第5話 異世界転生したんだって

 魔力やスキルでわけが分からなくなってしまったが、俺はもう一つ心配があった。

 それは、俺が一体どうして船に乗っていたのか思い出せないことだ。


 ステータスでは俺は十五歳の森の民であるらしい。

 しかしそう言われても実感がない。

 正直俺は、自分がもっと大人のつもりでいた。二十代とか、何なら三十歳くらいのだ。


「異世界転生ってやつか……?」


 スキルやらステータスやらがある以上、ここは俺が本来いた場所ではない。そう確信がある。

 ならばここは別の世界で、俺自身も前の俺ではない。

 それこそゲームやアニメで聞いたことのある、別の世界に生まれ変わる――異世界転生をしてしまったと考えるとしっくり来た。


 船が沈没したショックで前世の記憶を思い出したってとこか。

 思い出した引き換えに今までの十五歳分の記憶が消えてしまったのが痛いが、今さらどうにもならん。


「いやあ、どうするかなぁ……」


 俺は心の底からのため息をついた。

 異世界転生したらしいと分かっても、事態は何も変わりはしない。

 俺の両手は呪われた剣と盾が張り付いており、ステータスはほぼオール1で、頼れる人は誰もいない。

 何もかもが絶望的だ。


 けれども俺は死ぬのは嫌だった。

 というか、こんなわけの分からん状態でわけの分からんままで死ぬとか、誰だって嫌に決まっている。

 船の難破も、ルードみたいな性格クソ悪野郎に生肉食わせられたのも、理不尽な目に遭うのはもうコリゴリだ。


 死んでたまるか。

 生き延びてやる。

 俺の願いは生きること……!

 これからこの世界で、きっちり生ききってやるんだ! 他でもない、俺自身の力で!!


 そう決めたら、腹の底から力が湧いてきた。

 そうだ、このままじゃいられない。やられっぱなしでいられるか!


「町に行ってみよう」


 このまま洞窟でこうしていても、ただ時が流れるだけだ。

 町に行けばスキルが習えるかもしれない。そうしたら呪いも解ける。

 生きていくのに必要だった。


「腹が減ったな」


 これから長時間の移動をするのだ。余裕のあるうちに飯を食っておこう。

 俺は袋から堅パンを取り出して、固さに苦労しながら食べた。飲み物がなかったので、赤いポーションで流し込む。ちょうどよく減っていた体力が回復してくれた。


「よし、行くぞ!」


 焚き火に灰をかぶせて消す。

 立ち上がった俺は袋を担いで、洞窟の外へ出た。







 洞窟の外は木立の中だった。

 空を見上げれば、太陽はまだ高い位置にある。これから移動するにはいい時間だろう。

 ニアは西に海岸があると言っていた。

 西はどっちだろうか?

 俺の前世知識(?)が通用するならば、太陽の位置から見て西は洞窟の左手になる。

 この世界の太陽の運行が前の世界と違っていたらお手上げだが、とりあえず信じて歩くことにした。


 少し歩けば木立はすぐに途切れて、行く手に海が見えてくる。予想は外れていなかったようだ。

 海岸線の砂浜に到達したあたりで南下する。一応、歩数を数えながら歩く。

 七千歩ほど――つまり一時間半少々――歩くと、行く手に町が見えてきた。


「やった! 町だ! ……ゲボッ」


 思わず歓声を上げた俺は、横っ腹に衝撃を受けて間の抜けた声を上げた。

 何事かとそちらを見れば、憎っくき最弱魔物のグミが二匹、ぽよんぽよんと跳ねている。

 歩くのと町の発見に夢中になるあまり、不意打ちを許してしまった。


 だが、こんな見晴らしのいい場所で不意打ちとか、どういうことだ。

 と思ったら、よく見れば魔物どもは海岸の砂浜に埋まって獲物を待ち構えていたらしい。

 グミがさらに二匹、砂の中から飛び出すように現れた。しかもそのうち一匹は色違い(赤)で、手ごわそうな感じがする。


 合計四匹、戦って勝てるか?

 ……三匹相手でも死にかけたんだ、勝てないに決まってる!


 ここは逃げの一手だ。

 けれども運の悪いことに、グミどもは町の方向に陣取っていた。つまり町に逃げ込むのは難しい。

 俺は素早く周囲を見渡した。

 周りは何もない砂浜が広がっている。

 洞窟のときのように一対一の状況は作れない。

 しかも砂の中にまた別のグミが潜んでいるかもしれない。


「あそこまで行けば!」


 海と反対、東の方向はぱらぱらと木が立っている。

 俺はその木の一本に向かって猛ダッシュした。

 グミたちはぽんぽん跳ねながら追いかけてくる。

 木は近づいてみると松の木に似ていた。ちょうどいい、枝が曲がっていて登りやすい!


 必死の思いで木に登る。

 両手にいまいましい剣と盾が張り付いているので、とても登りにくかった。

 それでも追いつかれる前に枝に登れた。


 上に上がってしまえば案の定、グミどもは下から見上げてくるだけだった。

 あいつら手足はないからな。木登りなんぞできねえだろ。

 だがグミたちは諦め悪く地面をウロウロしている。立ち去る様子はない。

 このままじゃ俺も立ち往生してしまう。最悪、木の上で餓死だ。


 どうしたらいい?

 俺は何か使えるものはないかと、担いできた袋をもう一度漁ってみた。

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