笑顔になれないから
第1話 さっきスベってたやつか
そういうのはAVだけで充分だ。
実際に痴漢を見たときの第一感想はそれだった。
少し大きめの劇場のお笑いの舞台に出演したときだった。
「あー、今日もそんなにウケへんかったなぁ。最近スベり続けてるからなぁ……爆笑させたいなぁ。次はウケたいなぁ……」
やはり大きな舞台を手に入れるためには、自分から行動しなければならない。
その途中、芸人仲間の雑談の声が聞こえてきた。
「あの地下アイドルの子、メッチャかわいかったなぁ……あれは間違いなく有名になる」
お笑いとアイドルの融合、というのが今回の舞台のコンセプトだった。というわけでアイドルの人たちも出演していたわけだ。
ハッキリ言ってコンセプトの意味はわからないが、売れないお笑い芸人である
「そうだなぁ……かわいいし優しいし礼儀正しいし。ああ、あんな彼女ができたらいいなぁ……」
たしかにあの子は美人だったと思う。だが
そもそも
ともあれ
「すいません。
返事はなかった。室内にいないのかと思っていると、
「……?」
部屋の中から物音がした。なにか作業中なのかと思ったが、そんな感じでもない。
……
少し耳を澄ませてみる。盗み聞きは趣味が悪いと思ったが、なにか緊急事態のように思えた。
「――! ――」
女性の声に聞こえた。それも悲鳴に近い声。怯えと恐怖が入り混じった声が室内から聞こえた気がした。
そして室内に叫ぶ。
「おい! なにしとんねん!」
その現場は痴漢……いや、もはや性加害寸前の状況だった。
支配人がアイドルの女の子を押し倒していた。彼女の衣服は乱れていて、口は支配人の手で塞がれていた。
……
なんでこんなことを、鍵を開けたまま始めようとするのだろう……せめて閉めろよ、となんとなく思った。
支配人は突然現れた
「な、なんだお前は……!」
「お前なんかに名乗る名前はない……!」
「さっき名乗ってただろ……!」そういえばノックしたときに名乗ったな……「
……やっぱスベってたかぁ……
「今それは関係ないやろ……」
「やめておけ。私に手を出せば、お前を舞台に上がらせないようにすることもできるんだぞ? 逆に見逃せば……さらにお前を大きな舞台に上げてやろう」
……
ハッキリ言って魅力的な提案だ。このまま室内を出るだけで、さらなるステップアップが望めるのだから。
だが……
「目の前で泣いてる女の子を笑顔にできんやつが、お客さんを笑わせられるわけないやろ」
「……正義の味方気取りが。後悔するぞ? 私に逆らったことを、すぐに後悔させてやる!」
「やってみろや。ワシは人生に後悔なんてせぇへん」
だからお笑い芸人の道を選んだのだ。後悔する選択肢など選びたくない。
ここで彼女を見捨てて逃げれば、
「ガキが……!」
支配人は血走った目で、
「警察呼ぶで」上着を脱いで、その上着の袖で支配人の腕を縛り上げた。「後悔するんは、そっちや」
腕を縛ってから、今度は靴下で支配人の足も縛る。お気に入りの上着と靴下だったが、背に腹は代えられない。
さて支配人を縛り上げて、俺はアイドルの女の子に駆け寄った。
「ケガはない? 怖かったやろうけど、もう大丈夫――」
その瞬間、右の頬に強い衝撃が走った。
眼の前の女の子に殴られたのだと、一瞬して理解した。
……
……
なんでワシが殴られんの……? なにこれ? 陣◯のコント?
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