比架空員

天野いあん

比架空員

 無機質な音が、書類の溢れかえった部屋で響く。ガコ、ガコ、ガコと鳴り続ける。


「あぁ! 終わらない!」

「君のこだわりが強すぎるのさ。」

「そんなことはない!」


比架空員一号は書類を放り投げて叫んだ。


「あぁ! こんなままでは、完成なんて出来やしないよ!」

「はぁ、少しは黙って、作業を続けたらいいじゃないか。僕は君のうるささに迷惑している。」

「ああ、わかった、わかった。」


比架空員一号は手元にある書類を手繰り寄せて読んだ。


「はぁ、これは駄目じゃないか? 俺は、小説にはもう少し説明の不必要なものを所望する。」

「これのどこが駄目なんだ?」

「ほら見ろ。作者がオリジナルの職業を勝手に作っているんだ。こんなんじゃ、誰にも読まれやしないね。ふん。」


比架空員二号は呆れながら次の書類にも目を通す。


「これはどうだ?」

「ああ、これは駄目だな。この作者はどうやら馬鹿げているらしい。あまりにも会話文が多すぎて、わけがわからないな! こんなんじゃ、紙の無駄になる。上に渡すわけにはいかないよ。」

「はぁ、またそれか。いい加減にしたらどうだ。」

「駄目だ、駄目だぁ! 全然ダメなんだ。俺は、ただ、自分の本当に大切なものを、作り上げたいだけなんだ。」

「本当に大切なもの?」

「ああ、そうさ。文学の中で、俺はいつか自分の思うままの作品を作ってみせる。俺は知っている。文学の輝きは、それ即ち正直さ。次に純粋さ。またその次に、それをどうやって、記憶に残すかだ。ああ、それを叶えてみたいだけだ!」

「だが、まぁ、たしかにそうかも知れないが。だがお前がいるせいで、いつも俺たちの仕事はうまく進まない。」

「いやだ。俺は絶対に嫌だね。俺はあの作家の様になりたい。美しい文学を目指したいのさ。」

「そんな高貴な事を言って、君は本当にそれが出来るのか。締切ばかり過ぎていくじゃないか。」

「うーん、いや、しかし。」

「まぁ今回くらい良いじゃないか。締切が過ぎちまったら、それでこそ経験は積まれていかない。お前が好きな作家も、先ずは作品を自らで書くことだと仰っていただろう。」

「しかし、まぁ、うん。」

「ほら、この設定なんて面白そうじゃないか? たまには思うまま突っ込んでみろ。」

「はあ、嫌だなぁ、全く。」


比架空員一号は椅子から立ち上がると、部屋にある印刷機を停止した。

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