第28話 彼女は俺の恋人だ

 ピエ山は高笑いとともに去っていき、ガジーナは取り残されていた。


 ガジーナは言った。


「仲間Cは辺境でスローライフを満喫しているらしい。奴隷の少女を助けて惚れられて、ハズレスキルと罵られた複製能力で無双しているようだ」


 取ってつけたような後付け情報。全然興味ない。おそらくこの物語に今後、仲間Aたちが絡んでくることはない。


 しかし複製能力かぁ……ワシも欲しかったなぁ、と智介ともすけは思った。


 そういえば自分自身の特典とやらは結局なんなのだろう。まだ不明だ。


「終わったかしら?」パラエナが近づいてきて、「屋敷の中に入る許可が出たらしいわよ」

「そ、そうか……」もう疲れた……帰りたい……「じゃあ……行くか」

「……お疲れ様……」

「おう……」


 疲労がすごい。理解できないことを必死で理解しようとした結果、脳が混乱している。


 ともあれ便利屋パッちゃんの面々とガジーナは屋敷の中に入った。


 当然のことながら内装も豪華だった。絵画やら鎧やら装飾品やら、どれもこれもピカピカに輝いていた。智介ともすけとしては逆に居心地が悪かった。


 そして白い階段から、ドレス姿の女性が下りてきていた。


「エトワレ家へようこそ。S級パーティのガジーナさん」


 金髪ポニーテールの女性だった。年齢としては智介ともすけと同じか、少し下くらい。


 美しい笑顔だった。計算された笑顔。要するに愛想笑い。初対面なのだから当然か。


 彼女は明るい声で、


「世界最高の男と名高いガジーナさんにお越しいただけるとは……愚妹のことであなたほどの男を呼び出すのは気が引けますが、こちらにもいろいろと事情がありまして」

「そちらの事情は関係ない。これはビジネスだからな。俺は依頼をこなし、そちらは報酬を支払う。それだけの関係だろう?」

「ええ……そうですね」彼女は優雅に頭を下げて、「申し遅れました。私はエトワレ家の長女、ラファル・エトワレと申します」


 彼女――ラファル・エトワレ。笑わない少女シエル・エトワレの姉であり、エトワレ家の長女。


 なかなか一筋縄ではいかない相手に見える。やはり貴族のご令嬢とあって、修羅場は経験していそうだ。


 ラファルはパラエナを見てから、ガジーナに聞いた。


「そちらの方々は、パーティメンバーの方ですか?」

「いや、便利屋の人間たちだ。たまたま訪問の時間が同じだった」

「ああ……」ラファルは鼻で笑ってから、「どうりで汚いと思いました。低俗な匂いがします」

 

 おお……なかなかの先制パンチだ。さっきのピエ山のインパクトには及ばないけれど。


 ……一応、服やらは持っている最高のものを選んでもらったんだがな。しかしこの家に入るには、少しドレスコードに問題があったかもしれない。


 ラファルはパラエナに向かって、


「あまり近寄らないでくださいね。それと……極力屋敷のものには触れないように。低俗な匂いがついてしまいますからね」

「……努力します……」


 パラエナは愛想笑いを保っているが、爆発寸前に見えた。見かけによらず短気な女だからなぁ……


 さてラファルに物申したのは、意外なことにガジーナだった。


「彼女は俺の恋人だ。侮辱することは許さん」

「おや……これは失礼しました」裏表の激しい人だ。「そうとは知らずご無礼を……」


 パラエナはため息をついてから、ガジーナに小声で言う。


「……アナタの恋人になった覚えはないけれど……」

「俺はいつか必ず、お前を手に入れるんだ。宣言しておいてもいいだろう?」

「……」

「それに、恋人ということにしておいたほうが得策なんじゃないか?」


 だろうな。そんなことはパラエナだってわかっている。舐められた状態で話が進むか、少しでも立場を得て話が進むか。明らかに後者のほうが仕事が楽だ。


 しかし効率とプライドは別である。


「でも……」

「またガラスコップをぶちまけるか?」ガジーナは見透かしたような笑顔で、「お前1人なら、それも問題なかろう。だが……今は従業員がいるだろう?」


 智介ともすけとアルト。パラエナはその2人に報酬を払わないといけない。その立場になってしまったのだ。

 

 そのためには仕事を成功させないといけないのだ。潰していい依頼ではない。


「使えるものは使っておけ」ガジーナはパラエナの肩に手をおいて、「それが生きるということだ」

「……」パラエナは悔しそうな表情でガジーナを睨んで、「……アナタ……ろくな死に方しないわよ」

「お前に殺されるなら本望さ」


 交渉成立。契約成立。これで2人は擬似的に恋人関係になった。


 ヒソヒソ話をする2人にラファルが聞く。


「どうかなさいましたか?」

「ああ……悪いな」ガジーナが上機嫌な様子で、「あんたが美人だったから、彼女が嫉妬しちまったみたいだ。心配せずとも、俺はパラエナ一筋だよ」

「あら……お熱いカップルなんですね」


 そのままガジーナとラファルは世間話をしながら、廊下を歩き始めた。ガジーナはあの手の対応に慣れているようで、実に軽妙な会話を繰り広げていた。


 階段の下にパラエナが取り残されて、


「……自分の力で生きていく、と誓ったハズなのにね」自重するように笑って、「気がつけば……なんにもできてない。振り回されて、従うだけ」


 歯ぎしりが聞こえてきそうなくらい悔しそうな表情だった。


 フォローしてみる。


「それも含めてパラエナの力やろ。ガジーナの言う通り、利用できるもんなら利用したらええよ。もちろんワシのこともな」


 ガジーナは、パラエナの美貌という力に引き寄せられてきたのだ。ならばそれもパラエナの力である。パラエナ本人は納得しないだろうが。


「……そうね……」パラエナはため息とともに力を抜いて、「……ありがとうトモスケくん。少し楽になった」


 ……


 なんだかパラエナも、人に言えない事情を抱えているようだ。人間が生きていれば、そんなこともある。


 それはいい。彼女だってまだ20歳にもなっていない若者だ。悩むこともあれば間違えることもある。


 なにより……


「ワシらのために我慢してくれたんやろ? その心遣いを受け取っとくわ」


 従業員を食わせないといけない。その店主としての考えがパラエナを踏みとどまらせたのだ。きっと彼女1人だったら手が出てたのだろう。


 それはたぶん成長というものだ。


「……ありがとう……」

 

 パラエナは少し笑顔を見せて、そういった。その笑顔はいつもの取り繕った笑顔より魅力的に見えた。


 ……


 ……


 とにかく……1つだけ言わせてくれ。


 さっきのガジーナは……ちょっと前までのガジーナと同一人物なのか? ピエ山とアホみたいな会話を繰り広げていた男と同じ人間なのか?


 わからん……ガジーナという人間がわからん。この世界がわからん。


 ……


 なんもわからん。どうしたらいいんだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る