第28話 創世の物語1
とある世界線。
ぼろいアパートは遮音性などないに等しい。
カタカタとパソコンを睨み付け持ち帰った仕事に没頭していた黒木大地はおもむろに栄養剤をあおり、苦々しい表情で弟の優斗に言い放った。
「おい、てめえ。うるせえんだよ。どうして態々窓を開けやがる?ただでさえ遮音カスなのにさらに虫と騒音が俺を邪魔してるだろーが」
怒り狂いながらも慎重にエンターキーを押しどうにか仕上げたデータを送信。手にしていた空瓶を投げつける。
ひょいっと避けて涼しい顔で優斗は大地にニッコリ笑顔を向けた。
「やだなあ。そんなに怒るなよ。禿げるぞ?……ただでさえ兄さんは仕事量が多すぎなんだ。たまにはすっぽかしちゃえよ。そうすれば連中だって少しは懲りるでしょ?大体僕たちまだ学生だぞ?単位どうするんだよ」
彼ら二人は共通の友人、というか恩人でもある10歳年上の人と共に2年ほど前から会社を立ち上げており、今はその締め切りに追われまさに大地は一睡もせず仕事をこなしていた。
まだ大学3年生である彼らだが兄の大地はプログロミング、優斗は交渉力で会社にとってなくてはならない存在だった。
「大体てめえがキャパ考えずに契約とるからだろーが。俺達を殺す気か?このドS野郎が」
「やだなあ。適正だよ?最も兄さん以外が頑張ればの話だけどね?そもそもなんで持ち帰るかな。兄さんこそドMだよね」
会社は今総勢8人。
社長である二人の友人、
「しょうがねえだろ?奏多さんの娘の美緒ちゃんが季節外れのインフルエンザでダウンしてんだ。真奈さんだって疲れ果ててクマを張り付けた酷い顔で頑張ってるんだぞ?一番若い俺らが頑張らないでどうすんだよ」
「そうだけどさ。大体から琢さんがコミケとか『あほ』なこと言ってるからだろ?あの人が2日間も抜けてなきゃとっくに終わってるんだよ?」
「聖戦」
「は?」
「コミケは琢さんにとって聖戦なんだよ。知ってんだろーが、お前だって」
「はあ――――――――ったく。兄さんたちお人よしが過ぎるんだよ。……知ってるけどさ」
さんざん文句を言いながらも優斗はちゃぶ台にチャーハンを盛りつけた皿を置く。
付け合わせにレタスサラダを添えて。
何気に気の利く男だ。
「まあよ。何しろ社長が奏多さんだからな……取り敢えずこれで危機は去っただろ。……いただきます。あむ…っ!?旨まっ!?……お前器用だよな」
「まあね。こんくらいは余裕だよ。野菜も食べてね。……僕は営業しかできないからさ。家事くらいは任せてよ。何しろ兄さんはウチの稼ぎ頭だもんな。……なあ、さっきはああ言ったけど、もう大学とかどうでも良いんじゃない?僕達今、月に100以上は稼いでいるんだし。もう実家も誰もいないんだしさ。誰も何も言わないよ?」
優斗は遠い目をする。
そのあまりに感情の乗らない表情に大和はなぜか恐ろしさを感じてしまう。
「お前の言う事ももっともだけどな。……でも父さんの願いだろ?大卒の学歴。……もういねえけど、願いがなくなったわけじゃねえしさ」
「………はあ。ロマンチストかよ」
「はあ?おまえ今日はやけに突っかかるな。なんかあったのかよ」
「何にもないですよー。しいて言えば……李衣菜さんに告白されたくらいかな」
「…………………………はあああああ??!!!!!」
「あー、断ったけどね。だって彼女『超天才の私と君のたくましい社交性で作成する子供はきっと世界を統べる。さあ、種をよこしたまえ』とか整いすぎた美人顔が真顔で言うんだぜ?怖過ぎかっつーの」
「あー。やべえ、見たかのように想像つくわ」
「だろ?僕はそもそも誰とも結婚するつもりも恋愛するつもりもないよ。……無駄だし」
言いながら優斗は無表情になっていく。
そんな弟を大地は寂しそうに見ていた。
「なあ、お前さ……どうにもならない事じゃん?もう…」
「うるさいっ!!兄さんには分かんないよっ、僕が、どんなにっ……っ!?あ……ごめん……えっと……あっ、僕打ち合わせだ。……遅くなるよ。先に寝ていて」
「お、おい」
慌てて出ていく優斗に、大地はただ唇をかみしめていた。
※※※※※
2年前彼ら兄弟はある事件で両親と妹をなくし彼ら自身も意識不明の重体に陥っていた。
優斗が交渉で仕事を引き抜き、それに逆恨みしたある会社の系列である裏家業の連中に襲撃されていた。
優斗のとってきた仕事。
新たに会社を立ち上げるその者たちにとって、まさに起死回生を図る非常に重要な内容だった。
普通に考えれば優斗は悪くない。
ただ営業で勝ち取っただけだ。
しかし相手は、崖っぷちだった。
新会社の社長、そのグループの創設者の息子は以前から黒い噂のある男で、この仕事が彼にとっての最後の試金石だったのだ。
なりふり構わず、それこそかなり際どい法スレスレのことまでして取っていた仕事だった。
自身の立場を死守するために。
そんなあまりにも自分勝手で下らない欲望のために彼らの家族は……
※※※※※
主犯格の男は優斗の前で、ひとりずつ嬲り殺していく。
「お前のせいだ」
そういわれ続け、激しい暴行を受け動けない優斗をあざ笑うかのように、永遠とも取れる暴虐の限りを見せつけられて。
泣き叫びながら穢され殺される妹と母。
わざと急所を外し、体中めった刺しにされる父と兄。
その嘆きと苦しみの声が優斗の心を壊していく。
そしてピクリともしなくなった家族の後で彼自身もさらなる激しい暴行を受けていた。
なぜ生きているのか理解できなかった。
そして彼はその生死の狭間である出会いを果たしていた。
運命は弄ぶ。
奇跡的に助かっていた兄大地もまた。
出会っていた。
そして世界は。
決められた絶望に向かい動き始めた。
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