第30話 読めない男
応接室から脱出して、
「……ふぅ……」
少しだけ肩の荷が下りた。やはりあんな高級な雰囲気にはついていけない。
「お疲れだね」
同じく部屋から出てきたアルトが、余裕の表情で聞いてきた。
「……キミは余裕そうやな……」
「奴隷扱いされないだけ上等かな。殴られもしなかったし、犬のエサも用意されなかったよ」
「……」この少年も苦労してるんだな……「……ワシだけ大甘やな……」
恵まれた国に恵まれた環境で生まれて、差別されることもなくスクスクと育った。やはり現代日本は素晴らしい国だ。その生活を失ったからこそわかる。
アルトが言う。
「シエルさんを探すの?」
「それもあるけど……まずはパラエナやな」
言って
「探してどうするの? かける言葉は持ち合わせてないでしょ?」
「それはそうやけど……ほっとくわけにはいかんやろ」
「それはお兄さんもでしょ?」意外な言葉が返ってきた。「ボクも同じだよ。命の恩人が傷つけられるのなんてみたくない」
「せやな……」
理由なんてそれだけで充分だ。
そんな彼女が傷ついたのなら、その傷を癒やしてあげたい。ただそれだけ。
廊下の角を曲がると、
「心配してくれてありがとう」パラエナが壁に背をつけて立っていた。「でも大丈夫。これは仕事。割り切ってるわ」
「……了解……」本人がそう言うなら、追求はしないでおこう。「貴族ってのは、あんなのばっかりか?」
「全部が全部そう、ってわけじゃないわ。でも多数派なのは事実よ」そりゃ生きづらそうだ。「階級、財力、人脈……それを彼ら彼女らは追いかけ続けてる。自分にとって不要なものは低俗で、ゴミ。そんな価値観で生きているのよ」
「目標のために、それ以外を蹴落とすのは悪いことちゃうけどな」
価値観というのは異なるものだ。別に
ただ腹が立つ、というだけの話。
「……とりあえず……エトワレ家が危機的状態なのは確かみたいね。財力的に落ちてきてるのかしら。せっかく『バーリオル事件』を乗り切ったというのに……」
バーリオル事件……? なんだろう……歴史のお勉強の匂いがする。お勉強は苦手なので聞かなかったことにしよう。
しかしエトワレ家が財力的に落ちてきている……?
「……そうなん?」
「紅茶を飲んで、どう思った?」
「美味しかったけど?」
「そうだね、たしかに美味しかった。でも……最高級品としては面白くない味だった」
パラエナが答える。
「詳しいのね」
「気づいてると思うけれど、ボクは人間じゃないからね。お母さんが狼だったから」あっさりとカミングアウトするものだ。「味覚は人間より鋭いよ。あれが最高級品だとするなら、ボクはいらない」
「あれはスピールじゃないわ。味は似せてあるけれど……本物には遠く及ばない。もちろん美味しかったけれど……アルトくんの言う通り最高級品ではないわ」
……そうなのか……全然気づかなかった……普通に美味しくいただいていた。ああ、さすが高級品だなぁ、なんて思ってた。
パラエナは歩きながら続ける。
「別に最高級品を出すことだけがおもてなしじゃないわ。問題なのは銘柄を偽ること。そして……それでごまかせると思っていること」ごまかせるのは、どこかのショボい男だけ。「資金繰りに困ってるみたいね。でも体裁は保たないといけないから、銘柄を偽って客人に提供する」
……なるほど。ガジーナの『ふむ……3つしか用意できなかったのか? ずいぶんと落ちぶれたようだ』というセリフは的確だったのかもしれない。
そして図星だったからこそ、ラファルは素直に従ったのかもしれない。
パラエナは続けた。
「ワタシは飲んでから気づいたけれど……ガジーナって人は匂いと見た目だけで見抜いてたみたい」だから落ちぶれた、なんて挑発をいきなりぶち込んだわけだ。「……なんなのあの人……読めない男」
おや……? 案外パラエナはガジーナに心惹かれているのだろうか?
……こういうのって転生してきた男は女性に好かれまくるイメージだったのだが……
……
いやいや……ワシは何を考えとんねん。ワシには彼女が――おらんかったわ。
……
ダメだ。気がつけばマキの事ばかり考えている。マキという女性は
――
……フラれたときの言葉が蘇った。
笑顔……笑顔……
シエルという女性を笑顔にできたら、少しくらいはマキも見直してくれるだろうか?
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