第31話 不正
「……は、はなして!」
「だめだ、この手は絶対に離さない」
(ちょ、ちょっとどうなってるの? どうして兄貴はその子の腕を握ってるの?)
「どうされましたか?」
「相手の手札に何枚『冬の番兵』があるか数えてもらえませんか?」
(え……?)
「それは対戦相手にとって有利になる情報となる為、許可できません」
(あ、当り前じゃない。 兄貴どうしちゃったのよ?)
そうだよな、ここまでは想定内だった。だからこそ俺は続けてこう言った。
「対戦相手が不正をしている可能性があります。確認をお願いします」
(え……?)
俺の発言と同時に周囲が酷くざわつき始めた。一体何事かと遠くにいた他の審判の人まで近くに集まってくる。
「……説明してください。 あなたは何を見て不正だと判断されたのですか?」
「順を追って説明します。まず初めの番、相手は冬の番兵を出しました。 それに対してこちら側は着火葬で倒し、冬の番兵を一枚トラッシュに送りました。そして次のターン、二匹目の冬の番兵を出されました。 それから二ターンが過ぎて再び着火葬によって冬の番兵を倒しています……なので、相手のトラッシュには冬の番兵が二枚あるはずです」
「それは嘘ではありませんね?」
「……覚えていません」
対戦相手の女性はそれだけ言うと黙り込んだ。決勝トーナメントの対戦卓一つずつに一人審判がついてくれていればすぐに事実確認をすることができただろう。残念ながらそれほどの人数を雇っていなかったせいか、この場で見届けていた審判はいなかった。けれども……
「あ、あの~私お二人を見ていたのですが、その方が言うように確かにその冬の番兵? というカードを二回天音さんは倒していましたよ」
スーツを着た女性の方が手を挙げると恐る恐る声を出した。そう、この場にはプレイヤーと審判以外にも人はいた。それがアイドルとしてふさわしいか見極めている面接官の人々である。
「……失礼、トラッシュを確認します」
審判は相手のトラッシュに置いてあるカードの確認を始め、そしてすぐに顔を上げた。
「トラッシュには冬の番兵が一枚しかありません」
審判の言葉を聞いて再び周りの人々が困惑の声をあげた。
「すみません、間違えて手札に紛れ込んでしまったようです」
対戦相手が手札から冬の番兵のカードを見せてくる。
「……先ほどあなたは覚えていないと発言されました。 しかし、使用したはずのカードを間違えて手札に加えたと……」
「…………」
「この場合、ルール上悪質な行為とみなされます。 規則に乗っ取るなら過度なペナルティ、もしくは敗北となります」
「…………」
「…………」
どのような判決になるのか、審判が口にするのを待っていたその時だった。
「敗北よ」
透き通るような声で第三者が宣言した。いったい誰なのかとこの場にいる全員がその声の主に視線を向けた。
「天音舞花の発言と面接官の目撃情報、それに審判の質問に対して最初に曖昧な回答をした時点であなたの行為はイカサマと断言できるわ」
声の主はシズドルの一人、青野京子だった。
「失格よ、今すぐこの場から出ていきなさい」
「…………」
冷たい口調で言われた対戦相手は無言のまま荷物をまとめると逃げるようにこの場から去っていった。なんともいえない空気だけがこの場に残されてしまう。
「全勝していたから期待していたのだけれど……まさかイカサマ師が紛れていたなんてね」
「…………」
無言で青野京子を見ているとこちらの視線に気が付いたのかさきほどまでの凍てつくような表情から一変して微笑みかけてくる。
「あなたの勝ちよ。 よく相手の不正を見抜けたわね」
「あまりにも有名な方法だったからね」
マジシャンがマジックをする際にも用いられる視線誘導の手法である。
相手にどこかを見るように促し、その合間にタネをしかける。今回でいうと俺が何枚着火葬を使ったのか確認する為に視線をトラッシュに送ったその刹那に相手は自身のトラッシュから冬の番兵を手札に加えたのだ。
「相手の不正に対して冷静に対応していたのも偉いわね」
「こういう時は感情的になるのが一番よくないからな」
不正の現場を目撃したとしても声を大にすれば解決されるわけではない。これまでシーズンカードゲームをやってきて不正の現場に出会った回数は一度や二度ではなかった。そのような状況に遭遇した際にどのように対応すればよいのか、こればかりは経験がものをいう場面でもあった。
「気持ちを切り替えて、次の対戦まで休憩しなさい」
最後にねぎらいの言葉をかけて青野京子は去っていった。次第に周囲の人々も離れていき、この場には舞花だけが残された。
「…………」
(あ、兄貴……)
「どうした? 途中からずっと黙ったままだったな」
(ごめん兄貴、私全然気が付かなかった……)
「…………」
(もしかして予選でもあの人は同じような事をしてたかもしれないんだよね?)
「そうだな」
初めに舞花の敗北内容を聞いた時からわずかな違和感は存在していた。引きがいいなんて次元を超えていくらなんでも理想手で進みすぎている。おそらくは何かしらのイカサマをしていたのだろう。
(兄貴がいなかったら気が付かないで私はここで負けてた)
「…………」
(兄貴に頼らないつもりだったのに……結局私は……)
「舞花は何も間違ってないよ」
(え……?)
「そもそもこの試合で不正に気が付いたのだって舞花がなんでわかりきった事を聞くんだって心の中で言ってくれたおかげだからな」
これは紛れもない真実だった。舞花の発言がなければ俺もそのまま気が付かなかった。
「勝ちたいのはわかる。 その気持ちは誰にだってある。 でもね、イカサマをするのだけは絶対にダメだ。 それだけは許されない」
(…………)
「シズドルのオーディションで舞花は何も悪いことなんてしていない。 むしろ一人のシーズンカードプレイヤーとして懸命に戦い抜いてここまで来たんだ」
(…………)
一次試験で舞花の代わりに俺が発言したことによってそれが二次試験につながったかもしれない。それは事実だ。それでも二次試験の問題は全て舞花が考えて正解し、三次試験では一人の実力でここまで勝ち上がった。今ではむしろ兄が干渉さえしなければよかったのではないかと思っている。
「今の舞花なら一人のプレイヤーとして、戦える人間だよ
(…………うん、ありがとう)
「お兄ちゃん」
(…………ん?)
瞬きをした直後、俺は精神状態になっていた。
「私、頑張るね」
そして舞花の口からは舞花本人の意思が囁かれた。
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