第13話 二次試験に舞花は不在?
「試験開始!」
試験管の宣言とともにアイドルを目指す女性達が一斉に目の前の用紙の封をきって問題を解き始めた。
「まったく、この二次試験なんて本当は予定に入っていないからな」
長谷川は一階で試験を受けている人々を見ながら大きなため息を吐く。この発言は嫌味を含めたものであり、隣にいる青野京子に向けて言っていた。
「あんたが選んだアイドルが本当にシーズンカードに詳しい保証はない」
「わざわざ会場を抑えて問題まで作成する経費をかけたのを忘れるなよ」
「でもプロデューサーも否定はしなかったんですよね」
奈々子はにこやかに笑いながら長谷川に話しかける。
「まぁな」
髪をわしわしと搔きながら視線を下に向ける。彼女お願いを無下にするわけにもいかないという意思もあるが、実際のところ彼女の意見は聞くべきだと長谷川は判断していた。
今日この場にいるのは長谷川があらかじめ各事務所に根回しを行って集めた新しいシズドル候補である。この中に明確なシズドル候補となる人物がいるのは間違いない。しかし、もしも長谷川の見込み以上の存在がいたとして見逃すのはもったいない。青野のお願いが重なり急遽この二次選考の場を設けたのだった。
「奈々子は今日、確か田舎から祖母が弟に会いに来ているんだろ? 試験は別に二人がでることもないし、休みを入れてもよかったんだが」
「お気遣いありがとうございますプロデューサー。 でも、京子ちゃんが出るのに私が出ないのは違うと思いますから」
奈々子はいつものように落ち着いた様子で答えた。時折子供のような態度を見せる京子と違い、奈々子はどんな時でも平常心を保っている。
奈々子の両親は幼いころに行方不明になっていた。奈々子には弟が一人いるが、体が弱く、入院を続けている。今は奈々子東京で一人暮らしをしており、アイドル活動を始めたのも弟の入院費用を稼ぐためだった。唯一の肉親である祖母が今日病院のあるこちらに訪ねてきているのを考慮していた杞憂だったようだ。
「それで、京子が無理やりあの一次面接を通らせた子はどいつなんだ?」
「あなたも目の前で面接していたでしょ」
京子はあきれてため息をつく。二週間前、やらせの形で行ったオーディションに長谷川も面接官として参加していた。あれはあくまで公平性を世間に出すものであり、長谷川は最初から興味もなかったので参加した子の顔の記憶があいまいだった。
「ただの一般人がシズドルになれるとは思えないが……で、どいつだ?」
「…………」
京子は長谷川と同じように一階の会場を見渡した。参加している人数は約二百人。一般の人間では即座に特定の人物を見分けるのは難しいかもしれないが青野は十年以上アイドルとしてこの業界に携わってきた人物であり、一目で特定の人物を見抜く程度は朝飯前だと長谷川も認識していた……しかし
「……いないわ」
「は?」
青野の言葉を聞いて思わず変な声が出てしまう。
「いないって……わざわざあの一次を合格させた子が来てないっていうのか?」
「…………」
「所詮は遊び気分でアイドルオーディションを受けに来てたってだけか?」
「…………」
長谷川の言葉を聞いて青野は口を閉じた。青野が興味を持った女の子は期待に応えることはなかったと、彼女自身が一番失望していてもおかしくはなかった。
「あら……?」
奈々子が下の階の入り口付近を見て声を漏らしたので長谷川と京子もその方角を見る。するとなにやら外が少し騒がしくなっていた。何事かと三人が思った直後、長谷川の携帯に着信が入り、すぐに応答する。
「…………おう、なんだ? 試験を受けに来た子がいるだって? 遅刻した人間はどうすればいいかって……それは流石に失格でいいだろ」
電話の相手がちょうど入口の反対側で雇われていた人間なのだと京子と奈々子は会話から理解する。
「時間管理もできないやつはシズドルにいらないな……何? 駅で迷っていたおばあちゃんを助けたら会場に遅れたと言っているだ? 嘘をつくにしてももう少しまともなものはないのか?」
長谷川が大声で話しているせいで電話内容は一階で試験を受けている生徒たちにも丸木声だった。何人かの生徒が上のほうを見上げてシズドルの二人がいることに気が付いて目を見開いていた。
「あら、私も?」
今度は奈々子の携帯に着信が入り、電話に応答する。
「もしもし……あ、おばあちゃん? うん、うん……迷わずに弟の病院につくことができたの? よかったわ……え? 渋谷駅で迷っていた所を女子高生に助けてもらった?」
「…………」
三人は互いに顔を見合わせた。まさかとは思うが、しかし……
「ちなみに、そいつがそのおばあちゃんを助けたのはどこの駅だ? ……そうか渋谷駅か」
「……人助けをして遅れたのなら仕方がないな」
「さっきの言葉は取り消しだ。そいつを通せ、そのまま試験を受けさせろ」
長谷川は電話を切るとすぐに入口のドアが開かれる。ドアを開けたのは京子にとって見覚えのある人物だった。
「……あの子よ」
「あ?」
「あの子が一次面接を通った子よ。 確か名前は……」
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