ごちそうシスター♡魔王討伐の旅の途中なのに、全身タトゥーで舌ピアスの(こっちの方がヤバそうな)勇者様に食べられそうなほど溺愛されています♡

6月流雨空

第1話 プロローグ 出逢い

 月の浮かぶ深夜の教会の前で、青銀の修道服に身を包むシスターのミク──私はバケツとぞうきんを用意して掃除に勤しんでいました。


 頭にかぶるウィンプルの下では桃色のボブカットヘアーが風に揺れていて少しくすぐったいです。


 ここは教会の表玄関であり、礼拝堂の入り口でもあります。


 礼拝堂の扉は、子供たちが大好きなキャラメルを焦がしたソースに、香ばしく焼いたバゲッドを合わせたような真鍮の色合いをしていました。


 丁寧に磨き続ければとても美しい色合いで、黄金よりもやわらかく光り輝いてくれるのだけど、教会には併設された孤児院があり、今年で19歳になった私は孤児の世話も忙しく、なかなか昼間は玄関の掃除まで手が行き届かないでいました。


 この世界では美しいものほど強い力を与えられ、美しいものほど魔力が高くなります。


 真鍮はとても美しいけれど、手入れを怠ればすぐに錆びてしまう弱点があるのです。


 礼拝堂の入り口とは即ち、神様をお迎えする最初の入り口です。

 いくら現実主義の私でも錆びた玄関で神様をお出迎えするなど、とんでもない。ましてや私にとって今夜が教会で過ごす最後の夜です。


 ここから見上げる夜空も最後なのだと思うと、私はふいにぞうきんがけの手を止めて夜空を見上げていました。


(わぁ……! 満天の星空……!)


 とても綺麗な夜でした。まるで星が降るように藍色の夜空を光のきらめきたちが、深夜にもかかわらず明るく彩っているのです。


(そういえば、勇者様の聖剣も星降りの剣と呼ばれているのよね)


 世界で最も美しい聖剣。即ち、世界最強の剣。この世界で唯一、魔王を倒すことが出来るといわれた勇者様の聖剣を思い出し、思わずうっとりと星空に空想を重ねました。


(どんな聖剣なんだろう。やっぱり、光り輝いているのかしら……あんな風に……ん?)


 キラッと光る何かが真っ直ぐに私の顔面に目掛けて落ちてきます。

 思わずぞうきんを放り投げて片手でキャッチすると、手の中に小さくて丸いものが冷たい感触と共に私の手のひらに伝わってきました。


 まさか、本当に星が降ってきたのでしょうか。

 おそるおそる手のひらを開けてみると、そこには白銀の小さな輪っかが鎮座していたのです。


「なんでしょうこれ?」


 しかし、確認する暇もなく、ドゴンッ!! 私の顔の横に長い足がお目見えしました。

 ぷしゃっ!! 私の頬に血しぶきが飛んできたようです。


「……え?」


 頬を触る。ぬめっと赤い血が指につく。さっと顔色が青くなる。

 頬に残る生暖かい感触に意識の半分が眠りにつこうとしました。

 ズドンッ!! 長い足はふくよかな男性の顔面を潰したまま真鍮の扉まで破壊して、さらに蹴りを加えております。


 気絶したい。しかし、現実離れした暴力行為が神の入り口でけたたましく騒ぎ立て、意識を現実に繋ぎ止めるのです。

 突然やって来た騒音と暴力。おひとり様でやって来たお祭り男はお連れ様をボッコボコの滅多打ちで血の雨を降らします。


 がつんがつんがつんと、男性の頭を踏みつぶす長身痩躯な男性はきょろきょろと辺りを見渡しており、何かをお探しの様子。

 頭の八割がホワイトアウトしている私は目の前の凄惨な光景を一刻も早く止めたい一心で、震えた声を出しました。


「ああああああの、お、お探し物は、こちらでしょうか?」


 両手で私が白銀の輪っかを差し出すと、長身痩躯な男性はようやく暴力行為をやめて、私の方へ振り向きます。

 そのとき、ちょうど壊れた扉の隙間から月明かりが差し込み、男性、いや、少年の姿をハッキリと映し出しました。


 息をすることを忘れるほど少年は美しかったです。

 黒曜石のきらめきと墨汁のような艶やかさを併せ持つさらさらの黒髪。

 雪のように真っ白な肌と紅を引いたかのような赤い唇。

 長いまつ毛に縁どられたアメジストの瞳。

 少し怪しげな雰囲気までも色気となって少年を纏う。


 黒い翼が背中に生えていたのならば彼は悪魔になったでしょう。

 白い翼が背中に生えていたのならば彼は天使になったでしょう。


 この世のものとは思えない美しさを前にして、私の思考が別の意味でフリーズしかけていたとき、少年はりんごのように真っ赤な舌を伸ばして妖艶に笑いました。


「見~つけた♪」

「ひぃっ」


 一瞬で、私の思考は現実に引き戻されました。なぜか。それは彼の舌の中央部分に黒い星型の鋲のピアスが貫通して舌に穴を空けていたからです。

 そこでようやく私の目が彼の両耳に向けられました。

 白黒の配色で両方の耳にピアスが合計7つ。首から下には銀に輝くネックレスが下げられていました。

 さらに白いタンクトップを着ている彼の上半身を見れば、首筋から腕に手の甲まで全身に黒いタトゥーが入れられているではありませんか。


(あばばばばばば絶対にヤバいお方に違いない……!)


 舌を出したのは捕食の合図でしょうか。食われる、そう思って私が身をよじろうとした瞬間、少年は白銀の輪っかを私の手から受け取って無邪気な笑みを浮かべました。


「拾ってくれてありがとう、おねえさん!」


(あ、あれ? 意外と素直で良い子ですね……)


 呆然としている私の前で少年は自身の唇に白銀の輪っかを装着します。


(……また増えた)


 どうやら私が拾ったのは少年のリップピアスだったらしいです。


「いきなりごめんね、おねえさん。ちょっと待ってて」


 男を蹴り飛ばしていた時は氷のように冷たくて鋭利な目つきをしていたのに、素直で良い子のときはアメジストの瞳も人懐っこく丸くなっています。

 その後、血を流して、顔面は再起不能なほどボコボコにされた男性のズボンから財布を抜き取ると、少年は私に財布を押し付けて笑顔で手を振りました。


「俺はレニ。街で会ったら声をかけてよ。またね、シスターのおねえさん」


 そういうと、レニさんはボロボロの男性を引きずって深夜の街中へと消えていきました。


(人様のお財布をあんなに無邪気な笑顔で……)


 嵐が過ぎ去った後の教会では磨き上げられ、壊された扉が無残に転がります。


(ちゃんと叱って差し上げた方が良かったのでしょうか)


 おそらく、押し付けられた財布は扉の修理代ということでしょうが、これはレニと名乗った少年にちゃんと返そうと思いました。

 街で会ったら声をかけてよ、ということはレニさんは明日も街にいるんでしょう。

 ですが、明日になったら私はこの街を出てしまいます。


 その前に探しに行こうかな。そう思ったときにレニさんのあの美しさを超越したド派手な恰好を思い出しました。

 両耳に黒白のピアスが7つ。舌には貫通した黒い鋲のピアスが1つ。唇には白銀のピアスが1つ。首から下には銀に輝くネックレス。そして首筋から全身に入れられたタトゥーです。


 それは、その姿は、とても美しいのに触れば怪我をする薔薇のようで、これ以上関わればヤバいという警鐘を鳴らすには十分な出で立ちでありました。


 私は青銀の修道服の胸元に下げられたロザリオに手を伸ばし、祈りを捧げます。

 瞬く間に扉は元通りに修復され、私はバケツとぞうきんを掴むと晴れた笑みで空を見上げます。


(今夜のことは星降る夜の幻覚だと思おう!)


 すべてを無かったことにした私は明日に備えて、さっさと自室へと戻りました。




☆☆☆

新作の恋愛ファンタジーを本日より公開していきます(*´ω`)

既に第一部は完結済みの原稿を上げていきますので、最後までお楽しみいただけると幸いです。


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