第31話 うちの子になりますか?

「シエルさんを探しましょうか」パラエナは笑顔を取り繕って、「広い屋敷だから……迷子にならないように」


 というわけで3人に分かれて、智介ともすけたちはシエルの捜索を開始した。


 3人とも1人になりたい気分だったのだと思う。だから3人一緒に行動しなかったのだと思う。一緒にいることも大切だが、同じくらい1人でいることも大切なのだ。


 智介ともすけは屋敷をフラフラ歩きながら、


「……探すと言ってもねぇ……」得意技の独り言を炸裂させる。「屋敷の構造なんて詳しないからなぁ……せや、とりあえず屋敷を外から一回りして、外観を確認しよか。それから探したほうが効率がええやろ」


 屋敷がどれくらいの大きさなのかも、完璧には把握していない。その状態で探しても迷子になるだけだ。


 というわけで智介ともすけは屋敷の外に出た。屋敷の外と言っても敷地内なので、庭に出たと表現するほうが正しいかもしれない。


 美しい庭を眺めながら、智介ともすけは屋敷の裏手に回った。


「……結構距離あるな……」屋敷の側面を歩くだけで疲れてきた。「この屋敷の中を探すのか……」


 骨が折れそうだ。スマホでもあればいいのに。


 屋敷の外を一周しようとして、左に曲がったときだった。


「お……」不意に人影が見えて、智介ともすけは建物の影に隠れた。「……こんなところに人……?」


 その人物は何やらうずくまっていた。お腹でも痛いのかと思ったが、どうやら違う。


「……猫……?」その人物は地面にいる猫を撫でていた。「……ずいぶん懐いとんな……」


 猫はその人物に腹を見せて、プニプニと撫でられていた。抵抗する様子も嫌がる様子もなく、されるがままにされていた。相当信頼しているようだった。


 その人物は猫を撫でながら、


「人間と出会ったら、もう少し警戒したほうがいいですよ」抑揚のない小さな声だった。「懐いてくれるのは嬉しいですが、少しばかり無警戒すぎるかと」

 

 猫に敬語で話しかけている。なんだ喋る猫なのかと思っていると、


「にゃー」当然のことながら猫は鳴くだけだった。「にゃ」

「わかってくれましたか?」

「にゃー」

「かわいい」同意しよう。猫はかわいい。「うちの子になりますか?」

「……」

「それは残念です」


 その人物……その少女は猫にフラれていた。もちろん言葉は通じていないから、猫が偶然のタイミングで鳴いたか鳴かなかったか、というだけなのだが。


 そのまま猫は立ち上がって、どこかに歩き始めた。様子を見る限り、別に飼い猫ってわけでもないようだ。


「さようなら」少女は猫に手を振って、「ご縁があれば、またお会いしましょう」


 ……


 なんでこの子は、屋敷の裏手で猫と戯れているんだ……? これはツッコミどころなのか? いや、ただの散歩か?


 ともあれ……なんとなくこの子の正体も掴めてきたので、声をかけてみる。


「こんにちは、お嬢さん」


 智介ともすけが声を掛けると、少女は驚いた様子もなく振り返った。


 ……


 青い髪をした少女だった。年齢はおそらく智介ともすけよりもいくつか下。アルトよりは年上に見える。15歳とか、それくらいだろうか。


 ……なんとも表情が変化しない少女だった。笑いもしない驚きもしない。機械のような表情。冷たさすらも感じる。


 少しラファルに似ているだろうか。金髪のラファルと髪色が違いすぎるのはツッコミどころか……? しかし顔のパーツは間違いなくラファルとの血縁を感じさせる。


 彼女は少し首をかしげて、


「申し訳ございません。どなたでしょうか」

「ワシは井内いうち智介ともすけって人間や」お笑い芸人と名乗るべきか迷ったが、「今は便利屋の下っ端をやっとる」

「便利屋さん、ですか」

「ああ。シエルっていう女の子を笑わせてほしい、って依頼を受けてな」

「私のお客様でしたか。これは失礼しました」


 ……やはり彼女がシエル・エトワレ本人だったらしい。


 たしかにまったく笑顔がない。愛想笑いすらも見えない。いや……笑いどころか他の感情も見えない少女だった。


 彼女……シエル・エトワレは深々と頭を下げて、


「おまたせしてしまい、申し訳ございません。猫と戯れておりました」

「いや……ええよ。急に押しかけたのはこっちやし」時間の指定はなかったのだ。「他にも依頼を受けた人間がおるから……時間があったら、ちょっと来てくれる?」

「承知しました」いちいち礼が深い少女だった。「ですが……1つだけ先にお伝えすることがあります」

「なんや?」

 

 シエルは智介ともすけをまっすぐ見つめていた。


 吸い込まれそうな瞳だった。でも目を逸らしてはいけないと思った。


「おそらくですが、私が笑うことはないと思います」

「へぇ……そうなん?」

「はい。努力はしているのですが」努力してやるようなものじゃないが。「私には笑うという機能が存在しないのだと、そう思っております」

「なるほど……」智介ともすけは笑顔を見せて、「それはやる気が出てくるな」


 彼女の初笑いは自分ということだ。なんと栄誉なことなのだろう。


 ……


 笑えないと言われたら逃げられない。むしろ気合いが入った。


 この依頼……絶対に成し遂げて見せる。目の前の少女の笑顔を引き出して見せる。

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