第35話 百人だ

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 翌朝、探索者ギルドに出向いた俺はカイルたちのパーティーが昨夜は戻らなかったという話をヘレンから聞いた。他にもいくつかのパーティーが戻っていないらしい。


 夜になったのでどこかで野宿をしてから戻るのだろうさ、という気休めを居合わせた探索者たちは口にしていたが、そうではないという理解をしている雰囲気を皆が持っていた。


 カイルたちの担当であった受付嬢は昨夜、一睡もせず受付に座り待ち続けていたそうだ。


 他にも何人か担当するパーティーが戻っていない受付嬢たちが同じ行動をとっていた。


 こういう風に、見知った探索者が櫛の歯がかけるようにいなくなるんだな、と俺は寂しさを感じていた。それが探索者か。


「捜索隊は出ないのか?」


 ヘレンは首を振った。


「探索者の生死は本人の才覚次第です。そのような予算は探索者ギルドにはありません」


「領主からの補助金は?」


「ありません」


 カイルたちの担当受付嬢は、もちろん他のパーティーの担当もしていたから気丈にそういった他パーティーの出発の手続きを行っている。


 仕事をしていないと逆に責任感や寂しさに潰されそうになるのかも知れない。戻っていない探索者たちの多くは彼女がCランクになれと炊きつけた結果、ランクアップの指標魔物である四つ手熊フォーアームズ狩りという探索に出たのだ。カイルたちもそうだ。


 だからといって担当職員に責任があるわけではない。担当職員が行う探索の提案を受けるも受けないも探索者の判断だ。


 自分で行くと決めたのだから、その結果、遭難したとしても責任は本人にある。

理屈の上では。


「ただ待つだけの身はつらいです。私がいたパーティーは私が怪我をして休んでいる間に探索に出てそのまま戻りませんでした」


 ヘレンは呟くように言った後、歯を食いしばった。当時の気持ちを思い出したのだろう。


 俺の口座には領都騎士団から腕相撲で勝ち取った金が金貨二枚半ぐらい残っている。


 元々の元手はカイルに恵んでもらった小銀貨一枚だ。


 全部使ってしまったところで、『石化』を『解除』した分の報酬が近く振り込まれるだろう。宿代と食事代ぐらいにはなるはずだ。


「俺から探索者に緊急の依頼を出したい」


 俺はヘレンに告げた。


「依頼内容はカイルほか昨日四つ手熊フォーアームズ狩りに出たまま戻ってないパーティーの捜索。捜索参加者一人に付き一日小金貨一枚出す。行方不明者を発見したパーティーには成功報酬としてメンバー全員にさらに小金貨一枚を出す」


「え!」とヘレンだけではなく、隣のカイルたちの受付嬢も声を上げた。


「聞こえただろう。探索者たちがダンジョンに行っちまう前に募ってくれ」


 探索者たちが領都の探索者ギルドに登録している理由は領都のダンジョンに潜るためだ。単純に他の場所での探索に比べて儲かるからだ。


 魔物の生息密度も拾える宝の数もダンジョンの中での探索は領都の外とは比べ物にならない。


 だからこそ、Cランク探索者への昇格の指標となる四つ手熊フォーアームズは、わざわざダンジョン以外に生息する魔物が選ばれている。


 昇格という金銭以外のうまみがなければ、ダンジョン以外の場所に足を運んでまで、そんな魔物を狩ろうなどと誰もしないからだ。


 とはいえ、すべての探索者がCランクへの昇格を目指すわけではない。


 DでもEでも既定の金額を溜めて探索者を引退しようと考えている者であればわざわざ実入りの少ないダンジョン以外に探索に出るより、確実に実入りが見込めるダンジョンに潜るだろう。


 だからといって領都の外の魔物を誰も狩らないでいると増えすぎる。


 本当に増えすぎて間引く必要がある場合はDランク以上の探索者に対して強制依頼という形で動員をして対応するが、そうではない場合にも探索者たちが自然にモチベーションを高めて魔物を狩りに行くようにと、わざわざ領都の外にいる魔物がランク昇格の指標魔物に設定されていた。


 金よりランクと考える探索者に対するインセンティブだ。


 逆にランクより金と考える探索者たちをダンジョンの外に向かわせるためには、金こそがインセンティブになる。


 今はまだ探索者ギルドにいる探索者たちがダンジョンに向かってしまう前に好条件の捜索依頼がある旨を周知して行き先を切り替えさせる必要があるだろう。


「はい」と俺の言葉にカイルたちを担当する受付嬢が立ち上がった。


 カランカランとカウンターに備え付けられているハンドベルを手に取って大きく振った。探索者たちの注目を引く。


「緊急依頼です」と受付嬢は俺が告げた依頼の条件を声高に探索者たちに周知した。


 担当職員としての経験値の差ゆえかヘレンよりも明らかに紹介の手際が良い。瞬く間にすべてのカウンターで同じ提案が行われていく。


 ダンジョンでそれなりの探索を一日過ごすよりは無条件で小金貨一枚の日当を得たほうが条件は良い。どのカウンターへも探索者たちが殺到した。


「何人まで受け入れますか?」と悲鳴のような声が受付嬢からあがる。


 小金貨一枚の日当を払ってしまうと、成功報酬も考えるとせいぜい十人ぐらいしか雇えない。パーティーにすると二、三パーティーが限界だろう。


 そんな悩みを抱いたところに俺は背後から話しかけられた。


「ギン殿。昨日はお世話になりましたな」


 領都騎士団の副騎士団長だ。昨日の依頼の完了報告と報酬の支払いにきたのだろう。


 一緒に二人の騎士団員を連れていた。


「報酬をお持ちしました」


 騎士団員たちは何か重そうな木箱を二人がかりで運んでいる。


「『解除』千二百三十六名×小金貨一枚分。ご確認ください」


「え?」と俺はヘレンと顔を見合わせた。


 俺への個別依頼の報酬設定が『石化』の『解除』一名に付き小金貨一枚になっていると知ったのはこの時だ。俺は全員で小金貨一枚のつもりだった。


 金貨百二十三枚と小金貨六枚。ざっくり一億円超だ。


 金の心配はなくなった。人数十倍でもいいだろう。


「百人だ」


 俺はカイルたちの担当受付嬢にそう答えた。




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                                  仁渓拝

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