金色の少女〜エリスと神子の力〜

ゆきのちず

第1話 金色に染まる片目

 遥か彼方――その世界は、アークメイアとエルドリアという二つの国に分かれていた。

 

 アークメイアは、太陽の国。人々は地上で暮らし、四季の恩恵を存分に受けていた。


 春は豊かな花の香りに囲まれ、夏はすくすくと育つ作物の世話、実りを迎える秋には食物祭で美酒美食に酔いしれ、雪の降る冬は暖かな家のなかで過ごす……。


 それら全ては、アークメイアを統べる神子みこの存在があるからこそ。人々は神子を崇め奉っていた。


 もう一つの国、エルドリアは地下の国。地上は荒れ果て、四季は存在しない。人々は地下に都市を作り、暮らしている。神子の力はエルドリアに及ぶことなく、人々は太陽に、四季に焦がれ、神子を欲していた。


 ――今、神子の力が弱まろうとしている。神殿からアークメイアの領主へ内々の伝達が渡った。


「次の神子を探し求めよ。さらば、力は主のもとへ」


 その伝達を受け取った領主達は、密かに行動を始めた。


 **********


 長かった冬が終わり、アークメイアに春が訪れた。道端には色とりどりの花が咲き誇り、木々は緑に萌える。冬は家にこもっていた人々も外に出始め、街は色めきだっていた。

 

 そんな春の陽気もよそに、学校帰りのエリスとティムは風弓の練習場に向かって走っていた。


「おい!そんなに走らなくても良いだろ!」


 全力で走るエリスを追いかけながら、ティムはあえいだ。


「早く練習場に行きたいんだよ!」


 エリスはティムにかまうことなく走り続けた。年に一度行われる風弓かざゆみの大会が三日後に迫っている。一分一秒でも長く練習がしたいという思いが彼女の足を急がせた。太陽の光を受け、エメラルドグリーンの瞳が輝く。


 息を切らせて練習場につくと、顔馴染みの受付番・ライナスじいさんが二人を出迎えた。


「そんなに焦らなくても的場は余ってるよ。好きなところを使いな」


 額に汗を浮かべた二人をおかしそうに眺め、ライナスじいさんは的場を指さした。確かに、十ある的場はすべて空いていた。


「予選前まではあんなに賑わってたのに」


 閑散とした的場に入りながら、エリスはつぶやいた。


「そりゃそうさ、予選に落ちたら練習する気もなくなる」

「でも、来年に向けてまた練習を頑張るとかさ」

「予選に落ちた時点でやる気なんてなくなるよ。俺だってエリスが練習するっていうから付き合ってるだけだ」


 エリスは納得がいかず、唇を尖らせる。


「予選に落ちたくらいでやる気をなくすなら、風弓をやる資格はないよ」

「はっ。ずいぶん厳しいこと」


 エリスとティムはそれぞれ的場に立ち、弓をかまえた。


 風弓の大会は、アークメイアで最も優れた弓使いを決める大会だ。アークメイアでは、昔から弓で的を射る国技「風弓」が盛んに行われている。風弓の大会を前に各地で予選会が行われ、勝ち残った十名が本選へ出られることになっていた。


 ティムは予選落ちだったが、エリスは本選への切符を手に入れている。十歳の頃から予選に出続け、今年ようやく本選まで行くことができた。しかし、本選に出ることがゴールではない。初出場にして優勝、エリスはそれを目標にしていた。

 

 幼い頃に風弓を始めて以来、エリスは常に周りから「女の子なのに風弓なんて……もう少しおしとやかな趣味を持ったら?」と言われ続けていた。エリスにしてみれば、女の子だからなぜ風弓をしてはいけないのかわからなかった。


 確かに、周りで風弓をやっている女の子はいない。でも、彼女達は裁縫をしたり、本を読んだり、好きなことをしている。それはエリスも同じだ。


(好きだから風弓をやる、ただそれだけなのに)


 そのジレンマは、常にエリスのなかでくすぶっていた。風弓の大会で優勝して実力を証明すれば、誰も「女の子なんて」と言わなくなる。一人の弓使いとして見てもらえる。エリスはそう思っていた。


 風弓の的には、大小バラバラの円が複数描かれている。それぞれの円にポイントがつけられており、小さな円ほどポイントが高い。矢が刺さった円のポイントを加算し、最も多くのポイントを獲得した者が勝者となる。


 この日、エリスはなかなか小さな円に焦点を定められずにいた。いつもと弓を持った時の感覚が違う。何本も矢を射ち込んだが、はやる気持ちが空回りするばかりだった。


(浮き足立ってる。もっと落ち着かないと)


 エリスは弓を構え、深く息を吸い込んだ。まぶたを閉じ、暗闇のなかで的をイメージする。


 ゆっくり、ゆっくりと足先から指先にかけて微かな痺れが伝わる。心臓が波打ち、全身が熱くなる。身体の奥底から大きな力が湧き上がり、暗闇は消え去る。


 エリスはまぶたを開き、矢を放った。


 矢は空気を切り裂き、まるで意志を持った生き物のように的へ吸い込まれていく。刺さったのは、最も小さな円。寸分違わず、正確に射抜いていた。


(一体、この力は何なんだ……?)


 エリスの身体には、まだ痺れが残っている。今までに感じたことのない力が全身を満たしていた。自分の身体なのに、自分のものではなくなってしまったような、不思議な感覚だ。


「すげえ、今までで一番の出来なんじゃないか」


 エリスの様子を眺めていたティムは、興奮気味に言った。しかし、エリスはティムの声が聞こえていないようだった。呆然として自分の両手を眺めている。


「どうしたん……」


 エリスの顔を覗き込んだティムは息を呑んだ。エメラルドグリーンだったはずの彼女の瞳が、右目だけ金色に染まっていた。


「おまえ、その瞳!」


 ティムのすっとんきょうな叫び声でエリスは我を取り戻した。


「瞳って、何がどうしたの」

「右目だけ金色になってんだよ」

「はあ?まさか」

「本当だって!ちょっと、ライナスじいさんに鏡を借りよう」


 ティムは走って受付場へと向かった。エリスも後に続く。


「じいさん、鏡貸してよ」

「鏡だあ?そんなものあったかねえ。自分の顔だって滅多に見たくないんだからさ」


 ライナスじいさんは緩慢な動きで立ち上がり、奥の棚を探った。その様子を眺めながら、エリスは右目にそっと手をやる。


(瞳の色が変わるなんてこと、あるのか?ティムの見間違えじゃないか。もしくは、夕日が瞳に映ったか)


 開け放たれた扉からは金色の夕日が差し込み、足元にはエリスとティムの影が伸びていた。


「ああ、あったよ。ひび割れてるが、これで良いかな」


 ティムはライナスじいさんが取り出した鏡をひったくるように受け取り、エリスの前にかざした。中央にヒビの入った鏡には、見慣れた自分の顔が映っている。右目の色は、普段通りのエメラルドグリーンだ。


「金色になんてなってないよ。見間違いだね」

「そんな、まさか……」


 ティムはまじまじとエリスの瞳を見たが、確かに金色の面影は全くない。


「俺、頭がおかしくなったか?」


 頭を掻き、ティムはうなった。


「頭がおかしいのは昔からだから大丈夫」


 エリスは肩をすくめて笑った。失礼だな、とティムは顔をしかめる。


「さあさ、日が暮れ始めてる。そろそろ帰りな」


 鏡を棚に戻しながら、ライナスじいさんは言った。


「子供が夜道をうろうろするのは危ない」


 大真面目な言葉に、エリスとティムは顔を見合わせる。


「俺はもう十七歳になるし、もう子供って年齢じゃないよ」

「私だって、もう十五歳だよ」

「わしから見たら、じゅうぶん子供だよ。いいから早く帰りな」


 手をひらひらさせ、ライナスじいさんは彼らを追いやった。彼らは渋々自分の弓を取りに戻り、練習場を後にした。


 帰り道、ティムは再びエリスの瞳を盗み見た。やはり、エメラルドグリーンの瞳に違いない。


(おかしいな……確かに金色に見えたんだけど)


 西の空へ沈みゆく夕日は、彼らの影をますます濃くした。どこかの家から温かなスープの香りが漂う。エリスは急に空腹を感じた。


「お腹空いた!今日の夕飯は何かな」


 とても無邪気な笑顔だ。ティムは頭にこびりついた疑念を払い、そうだな、と頷いた。

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