第8話 これ食わないならもらっていいかな?
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席の配置はカイルの隣に赤い髪の女性、テーブルを挟んでカイルの対面に白黒髪の女性、その隣に金髪の女性となっていた。四人席だ。
施しを受けた相手に声をかけられた以上、挨拶ぐらいはするべきだろう。
俺がテーブルに近づくと「あら、どなたかしら?」と黒白髪の美女が俺についてカイルに尋ねた。
「さっき窓口で知り合った新人【支援魔法士】のおっさん」
黒白髪と金髪の女性がひきつったような表情で顔を見合わせた。
カイルの受付嬢が言っていたがカイルには安易に
金髪少女が自分の正面で眠りこけている赤毛女性の足をテーブルの下で軽く蹴った。
ハッと目を覚まして体を起こした赤毛女性の額には赤く圧迫痕がついていた。残念美人だ。
「カイルがまた変な奴にひっかかった」と金髪。
失敬な。ひっかけられたのはこちらである。今もカイルの側から話しかけてきただろう。
俺はジョッキを握る金髪少女の正当性についてカイルに確認した。
「絵面がヤバいがこのお嬢ちゃんは合法なのか?」
「誰が合法ロリだ!」と金髪少女が俺に吠えた。回答がやや食い気味に行われたので恐らく以前にも似たような疑問を持たれた経験があるのだろう。
カイルは苦笑しただけだった。まともに答えるつもりはないが合法という意味だろう。もちろん俺だって実際に彼女が未成年だとは思っていない。
「おっさん、本当に探索者になっちゃったの?」とカイル。
「食い扶持稼がなきゃだからな。何かいい案思いついてくれたか?」
「全然」
カイルは首を振った。それからテーブル上の皿の一つを持ち上げ、
「これ食べていいよ。どうせみんなもう食べないから。冷めてるけど手を付けてないからどうぞ」
カイルが自分たちのテーブルの料理を次々に隣の空いているテーブルに移動させた。俺にそちらに座れということらしい。
「悪いな」
俺は席に着いた。
赤毛美女が「こいつは?」とカイルに俺が何者かを聞く。
そう言えば自己紹介がまだだった。
「ギンだ」
あらためて俺は名乗った。
「Fランク【支援魔法士】だ」
寝ていたために赤毛は俺が【支援魔法士】であるとは初耳だ。白黒と金髪同様、彼女も顔をひきつらせた。
「彼女はフレア。それからアヌベティとエルミラ」
カイルから赤毛、白黒、金髪の順に紹介された。
「またお前は面倒臭そうな相手に声かけやがって。味を占めて懐かれたらどうする気だ?」
フレアが本人である俺を前にして露骨に吐き捨てた。俺は捨て猫か。
フレアはジョッキに僅かばかりに残っていたエールを飲み干した。
ドンと不満気に空いたジョッキをカイルの前に置いた。
「お代わり」
「わたくしもお願いします」
「オレもだ」
アヌベティとエルミラもぐびぐびとジョッキを空にしてカイルの前に置いた。カイルに買って来いということだろう。
カイルの前にもジョッキはあったが、ほとんど中身は減っていなかった。
何杯目かは分からないが一口二口呑んだ程度しか減っていない。
三人の女子周辺には空いたジョッキがあるがカイルの前にはその一杯だけだ。既に片づけたり場所を変えたのかもしれないが、もしもそれが最初の一杯目でこれまで何時間か飲んだくれる女子のお世話をひたすらしていたのだとしたらご愁傷様だ。さすが【勇者】(仮)。
カイルは釣った魚に餌はやらない主義なのか稼いでいるならもっといい店に行けばいいだろうと俺は訝しんだが、この調子で何時間も飲まれたら恐ろしく高くつくだろう。ギルドの安酒場を利用している理由がわかる気がする。ハーレム維持は俺には無理だ。
「そろそろ帰らない?」
「お代わり」
恐る恐る帰宅を促したカイルはフレアに一喝された。力関係がよくわかる。
カイルは、やれやれと立ち上がると奥のカウンターに目をやった。
俺が酒場に入って来た時点よりも明らかに店内は混んでいる。カウンターには列ができていた。
「おっさんも飲むよな?」
カイルが俺に訊ねた。
「やめとくよ。これだけしか手持ちがないからな」
俺は胸ポケットからカイルにもらった貴重な硬貨を出して見せた。
幸い使わずとも食にありつけた。カイル様々だ。
「お近づきの印におごるよ。戻るまで僕の席を守ってて」
カイルは俺の返事も聞かずにカウンターへと去っていった。
カイルが十分に離れるのを待って「おい」とフレアがドスの効いた声で俺の気を引いた。
見ると親の仇を見る様な目で俺を睨んでいた。アヌベティとエルミラもだ。俺なんかやっちゃいました?
「釘を刺して置くがこれきりだぞ。カイルを食い物にしないでくれ」
そういう心配か。カイルのいない席で俺に念を押すためにカイルをこの場から遠ざけたのだ。
「わかってる」
俺は応えた。俺にカイルにたかるつもりはまったくなかったが、そう見えてしまうのもよく分かる。カイルは基本的にお人好しなのだろう。その分、余計なトラブルも多くなる。同じパーティーに所属している人間としては心配になるだろう。
「俺の身を心配してくれた恩人に迷惑はかけないよ。明日からは独り立ちするつもりだ」
俺はカイルから分けてもらった料理に顔を向けた。何かの肉を焼いたり煮たりした物が多い。適当に摘まむ。悪くない味だ。
俺の言葉をどう受け取ったかは知らないが俺に釘を刺して満足したのかフレアたちは引き下がった。もう俺には用はないというように俺から顔を背けて自分たちだけの会話に入る。カイルは、まだ戻らない。
突然草原に転移して以来、これまで常に忘れてはいなかったが、ここは異世界だ。どれだけ周囲を警戒したとしてもしすぎることはないだろう。当然、街に着いた後もギルドに案内された後も酒場に入ってからも俺の意識は警戒を続けていた。
自分の周囲にどんな人間が居てどんな話をしているか目で追い耳で聞いている。こっそりと自分自身に対して各種のバフをかけ続けていた。
そのため俺は、酒場に入りカイルに呼び止められて振り向いた際には俺以外にもカイルたちのテーブルに視線を送っている人間たちがいる事実に気がついた。
単純にカイルが侍らせている三人の美女が気にかかっているのだろう。カイルたちから少し離れたテーブルで呑んでいる二人組の探索者が下卑た視線をフレアたちに飛ばしていた。自分たちだけに聞こえる音量で恐らく卑猥な言葉を交わして赤ら顔で笑い合っていた。
今も変わらない。
パーティー唯一の男が席を離れ、酔いが回った三人もの美女がフリーで呑んでいる。
ワンチャン、声をかけたっていいだろう。
そういった判断か?
二人組の一人が自分のジョッキを手にしてカウンターではなく、フレアたちのテーブルに向かってふらふらと歩きだした。
まあ俺には関係のない話だ。
これまでだって美人の探索者が呑んでいれば絡まれたり誘われたりする機会などいくらでもあっただろう。自分たちで適切に対処してきたに違いない。
今回もうまく対処するだろう。
やはり俺には関係ない。
けれども俺は去り際にカイルに言われてしまっていた。
「戻るまで僕の席を守ってて」と。
俺に戦力的な何かを期待して言ったわけではなく男がいれば他の男に対する抑止力になると軽い気持ちで言っただけだろう。そこまでも考えてすらおらず決まり文句的に口にしただけかも知れない。
俺に男を阻止できるかできないかはさておき、カイルの心理とすれば自分がいない間に見知らぬ男が自分と親しい女の脇に座って馴れ馴れしく話をしているのは間違いなく嫌だろう。自分の女に性的な目的を抱いて近寄られているなんて反吐が出る。
女が相手に靡く靡かない以前に隣に座られる行為も言い寄られる行為もどちらも嫌だ。
席を守ってと口にしたカイルの内心には、そういう思いは間違いなくあるはずだ。
じゃあ俺はいいのかという気もしたがカイルの中での俺の評価は、そっち方面でも戦力外扱いなのだろう。何の脅威とも思われていないに違いない。おっさんだしな。
ところで自分のジョッキを持って近づいてくる以上、男は居ついてこちらで飲みだすつもりなのだろう。空いているカイルの席に座る気満々だ。
女子三人も近づいてくる男の存在に気づいたようだ。お互いに目配せを交わして警戒の気配を見せている。酔っ払いとの会話は逆上の恐れが常にある。ましてや探索者だ。暴力は得意だろう。
やや千鳥足で近づいて来た男が何か話そうと口を開きかけた。身の軽そうな優男だ。
一緒に飲もうという誘い文句かも知れないし、まずは彼女たちの容姿を褒めようとしたのかも知れない。
俺には何の関係もない話だったが、俺は男の機先を制するように同じタイミングで立ち上がると男の進路を塞ぐように通路に出てフレアたちがいるテーブルの真ん中に向かって手を伸ばした。
「これ食わないならもらっていいかな?」
テーブル上の適当な皿に手を伸ばした。
男は急に目の前に出てきた俺の背中にそのままぶつかった。
男が持っていたジョッキのエールが派手に零れて俺を濡らした。
ああ、本当の意味での一張羅なのに。
まあ仕方ない。俺の個人的な嗜好にすぎないが
◆◆◆お願い◆◆◆
本作品は「カクヨムコンテスト10」に参加しています。
このような小説が好きだ。
おっさん頑張れ。
続きを早く書け。
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仁渓拝
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