 俺は透明な『地図』を使って外の動きを確認している。


 青い光点の探索者たちが赤い光点の熊の数を減らしていた。


 青い光点に減少はない。赤い光点の残りは三つだった。


 それとは別に少し離れた森の中に大きな赤い光点が一つあった。


 急速にこちらに向かって近づいてくる。


 何かヤバイ。


 俺は柱の隙間から顔を出した。


 戦っている探索者たちに向かって呼びかける。


「気を付けろ! 森から何かデカイ奴がやって来る!」


 前列はたった今追い詰めようとしている四つ手熊フォーアームズへの攻撃をそのまま続けたが俺の言葉に後列の者たちは背後の森を振り返った。


 一つのパーティーに向かって森から巨大な熊が飛び出した。


 全長六メートルはあるだろう。


 百足むかでの様に体の左右に沢山の腕が生えていた。


 四つ手熊フォーアームズが左右二本ずつ四本の腕であるのに対して左右四本ずつ八本の腕が生えている。仮称、八つ手熊エイトアームズだ。


 腕が連続して生えている分だけ胴体も長く胴体が長い分だけ支えるための足も太くて力強かった。


 突進してきた八つ手熊エイトアームズに対して後列のタンクがかろうじて盾を向けた。前列こそCランクだが後列は補助をしているDランクパーティーだ。


 巨大な熊はDランクタンクに突っ込んだ。


 熊は盾ごとタンクを吹きとばすと後肢を踏ん張って立ち上がりその他のメンバーを見下ろして威嚇した。


 俺はもちろんだが、その様子を外にいるすべての探索者たちが目にしていた。


 幸い、残っていた三体の四つ手熊フォーアームズは前衛が続けた攻撃によりすべてにとどめを刺せている。残っている魔物は八本腕だけだ。


 探索者の内、Cランク探索者は咄嗟に動けたがDランク探索者は呆然とした。


「Dランクどもは遺跡に逃げ込め!」


 指揮官役になっていた古参CランクがDランク探索者たちを怒鳴りつけた。


 Dランク探索者たちが弾かれたように遺跡に向かって駆けだした。


 Cランクの【攻撃魔法士】たちが立ちあがった巨熊に対して魔法を放った。


 炎の玉が巨熊の上空に突然出現して雨の様に降り注いだ。


 けれども火の玉は巨熊の毛皮にぶつかるや消えていく。


 巨熊の毛皮は燃えなかった。


 タンクたちが自分の盾を前方に翳しながら巨熊の注目を引くべく突っ込んでいく。


 そのすぐ後に前衛攻撃職たちが続いていた。


 一方、【回復魔法士】のCランク探索者が吹き飛ばされたタンク職の元へと駆けている。


 辿り着くや回復魔法でタンクを癒した。


 気絶していたDランクタンクは目を覚ますと【回復魔法士】に逃げろと言われて遺跡に向かって駆けだした。


 遺跡の外には、もはやCランク探索者たちしか残っていない。


 巨熊が自分に盾を圧しつけて動きを封じようとするタンクたちに掌を振り下ろした。


 巨大な爪のある八本腕が虫でも叩き潰すように上方左右から連続してタンクたちに振り下ろされた。


 タンクたちは咄嗟に盾を上に掲げて自分の体を盾の下に隠すと熊の振り下ろしにひたすら耐えた。


 同じ盾の下を前衛職たちが切っ先を前にして駆けていく。巨熊に突っ込んだ。


 刃が熊の足に当たった。


 剣が折れた。


 巨熊が薙ぎ払うように腕を振った。


 前衛職たちは全員吹き飛んだ。


 すかさず盾を頭上に掲げたままのタンク職たちが一塊になって動くと吹き飛んだ前衛職たちの体を盾の下に庇った。


 タンクたちは片手で盾を頭上に掲げ片手で倒れた前衛職の体を掴むと一息に遺跡に向かって後退した。


 もちろん、【回復魔法士】も俺も遺跡に逃げている。


 巨熊は圧倒的だった。




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                                  仁渓拝

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