第2話 Ray
― 2049年 1月 ―
私達の衣服は両親の時代とは違い特殊な素材で作られていた。
「ヒートプロテクトファイバー」
通称「HPF」と呼ばれる特殊繊維を用いなければ洋服として販売する事も出来ないし、ましてや今の地球温暖化の状況下では、昔ながらの服装では生きられないからだ。20世紀にはすでに、世界中の研究者達がこの急速な温暖化について警笛を鳴らしていたはずなのに、世界の僅か数名の支配者達だけはこの事に聞く耳を持たず、それにより世界は破壊され続け、さらには人の心まで壊していったのだ。
まさしく世界は「無」の状態に進んでいるだけだった。
それはまるで、彼らの軍艦ゲームのようにお互いに力を誇示するためだけのゲーム。
世界の人々はただのゲームの駒に過ぎない。本当に情けない時代だ・・・。
平均気温55度・・・暑い時には70度を超える事もある。
そう、日本特有の「四季」などとっくに無くなっているのだ。
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「HPF」を施した服装が主流となった今でも一部の若者にとってファッションを楽しむ事は昔から変わっていない。ただ変わった事と言えば、頭に直接日光が当たらないようにする為のヘッドギアプロテクター、通称「HGP」と目を保護する為に作られたアイプロテクター、通称「EP」着用は必須である。どちらも生活するにはなければならないものとなった。室内では何の装備も必要はないが、外出する時には間違いなく装着していないと長くは外で活動が出来ないだけではなく、死へと繋がる事になる。まるで特撮ヒーローのウルトラマンのようなものだ。
そして、それら全てのプロテクターが私達国民の首に仕込まれているマイクロチップと連動して政府へと個人情報が送られる仕組みとなっている。
それが通称「政府人民管理ネットワーク」。
政府が国民すべての位置情報、行動履歴、購入履歴等あらゆる「人」に対する情報を得る事により、国民による犯罪は確実に減っていったが、私達のプライバシーなんてあったものではない。全ては政府の管理する器の中で動いているだけ。
国民の中には政府に反旗を翻す新しい派閥も現れてきているようだが、それも実在するのかも分からず、ただの噂だと言っている人達もいる。
多分・・・例えそんな派閥が出てきたとしても直ぐに排除されるだろう。
すでに日本は民主主義国家とは言い難い国と化しているからだ。そう、もはや「籠の中の鳥」状態と言った方が適しているかもしれない。人々の持っていた言論の自由?そんなものは今の時代あったものではない。
「~ハラスメント」という言葉が重要視されてきた時代からすると、今では全てが国の「監視下」にあり、「ハラスメント」なんて言葉も死語に等しい。昭和時代の事を調べてみると、携帯電話もない、インターネットもない・・・一見すると不便な時代の様だが不思議とその不便さが今では羨ましくさえ思える。世の中のあらゆるモノの発展により、「便利さ」が「楽しさ」や「自由」、という本来人間が求めていたモノ全てを奪い去ってしまったのだろう。そんな中で生きる私は、人との接触も楽しみもなく、生きる事の意味さえ感じないまま毎日を同じ絵を描き続けるように過ごしていた。寧ろ、それが一番楽な生き方だと信じていたからだ
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いつものコンビニのアルバイトから帰る途中、近くで異音と共に叫び声が上がった。
私は考える間もなく音のする場所へと向かっていた。
その場に辿り着くとそこには既に人だかりが出来ていた。とは言っても、昔からすると外を歩く人の数が少ない為、そもそもそこまで多くはないのかもしれないが・・・。
その人だかりからは、ざわつく様子は微塵もない・・・。先ほど聞こえてきた叫び声も、異音が起こった事に驚いて口から出ていただけだ。実際の所、感情的に言葉を発する人なんてほとんどいないのだ。そんな中、私は人混みをかき分け、その中心へと足を進める。するとそこには血まみれになって首が吹き飛んだ状態の死体と、傍らで立ち尽くす青年の姿があった。
この死に方は間違いなく・・・首に仕込まれたマイクロチップによるものだった。政府により行われる「粛清」。あるいは自分で自ら行う「自死」。どちらにしても一瞬で首が吹き飛びあの世行きだ。無残に横たわるその死体の横に佇む青年の口元はピクリともせず、さらには怯えた様子を見せる素振りもない。勿論、彼の目は「EP」により隠れている為、はっきりとは確認出来ない。ただそこに立ち尽くすだけ・・・まるで人形のように・・・。
実はこのような死体を見る事は現代では珍しい事ではない。今の時代では、たまに見かける光景だからだ。そして、その異音発生からしばらくするとサイレンがどこからともなく聞こえてくる。10分以内には政府の「人体特殊清掃部隊」が、その遺体を片付けに来るのだ。マイクロチップからの通信によりあっという間にその事態は「政府人民管理ネットワーク」を使って、それぞれの管理団体に情報が送られるからだ。ゴミ清掃車と見た目は大して変わらないその車両が、何もなかったかのように死体を車の中へと潰しながら飲み込んでいく。まるで蛙が獲物を捕獲した時と変わらないその動き。
地面にこびり付いた血はあっという間に特殊洗浄液により跡形もなく綺麗に元通りの道路へと戻してしまう。そう、何事もなかったかのように・・・。人体清掃が終わると周りにいた人達もどんどんとその場から離れていき日常生活に戻る。ただ、傍らの青年だけは動く事もなく、ボーッと立ち尽くしたままだった。そんな彼の事が珍しく気になったのか、気付くと私は近寄っていき話し掛けていた。自分でも何でこんな行動を起こしたのかは分からなかったが、自分の脳が勝手に体を操作していたかのように自然と動いていた。普段は人と接するのも嫌いで人と話す事も滅多にない私にしてはレアな行動だった。きっと自分の中にある動物的(勘)が、勝手に彼と接触させたのだと思う。
「どうしたのかな?帰らないの?」
「・・・。」
「ごめん、急に話し掛けて。他人と話しをするのは嫌だよね?気にしないで。」
「ん?・・・ええと・・・いや・・・。」
と、彼が私の問いかけに少しだけ反応し始める。
「兄貴・・・。」
「え?」
「今の、僕の兄貴なんだ・・・。」
「え? そうだったんだ。それじゃ・・・そうだよね・・うん・・。」
掛ける言葉が見つからないのと同時に、声を掛けた事にかなりの後悔を感じる。
(久し振りに声を掛けて・・・失敗した。話し掛けなければ良かったよ・・・。)
「やられたんだ・・・。政府に・・・。」
「え、本当に?・・・。」
てっきり「自死」だと思っていた私はなんで?という問いかけをしようとしてグッと出かけた言葉を飲み込んだ。「自死」をするにはそれなりに理由があってその権限を有して自ら行えるのに対し、「粛清」は、何らかの大きな犯罪でも起こさない限り行われないからだ。
「ありがとう・・・。声掛けてくれて。 久し振りに知っている人以外の人と話した。」
「いや・・・僕も、話しをしたのは久し振り・・・というか、話し掛けたのはもっと久し振りかな・・・。」と、お互い無表情で答える。
「名前はあるの?」と聞く私に、
「・・・ないよ、名前は必要ないからね・・・。」
みんな他人・・・いや、人生に対しても無関心だからな・・・。
「でも、ありがとう。なんだか聞かれたら答えられるように、名前でも付けておいた方が良かったかな・・・」と話す彼に、
「僕はSORA、 漢字で「空」でもなく、ひらがなで「そら」でもなくアルファベットで大文字の「SORA」・・・自分でつけたんだけどね。」
「へー、良い名前だね。」と言いながら、彼は初めて微かに笑顔を見せてくれた。
「あの、嫌じゃなければ僕が君に名前をつけてもいいかな?」
咄嗟に訳の分からない事を言ってしまった。
「え?」と言いながら彼がこちらを向く。
何となくだが、少ししてから彼が口角をちょっとだけ上げたように見えた。
「じゃあ、(Ray)ってどうかな? カタカナの「レイ」でもなくアルファベットの大文字のR、その後に小文字のayで(Ray)。何故かというと、君が「ありがとう」という言葉を何度も使っていたから。だからお礼を何回も言う人という事で(Ray)」
「・・・うん・・・。」
「良いね。それ・・・(Ray)か・・・、なんかカッコいいね。ありがとう。」
「ほら、また言った。ありがとう、って」
「ほんとだ。」
実際のところ、「EP」で目が隠れて表情は分からなかったが、とりあえず喜んでいるのだと勝手に思う事にした。これがRay との最初の出会いだった。
その後、お互いに手首に装着されている「IDブレス」で情報交換をし、また連絡を取り合う約束をしてその場を後にした。
そしてこの時はまだ、私にとって楽しくもあり、さらには今までにない激動の日々が待ち受けているなんて事は、想像もしていなかった。
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