俺の街にやってきた半妖美女たちは、なぜかラブコメを欲して止まない

天江龍

第1話

めい、私好きな人がいるんだー」


 俺は今、耳を塞ぎたくなる言葉を聞いた。


「好きな人って…一応確認しとくけど俺じゃあないよな?」

「え、何言ってんのよー。鳴と私がそんな感じになるわけないじゃん」

「そ、そうか…そうだよな、あはは…」

「でねー、その好きな人っていうのがー」


 俺がずっと好きだった幼なじみに好きな人がいた。

 もちろん俺じゃない。

 それだけがわかると、そのあと彼女が何を喋ったのかはあまり覚えていなかった。


 好きな子から急に話したいことがあるなんて呼び出されたら期待もするさ。

 でも、それがまさか遠回しに「あなたのことは好きじゃない」という内容だったら、誰だって放心状態になるってもんだ…


 ぼんやり聞かされていた話を思い返すと、サッカー部のエース、松原貴一まつばらきいちが好きだとか言っていた、と思う。


 俺の初恋は、告白するまでもなく終わりを告げた。


 俺の幼なじみであり初恋の相手、有栖川優ありすがわゆうは学校一の秀才で人気者。

 フワッとパーマの髪の毛にクリッと大きな瞳が特徴の明るい女子で、俺とは幼稚園からずっと一緒なのだ。


 てっきりというか、すんなりと俺たちはくっついて大学を出る頃には結婚、なんて勝手な未来を描いていたが優は俺のことを男として見ていなかったようだ…


 優が照れ臭そうに俺以外の男子の名前を呼ぶ光景はあまりに残酷だ。

 最後に何かお願いごとをされた気がしたがそれが何だったかもよく覚えていない。


 幸いというほどではないが、優とは家が隣だったのだが今彼女は父親のアパートの管理人をしながらそこに住んでいるため下校の時は一人だった。


 家に着くと自分の部屋に閉じこもった。

 時々、立てかけてあった優との写真を見て、また辛くなった…


 俺は甲斐鳴人かいめいと、高校1年生。

 ずっと帰宅部だし勉強は平均くらい。別にコミュ症とかではないのだが入学してからも特に友人はなし。それでも優がいるから俺は勝ち組だなんて勝手にふんぞり返っていた。何も特徴のない俺がそもそも幼なじみというだけで優みたいなやつと付き合えるなんて思っていたのがそもそも間違いだったというのに……


 その日、俺は晩飯も喉を通らずさっさと眠りについた。

 これが夢ならいいのにと、馬鹿みたいな願いを真剣に祈りながらまどろみに落ちた。



 翌朝、まだ日が昇る前に俺は電話の音で目が覚めた。

 スマホの画面を寝ぼけ眼で見たら…優から!?


 急いで飛び起きて電話を取ると、間違いなく優だった。


「もしもし鳴、起きてる?」

「え、ええと…おはよう」


 中学まで優とは一緒に登校したり朝や夕方に電話するなんて珍しくなかった。

 でも最近はそんなのも減ってしまった。


 優が中学の卒業式が終わってからアパートの管理人を始め忙しくなってしまったからだ。

 父親の頼みだというが、子供にそんなことを頼むなんてどうなのだろうかと、俺は彼女との時間を奪った父親を勝手に恨んだ。


 あれから約2ヶ月、少し疎遠になったことがいけなかったのだろうか…

 高校でも変わらず優と毎日一緒だったら未来は変わったかも、しれない…


「もしもし聞いてる!?」

「あ、ごめん…」


 うっかり彼女の話を聞きそびれた。


「あ、朝からなんの用だよ?」

「昨日お願いしたよね?アパートの管理人してくれないかって」

「ああ、そんなこと…え?」

「今日の朝、説明するからって言ったらいいよって言ってたじゃない?早速遅刻とかさー、しっかりしてよ」

「い、いや待て…なんの話…?」

「だから、今は管理人が不在で、私が代理してるの。それで、ここの管理人をお願いしたいって話、したよね?」

「あ、ああそういう…でもなんで急に?」

「だって松原君は練習終わるの遅いし、パパは代わり見つけないと辞めちゃダメって言うし。結構忙しいのよ管理人って…。ね、私の恋を応援してくれるって言ったでしょ、だからお願い―」


 また松原かよ。

 あいつの何がいいって言うんだ。


 松原貴一はサッカー部のエース、この学校初の全国大会を目指す逸材で顔はさわやかイケメン風。背は高い。勉強はそこそこ(俺よりできる)。


 絶対にそのうち浮気して大学に行ったら毎週コンパでヤリまくるような奴に違いないのになんであんな男がいいんだよ。


「じゃあ待ってるね、早く来てよー」

「は、はいはい……」


 俺は急いで支度をして学校の近くにある幽麗荘ゆうれいそうというアパートに向かった。


 なんとも不気味な名前なのは、彼女の父親が大学でオカルト分野の研究をしている関係だと言っていた。

 俺も何度かあったことはあるが、ちょっと暗そうな人という印象しかない。

 優は俺なら大丈夫だと、父親からも承諾を得ているという。


 でも、俺が優の代わりをしてやることで松原と一気に距離を縮めてそのまま……なんてことを想像したら、こんな損しかない役回りを甘んじて受ける気にはならない。


 昨日は何も聞かず返事したようだけど……断ろう。

 俺だって男だし、みすみすと好きな女を他の男のところに向かわせる手助けをするほど善人ではない。


 そう決意して俺は、少し古びた木造アパートのチャイムを鳴らした。


「あ、来てくれたんだ!やっぱり鳴は頼りになるね」

「い、いや…昨日はなんも考えずに返事したみたいだけど…」

「とにかく立ち話もなんだから入ってよ!」

「え、まぁ…」


 なんか優の顔を見るのが気まずい。

 向こうは当然何も変わらないが、俺は優の顔を見るのが辛くてたまらない。

 さっさと断って、そしてしばらくは優とも距離をおいたほうがいいのかななんて、卑屈なことばかり考えていた。


 アパートのリビングに座らされると、優がお茶を出してくれた。

 ここはいわゆる共同アパートのようだ。

 一階に管理人室とリビングがあり、二階にそれぞれの部屋があるという感じで、玄関は同じ、というわけだ。


「ていうかなんでお前が管理人の代わりなんかしてるんだ?」

「だってパパが知らない人には任せられないって言うんだもん」

「でも代わりは俺じゃなくても…」

「パパは鳴なら歓迎だって言ってたよ。それに給料も出すって。学校にもちゃんと説明しておくから。ね、鳴にしか頼めないの」

「どーせ他のやつに断られたんだろ?面倒ごとは俺頼みってことか」

「あはは、でも鳴っていつも私のわがまま聞いてくれてたじゃん」


 屈託のない笑顔で笑いかける優は、変わらず可愛い。

 俺はこの笑顔のために、いやこの笑顔を我が物にするためにお前に優しくしてきたんだと、今ならわかる。

 でもそれが他の男にとられるくらいなら。


「あのさ優」

「あ、住人のみんな紹介するね! こっちこっち」

「あ、だからさ……」

「不安なのはわかるけど、みんないい子だから。」


 俺が何かを言おうとすると優はその笑顔でかき消してくる。

 これは多分わざとではない、と付き合いが長いだけの男が勝手に彼女のことを語るのもまた気持ちの悪いことだろうか。


 奥から三人の女性が入ってきた。

 俺はうんざりしながら彼女たちを見ると、目を丸くした。


「え、この子たちが住人?」

「そう、みんな美人でしょ? 同じ学校の同級生と先輩よ」


 優が言うようにみんな超がつく美人だった。


 向かって左の子は、長い銀髪にきつそうな目つきだけど目は大きく色白で、この世のものではない程に綺麗だ。

 それになぜか和服だけど、それもとてもよく似合う。


 真ん中の子はショートボブというのかな、あのユルフワ感がどことなく優と似ている。明るいコギャルという感じだろうか、でもすんごく可愛い。


 右の子は肩口まで伸びた少し青い髪が特徴的な、これまた美人だ。

 ちょっと幼いように見えるのは胸があまりないからだろうか、顔立ちのせいだろうか? しかし俺は嫌いじゃない。


 みんな俺たちと同じ学校?

 全然他の生徒のこと知らないからなぁ俺。


「ほらほら鳴、ジロジロ観察しないの!」

「あ、ああごめん」

「じゃあみんな、自己紹介してあげて」


 こんな美人たちの相手をできるのなら、もしかしたらこの仕事は悪いものじゃないのかも。

 いやいや、失恋した傍から何を考えてるんだ……こんなんだから優にフラれるんだよ…

 でもまぁ、名前くらいは聞いておいてもバチは当たらないだろう。


 左の銀髪の子から名乗りだしたのを俺は少し前のめりになって聞いた。


「私は玉藻妖子たまもようこ、名前のまんまだけど妖狐よ」

「うちは六道ナナ、ろくろ首なの♪」

「わ、私は氷堂雪花ひょうどうせつか、ゆ、雪女ですがよろしくお願いします…」


 ???


 なんか最後によくわかんない説明があったような。


「あはは、みんなふざけたらダメよ。鳴、ごめんね。みんな自称妖怪なの。ちょっとおかしいでしょ?でもそんなわけないし実際みんなとてもいい子だからよろしく頼むわね」


 そういって俺に笑顔で説明する優の後ろで、俺はとんでもない光景を目の当たりにする。


「う、うわー!」


 銀髪が青い炎を手にかざし、コギャルの首は伸び、自称雪女の周りには既に雪が降っている。


「どうしたの鳴?」

「う、後ろ……」

「え?」


 優が振り返ると妖怪の大道芸がぱたりと止んだ。

 ふたたび優がこっちを振り返り「みんながどうかしたの?」と不思議そうに首を傾げた。


「あ、あれ?」

「何? へんな鳴。みんな美人だからビビってるんでしょ」

「い、いや……」

「じゃあ後のことは妖子ちゃんに聞いてね。彼女が世話役みたいな感じだから」

「え、ええと……」

「じゃあまた学校でね! みんなもまたね!」


 優はさっさと行ってしまった。

 手を振りながら去る優を見送ると、自称妖怪たちは俺のところに迫ってきた。


「な、なんだよお前ら」

「ねえ、あなたも優と同級生? 私としない?」

「は、はい?」

「首びろーんなる女子は嫌い? 怖い? ほれほれ」

「や、やめてくれ怖いって!」

「そ、それじゃ雪女とかは、に、苦手、ですか…?」

「ほ、本当にみんな妖怪なの?」


 俺は半信半疑で俺に迫る三人に質問した。

 すると全員が揃って「半妖です」と答えた。


「半妖…?いやそんなまさか…」

「こっちこそまさかね、優の代理が男なんて。でも楽しそうかも」


 銀髪の妖狐がふふっと嬉しそうに口元を抑えて笑っている。


「じゃあ新しい管理人さん、色々とお世話よろしくー」

「色々……?」

「わ、私たちのこと、よ、よろしくお願いします…」

「は、はぁ」


 なし崩し的に俺はここの管理人を押し付けられた。

 半妖ってそもそもなんなんだ?

 それはちょっと興味がある、というか知りたかったりもするけど。

 いやしかし、このままでは優は松原に……


「だ、ダメだダメだ! 優が他の男にとられるなんて嫌だよ……」


 つい思っていたことが言葉に出てしまった。

 それを聞いた銀髪は、「あー、なるほどね」と言った後でこう話し出した。


「あなた、優のこと好きなのね。じゃあ告白すれば?」

「い、いや……告白する前に好きな人がいるって話聞かされて、そもそもこのアパートの管理人をやめるのも好きな男と遊ぶためだって」


 俺は何を喋っているんだ。

 初対面だし半妖とか言ってるし、そんな女に何を相談するって言うんだ。


「なるほどね、じゃあ優がその男とみすみす付き合うのが嫌だからここの管理人は引き受けたくない、ということね」

「ま、まぁそういうこと、だけど」

「それなら妨害するしかないわね」

「……へ?」

「妨害するのよ。管理人いないと困るのは私たちだし。みんなで協力するから、あなたはここの管理人をお願いね」

「お願いねって言われても」

「いいから早速話を聞かせなさい」


 妖狐な妖子さんに、俺が優とどんな毎日を過ごしてきたかから、今現在のフラれる経緯までを赤裸々に打ち明けさせられた。

 その目を見ると、どうしてか言いたくないこともスラスラと喋ってしまう。

 これも彼女たちの力なのか、それとも俺が単に話を聞いて欲しかったのかはわからない。


 そして一通り話を聞いた後、ろくろ首が首を伸ばしながら「童貞の妄想こっわ」と言ってけらけら笑った。

 その間雪女は何も言わず下を向いていたが、一言「甲斐さん可哀そう……」と可愛い声で呟いてくれたのがちょっとだけ嬉しかった。でもなぜか部屋の気温はぐんぐん下がっている。

 もう夏が来るというのに暖房が欲しい……。


「じゃあさっそくサッカー部の松原君をチェックね。行きましょ」

「い、行くってどこに」

「朝練よ。まずは敵情視察、これは戦争に勝つための第一条件ね」

「い、いやでもさ」

「じゃあ私に抱かれるのと優を諦めるの、どっちがいい?」

「え、それ二択になってないけど」

「あ、バレた? じゃ行動あるのみね」

「ちょ、ちょっと!」


 妖子さんと言う人に手を引かれて、俺はなぜか朝練をするサッカー部のグランドに連れて行かれた。

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