第32話 期待された二人

「……それでは一五分の休憩をはさみ、この後決勝戦を始めます」


 会場内に案内が流れる。午前中には全ての席を埋め尽くすほどの人数がいた対戦席も最終戦を迎える頃には半分以下になっていた。予選落ちした人々は帰宅し、この場にはスタッフの人々と面接官、それに加えてこの結末を見届けようと望む純粋にシーズンカードに対して関心を持っている人だけが残っていた。


「誰かがSNSに今日の試験内容を投稿したみたいね」


 奈々子は携帯の画面を強固に見せてくる。


『シズドルの新メンバーをカードゲームで決めるなんて理解できない』


 結構な人数がこの投稿に対して意見を出しており、SNS内の注目トレンド上位にこの投稿が表示されていた。


「常識的に考えれば妥当な意見だな」


 当たり前ではあるが優勝すれば絶対にシズドルのメンバーになれるわけではない。容姿や性格、立ち振る舞いなども考慮したうえで最終決定は下される。

 それでも主軸として行われた内容はカードゲームであり、いくら公式スポンサーがるとはいえ非難されても仕方がなかった。


「長谷川さん、これを見たらまた胃が痛くなりそうね」

「……まったくだよ。 既に事務所には何通もの苦情が入ってきている」


 背後から現れた長谷川に奈々子は「お疲れ様です」と笑顔でねぎらい、京子は目をつむり無言のままだった。


「俺だって最初は反対したけどな……でも二人の意見と紫音の引退理由を知ったからにはこの最終試験内容だけは変えるわけにはいかない」


 長谷川は村雨紫音の引退とほぼ同時期にシズドルのプロデューサーを引き継いでいた。もともとは大手事務所で別のアイドルグループのプロデューサーを行っていたが前プロデューサーの希望で後任として抜擢されていた。それ故になぜ村雨紫音がシズドルを引退するのか原因を知ったのはしばらくしてからだった。


「長谷川さんイチオシの子は決勝にまで残ったわね」

「シズドルの新しいメンバー条件に見合う人を見つけてくるのに苦労したんだぜ……?」


 決勝の準備を進めている片方の選手、夢咲有栖を見ながら長谷川は腕を組んだ。アイドルとしての華があり、シーズンカードに精通している……それも並ではない人材を見つけてきた長谷川は京子や奈々子が信頼していた全プロデューサーが後任として託した人物としては申し分ない働きをしてくれていた。


「けどまさか、ここに残ってくるもう一人があの子になるとはな」


 長谷川は有栖の反対側で同じように対戦準備を進めている一人の女の子を見ながらそうつぶやいた。


「対戦成績を確認したが、彼女が予選で負けたのは決勝トーナメントで不正をした子だけだった……予選でも同じような行いをしていたとしら、有栖と同じ事実上全勝者だ」


 長谷川はポケットから紙を取り出して見ながら話す。そこには二人のこれまでの対戦成績が記載されていた。


「実力は申し分ないわけね」

「…………」

「二人から見てシズドルの新メンバーとしてふさわしいと思えるのはどっちだ?」

「そうね……知名度で言えば有栖ちゃんかしら? けれども、キャラの雰囲気的には京子ちゃんと被りそうなのよね」

「……そうか?」


 奈々子の冗談に対して京子が首をかしげたので長谷川は「しまった……確かに」とわざとらしく首を縦に振った。


「似てる似ていないは関係ない……私たちに必要なのは紫音のような……すべての人を魅了する圧倒的なカリスマ性を持った人物だけだ」

「……そうね」


 京子が握り拳を震わせながら言った言葉に奈々子は同意する。彼女がどんな思いでその発言をしたのか、奈々子は痛いほど理解していた。

「それではこれより夢咲有栖さんと天音舞花さんによる決勝戦を始めます。 それでは試合……開始!」


 審判の声とともに最終戦の火蓋が切って落とされた。

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