第4話 戦いの始まり
エリスとレオが受付を済ませて控え室に入ると、すでに何名かの出場者が待機していた。物々しい雰囲気に、エリスは気後れする。
「やっぱり本選ともなると雰囲気が違うね」
そう言ってレオの方を振り返ると、彼の姿はなかった。
(さっきまですぐ近くにいたと思ったけど……)
辺りを見渡してもレオの姿は全くない。どこに行ってしまったのか。
(掴みどころのない人だなあ)
エリスはレオを探すのを諦め、控え室の椅子に座った。改めて出場者の顔ぶれを見ると、みんな男だった。なかには、前の大会で準優勝を飾った選手の姿もある。風弓の大会は三回優勝すると殿堂入りとなり、出場権を失うことになっていた。前大会の優勝者は殿堂入りを果たしたから、今大会には出ていない。
(それでも、国中に名を知られている選手と肩を並べられるなんて光栄なことだな)
まもなく新たな出場者が控え室に現れ、七人が揃った。依然としてレオの姿はない。控え室に入ってきた運営員が練習の開始を告げた。
「実際に本選会場へ入り、感覚を確かめてもらうことができます。練習の順番はくじ引きで決めます」
選手達は、運営員が差し出した小箱からくじを引く。エリスが引いた紙には六と書かれていた。
「書かれている番号が練習の順番です。それでは、会場の方へ行きましょう」
運営員の後に続き、エリス達は本選会場へと入った。その広さに、思わず息を呑む。会場の端から端までは二百メートルほどありそうだ。頭上は吹き抜けになっており、周りは観客席で囲まれている。全ての席が埋まったときの迫力は、想像もつかなかった。
会場の中央には、二つの的が用意されている。立ち位置から的までの距離は七十メートルほど。的に描かれている円の大きさや位置は毎回変わるため、初見の状態で正確に標的を射抜かなければならない。
最初に練習を行う二人を残し、エリス達は会場の右手に用意された選手席に案内された。席からは、的を射る選手の表情が見える。最初の二人は緊張の面持ちで弓をかまえた。静寂の後、矢が放たれる鋭い音が場内に響く。
やはり本選に残るだけあって選手達の腕は見事だった。緊張のせいで外す時もあったが、今まで戦ってきたどの選手よりも正確性が高い、とエリスは感じた。
(少しの油断が負けにつながる、すべての矢を正確に放つ気持ちでやらないとダメだ)
エリスの番が来て、指定された場所に立った。普段の練習場とは違う、ヒリヒリするような感覚が喉元からせり上がる。
(落ち着け。いつも通りやれば問題ない)
エリスは弓をかまえ、呼吸を整えた。一射目。二番目に小さな円を射抜く。その迷いのなさに、ほかの出場者達からも感嘆の声をあげた。二射目は最も大きな円を射抜いたが、本当は隣にある最も小さな円を狙ったつもりだった。
(やっぱりいつもの感覚と差がある。少しずつ調整しないと)
弓の構え方、矢を向ける方向を微妙に変えながら、エリスは正確性を上げるように意識した。そして最後に、ようやく最も小さな円を射抜くことができた。
(本番では早めの段階でポイントを稼いで、相手にプレッシャーを与えたい)
そう考えながら、エリスは選手席へと戻った。すると、そこにレオの姿があったため驚いて思わず声を出してしまった。
「いつの間に戻ってきたの?」
声を出したエリスに選手達の注目が集まる。レオは平然とした顔で、君には関係ない、と言った。
「次は私の番だ。失礼」
レオは席から立ち上がり、エリスの横を通り過ぎた。釈然としない気持ちでエリスは席につき、レオの練習風景を眺める。落ち着いた態度に弓の構え方、すべてが一級だということはすぐにわかった。円の捉え方も見事で、小さなものから順に射抜いていく。
(これは、一番の強敵になりそう)
弓の技術はもちろんだが、精神的な強さがレオには備わっていた。誰もが緊張するような場でも自分のペースを乱すことがない。だから矢にブレがなく、正確に標的を射抜ける。八人の中では群を抜いて優れた弓使いであることは一目瞭然だった。
全員の練習が終わり、選手達は再び控え室へと誘導された。エリスはレオのそばに近寄り、話しかけた。
「君の腕、想像以上だった。だいぶ鍛錬を積んでいるようだね」
「風弓は幼い頃から親しんでるからな」
褒め言葉を否定することなく、レオは涼しい顔でそう言った。
「そこまでの腕なら、今までも本選に出るチャンスはあったんじゃない?でも初めてだよね。風弓の大会の出場者は毎年チェックしてるけど、レオのことは知らなかった」
「初めてであることは否定しない」
レオの言い回しには、不思議なものがあった。どこか回りくどく、本来の答えを隠しているようにも感じられる。エリスは常に肩透かしをくらっている気分になった。
控え室に戻ると、選手達は席について本番の時を待った。次第に外が騒がしくなっていき、観客の入場が始まる。
エリスは、いよいよ緊張の高まりを感じ始めていた。心臓は素早く脈を打ち、落ち着かない気持ちでいっぱいになる。たまらず席から立って大きく伸びをした。とにかく身体を動かしていないと、どうにかなってしまいそうだった。
他の選手を見るとエリスと同様に緊張感を隠せない人もいたが、出場経験のある選手はみんな落ち着き払っていた。初出場であるはずのレオも、まるで幾度も出場したことがあるかのように冷静さを保っている。その精神力の半分でも欲しい、とエリスは思った。
しばらくして控え室の扉が開き、運営員が姿を現した。
「みなさん、入場の時間です。こちらへお越しください」
戦いが始まる。エリスは緊張を追い払うように両手を握り締め、控え室から出た。
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