第30話 創世の物語3
「……んっ♡……ああ、いいわ……若いって……んう♡………素敵♡」
突然のありえないような快感に、優斗の意識が急浮上する。
目に飛び込んでくる女性の体。
包み込まれる咽かえるような心奪う女の匂い。
たわわなものが目の前で躍動している。
何より体の芯を甘美な快感がまるで波のように押し寄せてくる。
「うあ……な、なにが……ス、スフィア…さん?!……う、うあ、ああっ!!」
「ああ、素敵♡……んう、ああ、あんっ♡……うあ、ああああああっっっっ!!!?」
躰をのけぞらせ恍惚の表情を浮かべるスフィア。
同時に熱い衝動が優斗の全身を駆け抜けた……
※※※※※
意味が分からない。
なんだこれは?
茫然とまとまらない頭で優斗は思い出そうとする。
全てがまるで靄に包まれたようで……
「んふ♡……なあに?怖い顔して……あんなに私を求めたくせに……激しかったわ?まるで獣みたいに……ふふっ」
やたらとでかい高級そうなベッドの上。
生まれたままの姿の二人は申し訳程度にシーツに包まれていた。
隣で白い肌をピンクに染め、しなだれかかってくるスフィア。
彼女のほっそりとした指が優斗の頬を撫でる。
「あの、ぼ、僕……その、す、すみません……何が、なんだか……」
喫茶店でコーヒーを飲んでいたはずだった。
店からの記憶がない。
思い出せない。
「安心して?責任とかつまらない事は言わないわ。でも、素敵だったでしょ?私の体」
「っ!?」
「良いのよ?いつでも、何度だって……私優斗が好きなの。……ねえ、うちに来ない?あなたが副社長。そしてあなたのお兄さんは顧問なんてどうかしら」
何故か恐怖を感じてしまう美しすぎる青い瞳が、真っ直ぐ優斗をのぞき込んでくる。
まるで心の中を洗いざらい暴くような、そんな瞳が。
『……奪え……そして壊せ………くくくっ、くはは、うははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』
突然頭の中に、忘れていた声が、あの悍ましい何かが優斗の精神に干渉する。
「うぐっ、うあ、ああ、あああああっ!!?」
『解き放て。お前は許された。何をためらう?欲しいのだろ?感じたいのだろう?穢してみたいのだろう?私が許す。奪え、穢せ、蹂躙しろっ。くくく、力は甘美ぞ』
「うあ…ぼ、僕、は……うあっ、か、体が?勝手に?!」
突然優斗はスフィアを押し倒し、たおやかな彼女の双丘を壊れるくらい強くつかみ、形が変わるほど手を激しく動かす。
しびれるような快感が躊躇する思考を追い出し、本能に、体中に駆け抜ける。
「あんっ♡……ちょっ、ちょっと、優斗君…うあ、痛い……い、いや……」
「ああっ、違う、これは……うぐあっ!??」
視界が黒く染まる。
同時によく分からない嗜虐的な欲望が沸き上がってくる。
感じる女性の体にまるで操られるかのように優斗はまさに蹂躙を開始した。
「ひぐっ、うああ……いや、やめて……あうっ!??……ああっ……」
※※※※※
気付いた時……
蹂躙されつくし、あちらこちらから出血し、ぐったりとうつろな瞳で涙を流しているスフィアの姿が目に飛び込んできた。
「……う……あ?……え?!……」
スフィアの白すぎる体に刻まれた幾つもの痣と傷。
美しい顔までもが、殴られたように腫れていた。
細い首には絞められた跡まではっきりと刻まれていた。
突然脳裏に男たちに穢され泣き叫ぶ妹と母の姿が、スフィアと被る。
まるで心臓を冷たい手でつかまれているような悪寒が全身を貫いた。
「嘘、だ……ぼくが…こんな……違う……あいつらと……ぼくは……うあ……あああ……うああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
頭を抱え、錯乱し泣き叫ぶ優斗。
その様子に、一瞬にやりと怪しい目をしたスフィアに気づく事はなかった。
「……ふふっ……あと一押し……かしらね」
一瞬で傷が消えたスフィアは叫び続ける優斗をちらりと一瞥し、まるで溶けるようにその姿を消した。
※※※※※
「おいっ、てめえ。……どういうことだ?なんだこの部屋?お前…」
「今日から僕が社長だ。兄さんは副社長。……もう安心だよ」
あの日から3日。
ずっと連絡の取れなかった優斗から突然届いたメール。
心配した会社の全員で探したにもかかわらず一向に足取りがつかめず、警察に捜索願を出す直前だった。
それなのに悪びれた風もなく淡々と話す優斗に大地の怒りが爆発した。
「ふ、ふざけるなっ!!どれだけ俺たちが、みんなが心配したと思ってるんだっ!!」
胸ぐらをつかみ睨み付ける大地に優斗は優しげな瞳を向ける。
「っ!?」
しかしその瞳は……見覚えのある瞳には……あの時の絶望を彷彿させる、何もない虚無が広がっていた。
「……奏多さん?……お世話になりました。でも良いよね?……僕も兄さんも、もう恩の分くらいは働いたでしょ?……さよならだ」
「お前、何言って……」
「兄さん。もうだめだよ?今のままでは壊されてしまうよ?……僕は兄さんだけは絶対に失いたくないんだ。……そうだ李衣菜さん?うちに来ない?うちのチーフプログラマー『ケヴィン・マクガイヤー』があなたに興味があるんだって。……僕もそうなれば嬉しいな♡」
ケヴィン・マクガイヤー
今をときめくプログラミング界の世界的な大天才だ。
その名にちらりと一瞬奏多に目を向けた李衣菜の目の色が変わる。
「……優斗君?本当かい?!……わかった。私は安くはないぞ?」
「ええ。歓迎いたします。………あれ?まだいたの奏多さんたち。出口はあちらですよ?僕達新しい仕事が盛りだくさんで1秒でも惜しいんだよね。……関係者以外はお引き取りを」
茫然と佇む奏多達5人を、明らかに裏社会の匂いを纏う男たちが部屋から出るように促す。
「そうだ。ねえ奏多さん。……『魔に侵されし帝国』あれは兄さんの原案だ。僕たちがちゃんと発売までこぎつけるから……ああ、データはもう確保したよ。じゃあね」
日常が狂い始める。
奏多たちは一瞬で、まるで両腕をもがれたような絶望に打ちひしがれていた。
※※※※※
1年後。
自分たちが発売するはずだった『魔に侵されし帝国』が優斗たちのダミー会社から発売された。
全てを奪われまさに優斗の下請けと成り下がっていた奏多達。
優斗の無茶な仕事で疲弊していく奏多と真奈。
愛娘である美緒に、魔の手が、優斗の策略がすでに1年以上前に取り込んでいたことに気づく事が出来なかった。
魅了と呪いに包まれていたゲーム。
国民的RPGドラゴンレジェンドの初期の物。
美緒が『魔に侵されし帝国』に憑りつかれるトリガーをこの時すでに植え付けられていた。
優斗の作る、いや創世神となった大地の思い描く世界を奪い取り改良を加え、それに取り込み救わせ―――
そして滅ぼすために。
それからさらに3年後。
美緒が15歳の時。
両親は事故に遭い帰らぬ人となる。
車が細工され、ブレーキが効きにくくされていた。
何も知らない美緒を残して。
その時優斗の最期の良心のカギだった大地は。
原因不明で既に意識を失い、植物状態で入院を余儀なくされていた。
優斗は完全に壊れた。
奏多たちの葬式で泣き崩れる美緒を優しい瞳で見つめる優斗。
「はは、は。……ほら、やっぱりそうだ。……すべては失われる。可哀そうな美緒ちゃん。でも心配いらないよ?君はあっちで幸せになるのだから……さあ作ろう。そして壊そう……僕は力を手に入れた」
傍らに怪しい魔力に包まれた『ミディエイター』の称号を持つ、本来絶対的な中立であるはずの『調停者』スフィアを従えて。
すでに違う世界の神、虚無神に惑わされ眷属に落とされていた彼女を。
そして物語は本格的にスタートする。
絶望の物語が……
世界線を、時を、次元を超えて。
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