第13話 なにかついてる?

 突然現れたオーブンに驚いて、戦闘は一瞬だけ止まっていた。


 せっかくだ。このチャンスにステータスを覗いてやる。


 もう一度、心の中でステータスオープンと唱えると、


「デカーい!」50メートルはあろうかという巨大な黒い板が出現した。「デカすぎるやろ! 文字読まれへんわ!」


 おそらくこれがステータスウィンドウなのだろう。初期のドラ◯エの戦闘画面みたいなウィンドウなのだろう。デカすぎて文字はまったく読めないが。


 しかも……


 少年が言う。


「なんか倒れてきてない……?」

「え……?」見ると、たしかに巨大な黒い板がこちらに傾いてきている。「あ……ホンマや――ってヤバいやん!」


 壁が倒れてきているようなものだ。そんなものを食らったらひとたまりもない。ペチャンコに潰されて人生の終わりだ。

 

 智介ともすけは少年を抱えて、ウィンドウが倒れてこない場所まで必死に逃げた。そしてそれは兵士と貴族様も同じで、全員が必死の形相で逃げていた。


「よし……ここまでくれば……」智介ともすけが安全地帯で振り返ると、「ちょ……! 兵士さん……!」


 兵士の一人が逃げる最中に転んでいた。しかもその場所は……まだ安全地帯ではない。


 このままでは明らかに潰される。あのウィンドウの重量がどれくらいか知らないが、大怪我では済まない。間違いなく命に関わる。


 考えるよりも先に、智介ともすけは走り始めた。少年を安全な場所において、兵士に向かって走り始める。


 もう壁は寸前まで迫っていた。死の恐怖に冷や汗が出た。


「こっちや! 早く!」

「あ……足が……」その兵士は蒼白顔で、「足がすくんで……!」

「言うてる場合か……!」しかしすくんでしまったものは仕方がない。「ああもう……! 引っ張ってくで!」


 智介ともすけは兵士の手を掴んで、全力で引っ張る。


 成人男性1人分と、さらに重厚な鎧の重量である。簡単に引っ張ることはできなかった。


 それでもズルズルと引きずっていく。その間も、当然のことながら壁は迫ってくる。


 ……


 決死の覚悟で引きずっていくが……


「アカン……間に合わへん……!」

 

 壁はもう眼前に迫っていた。その壁に髪の毛が触れて、死という概念を間近に感じた。


 走馬灯みたいなものが見えた。宴会芸でトップバッターを任されて滑り倒して泣いて歩いた帰り道――ってなんでそんなこと思い出さなアカンねん! せめて死に際くらい良い思い出を――


 すべてがスローモーションに見えた。

 

 死ぬと理解して、全身の体温が急激に下がった直後、


「ずいぶんとお人好しなのねぇ……」

 

 突然体が空中に浮いた。誰かに放り投げられるように、智介ともすけの体は引っ張り上げられた。


 その直後、轟音。ウィンドウの壁が地面に倒れ込んで、大きな音と砂煙が巻き起こった。


 それを見ているだけで寿命が縮まる思いだった。もしあれに巻き込まれていたら……


 智介ともすけの隣で、潰されかけていた兵士が青い顔をしていた。助かってはいるが、この様子だとかなりのトラウマになったようだ。


「そんな敵方の兵士、放っておけばいいのに」悠々とした女性の声が聞こえた。「どうして助けたのかしら。見る限り……味方ってわけじゃないのでしょう?」


 その女性は智介ともすけの隣に立っていた。


 背の高い女性だった。おそらく智介ともすけと同い年くらい……18から20くらい? そのくらいの若い女性だった。


 痩せ型で長身。その妖艶な雰囲気と、大人びた表情と……短い髪はなんだかアンバランスな気がした。ロングヘアのほうが似合いそうだと思った。


 ……


 マキに似てる。そう直感的に思った。


「ワタシの顔に、なにかついてる?」

「ああ……いや……」見とれていた、とは言えない。「……助けてくれて、ありがとう……」

「助けたわけじゃないわ。2つほど聞きたいことがあるの」何でも応えよう。「まず1つ。なんで兵士さんを助けたのかしら? 見捨てたほうが良かったんじゃない?」


 ……智介ともすけたちは兵士から逃げようとしていたのだ。ならば兵士が1人消えたほうが楽だった。


「なんでやろな……さすがに殺すのはアカンかと思ったから、かな」智介ともすけは肩をすくめて、「そもそもワシのせいやし」

「……?」

「あの壁みたいなのを出したの、ワシやから」

 

 ウィンドウの壁である。あそこまで巨大なものを出現させるつもりはなかったが……とにかく智介ともすけの意思で出現させたものだ。


「アナタが出したの?」

「そうみたいやな」

「じゃあ2つ目の質問。あの黒い壁みたいなのは、なに? あんな巨大な物体、見たことないわ」


 ……ただの好奇心からの質問。そんな感じだった。大人びた雰囲気だが、中身は好奇心旺盛な子供なのかもしれない。


 ともあれ答える。


「ワシもわからん……ステータスウィンドウやと思うんやけど……」

「ウィンドウ? それって他人に見えるものだったかしら……?」

「……本来は見えへんの……?」

「そのハズよ」

 

 ならばなぜ智介ともすけのウィンドウは見えたのだろうか?


 女性は智介ともすけに手を伸ばして、


「とにかく……逃げましょうか。この場に留まるのは得策ではないでしょう?」

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