第22話 休日のお楽しみと女性陣の葛藤

エルノールに誘導され、準備を整え地下4階から転送してきた5人。

流石は秘境を守る伝説の一族。

転送先の施設も驚くほど立派なものだった。


恐る恐るドアを開け外に出た5人。

ぽかんと口を開けフリーズしてしまう。


「ははっ、我ながら信じられねえ。……マジで皇都だ」


未だ見たことのない、彼らの知識に無い遥かに文明の進んだ景色にザッカートは思わずつぶやいていた。



※※※※※



作戦が成功した翌日。

ザッカートはさっそく団員4人を連れて帝国の皇都へと訪れていた。


神聖帝国ルギアナード皇都バラナーダ。

皇都だけで人口200万人を誇るこの世界最大の都市だ。


デイブス連邦国より距離にして1200キロ。

当然だが彼らは今まで来たことなどない。


「すげー。人がたくさん……やべえ、迷子になりそう」

「お、おう。落ち着けクロット。あとあんまりキョロキョロすんな。恥ずかしいだろうが」


真っ先に立候補したレイルイドがクロットをたしなめる。

だが彼もあまりの人の多さにやや恐縮しているようだ。

いつものキレがない。


「親方、どうしやす?俺たち地理とか全くわからねえけど…」


不安げにザッカート盗賊団最年少17歳のラムダスがザッカートに問いかける。


「……おいらもちょっと怖いな」


すかさず21歳のライネイトが同意し情けない声でつぶやいた。

さっきまでの勢いはどこへやら……


そんな4人を見てザッカートはため息をつく。

そしてにやりと悪そうな顔で彼らに視線を投げた。


「俺達の目的は娼館だ。こんなでけえ街だ。あっちの人が少ねえ方へ行ってみるか。間違っても中央区とかにはあるわけねえからな。……それはそうとお前たち金はちゃんと持ってるんだろうな?……言っておくが…おごりじゃねえぞ?」


「「「「っ!?……えっ?マジっすか?!」」」」


実は4人、金は持っていない。

もちろん銀貨数枚は持参している。

だがこれは屋台などで小腹を満たすために使う予定の金だ。


そもそも娼館はデイブスでも1回大銀貨5枚。

このような都市であればきっと金貨1枚は下らないだろう。


「なんだよ。お前らだって蓄えはあるだろうに。しょうがねえな。帰るか」

「「「「親方――――」」」」



※※※※※



「おうっ、どうだった?この大都会の女は」


娼館の待合室で一人エールを飲みながら待っていたザッカートは『お楽しみ』を終え最初に戻ってきたクロットに声をかけた。


「……やべえっす。……はあ、ミランダちゃん……ふうっ。……親方っ、俺、頑張るっす。また絶対来たいっす」


目を輝かせ怪しく手をワキワキさせ腰を振って見せるクロットにザッカートはため息交じりに苦笑いをした。



※※※※※



流石に悪ふざけが過ぎたようで、さっき彼らは恥も外聞もなく往来のど真ん中で号泣し始めた。

ザッカートは本気で焦りながらも何とかなだめすかし、近くにいた『同じようなにおい』の男に話をつけ、どうにかこの娼館に4人を連れてきていたのだ。


もちろん奢り。

お一人様金貨1枚。


合計金貨4枚の大判振る舞いだ。


実は彼ら、結構金は保有している。

特にギルド本部では金の使い道がない。


ザッカートは最初から団員の分を払うつもりだった。


「まあなんだ。良かったな。……で?詳しく聞こうか?」

「うっす。まずは流石大都会っす。室内は超高級でして。……女の子も肌とかめっちゃキレイで…すげーいい匂いで……」


こういう会話は男たちの中では一つの楽しみだ。

女性からすれば眉をひそめてしまう事だろうが連帯感が増すし絆が深まっていく。

飲む・打つ・買う。

古来から男たちの心をくすぐってしまうのは仕方がない事なのだろう。

もっとも彼らの中で『打つ』は暗黙の了解で禁じられてはいるが。


続々とお楽しみを終え控室に戻ってくる団員たち。

その満足げな目の輝きに、ザッカートも心から満足し、そして。


「エルノールに感謝だな。これで俺たちは大丈夫だ」


そう確信していた。

独り言ちるザッカートの目に安堵の色が浮かんでいた。



※※※※※



その夜。

サロンでは第1陣の報告を聞くべく多くの団員が夕食を終えたタイミングで4人を取り囲んでいた。


「おい、どうだった?いい女いたか?」


美緒を信望し、何故か後ろめたさがあり今回の立候補を見送ったサンテスが真っ先にレイルイドを捕まえ顔を近づける。

余りの迫力に思わずレイルイドは顔をひきつらせた。


「お、おう。落ち着け。……大体まだここにミネアとルルーナがいるんだ。あとにしろよ」


やけに血色のいい顔でレイルイドはサンテスを手で遠ざける。

そんな様子に自分の名前を呼ばれたと思ったルルーナが声を上げた。


「ん?呼んだ?どうかしたの?」

「なんにゃ?うちの名前も聞こえたにゃ」


「うあ、い、いや、気にすんな。何でもねえよ。……そ、それよりお前ら美緒さまのところに行かなくても良いのか?まだ起きねえんだろ?」


美緒は作戦が終わってから眠りにつき、いまだ目を覚ましていない。

リンネ様が「魔力を消耗しただけよ。明日あたり起きると思う」と言っていたので二人は取り敢えず戻ってきて夕食を摂った後だった。


そもそも今回作戦に参加できなかったレリアーナが、気合を入れてうっとりとした表情でかいがいしく看病している。

何故か顔を赤らめ興奮しながら美緒の体を拭いたりしていたが……


何はともあれ今の二人にできる事はない。


「んー?さっきまで様子見ていたのよね。流石にまた行くのはね…っ!?なあに?私たちに聞かせられない話なの?」

「怪しいにゃ……レイルイドとクロット、それにライネイト?……あとラムダス?……やけに血色が良いにゃ……もしかして…」


女性の感は鋭い。

特にこの二人は団員と寝食をほとんど共にしていた。

僅かな違和感に気づいてしまう。


キラリとルルーナの目が光る。


「はっはーん。そういう事ね。……全く男どもは……はあ。……でもいいんじゃない?必要な事でしょ?」


やけに物分かりが良いルルーナに男たちは戦慄する。

これはあれだ。

しばらく口きいてもらえないやつ。

何しろ顔は笑顔だが、目が全く笑っていない。


流石兄妹。

団員たちは背中に嫌な汗をかいてしまう。


「おいおい、そこまでだルルーナ。お前も今言っただろうが。これは必要な事だ。まあ、隠していたことは謝る。が、そういう事だ」


そんな状況にザッカートがルルーナをたしなめた。

兄を上から下まで眺めるルルーナ。

大きくため息をつく。


「まあいいけどね。兄さんは行っていないみたいだし。はーい。了解でありまーす。ミネア、いこっ」

「うんにゃ?もういいのかにゃ?」

「うん。お風呂行こうよ。なんかここの空気吸いたくない」

「オッケーにゃ」


出ていく二人。

全員が大きくため息をついた。


「お前ら浮かれすぎだ。ちょっとは気を使え」

「「「「「「へい、すんませんでした」」」」」」



※※※※※



「ふうー、気持ちいい。……ここのお風呂、すっごくいいよね♡」

「うにゃー。極楽にゃ」


広い湯船に至れり尽くせりのアメニティグッズ。

ギルド本部に来てから明らかに二人はより美しくなっていた。


でも今のルルーナは釈然とせず、やっぱりため息をついてしまう。

そんなルルーナにミネアは優しい表情を浮かべていた。


「う―――――」


頭では理解できるものの、やっぱり思うところのあるルルーナは不満げに唸る。

自分達適齢の女性が近くにいるくせに、団員たちはいつまでたっても子ども扱いなのが気に入らなかった。


「……私たち、魅力ないのかな……」

「んにゃー?」


別に団員の中に意中の男がいるわけではない。

というかそういう対象で見られないほど彼らの絆は深くそして家族のように思っていた。

だけどずっと苦楽を共にした仲間だ。

何故か距離をとられているようでルルーナは寂しかった。


実はルルーナとミネアはとてもモテる。

何しろ美しく、そして女性としての魅力にあふれている。

そして何度も彼女たちは貞操の危機に遭いそうだった。

彼女たちは知らないはずだが。


だがそのたび、彼女たちを本当に大切に思う他の団員たちが人知れず粛清していた。

頭領であるザッカートだって、別に男が本気であるならば、そしてルルーナ達も同意であるのなら認めることもやぶさかではない。


しかしそうでないなら、男がただ欲の為『穢そう』というのなら話は別だ。


何より彼女たち二人は彼らにとって大切な仲間であると共に守るべくかけがえのない宝だった。


ルルーナはザッカートと8歳も歳が離れている。

両親を早くに亡くしずっと守ってきたザッカートを見てきた団員は同じような気持ちになっている。

何しろ団が発足したときルルーナはまだ8歳。

皆の妹なのだ。


そしてミネアはまだ11歳の頃、人買いにさらわれ酷い仕打ちを受けていた。

それを保護したのはザッカートとレルダンだった。

皆心を痛め、そして回復したミネアを心から祝福していた。

人を信じられなくなり殻に閉じこもっていた彼女をルルーナが根気よくずっと優しく励まして、今の明るいミネアがいる。


そんな二人を大切に思わないような『心のないクズ』はそもそも団に入れるはずもないのだから。


想いはなかなか伝わらない。


でも実は二人は気づいている。

大切に思われていることを。

彼女たちが傷つかないよう皆が慮ってくれていたことを。


だからこそ葛藤してしまう。

彼女たちもまたみんなが大好きなのだ。


「別に娼館に行く事くらい、隠さなくてもいいのに……」


「お邪魔してもいいかしら?」


そんな二人に乱入してきたリンネ。

彼女はとても少女には見えない妖艶な笑みを浮かべていた。



※※※※※



「はあ、あんたたち、揃いも揃っていい人過ぎかっ!?ミネアもルルーナも、そして男どもも!!」


一通り『愚痴とものろけとも』取れる話を聞いたリンネが最初に放った言葉がそれだった。


「まったく。マジで美緒は運がいいわ。こんなに素直で優しい人たちを最初に仲間にできて。でもこれはやっぱり危ない。……ねえ、あなた達、ちょっとは美緒をいじめたいとかない訳?」


「えっ?いじめる……っ!?ないですよ?そんな気持ち」

「にゃあ。あるわけないにゃ。美緒はうちの大切な友達にゃ」


少し長湯で若干のぼせ気味の二人が即座にリンネの言葉を否定した。


「……ごめんて。私だって本意じゃないよ。……ありがとう二人とも。……上がったら?顔真っ赤よ」

「は、はい」

「はいにゃ」


若干ふらつきながらも湯船から立ち上がる二人。

十分に一部がたわわに実ったその姿に、リンネは思わず舌打ちをする。


「…チッ」

「「???」」

「コホン。……二人だって気付いているでしょ?大目に見てあげて。あいつら心は本当にイケメンなんだからさ」

「「……はい。……しつれいします」」

「にゃ」



※※※※※



リンネは一人湯船につかり思いを馳せる。

彼女は先日美緒に告げた通り、平行世界の自分、それも時間を超越したものとまで情報の共有ができる。


もちろん制限もある。

自覚した存在のある世界線、つまり現実としてある『今の世界』については未来が確定していないし観測もできない。

予測はできても確定情報を得ることはできなかった。


しかし同じような世界線である他の世界の結末までは情報として共有する事が出来るためおおむねの事は把握できていた。


そんな中今リンネが一番重要視し、懸念事項になっている事。

ゲームマスターである美緒の存在だった。


数ある平行世界で実は美緒は2人しかいない。

そしてもう一人の美緒は悲しみの中果ててしまっていた。

もう絶対に彼女をそんな目には合わせない。

何より約束したのだ。

もう一人の美緒と……


リンネはかぶりを振る。

そして再度思考を巡らす。


「考えるのは今じゃない。何よりこの世界は大きく違い始めている。それに…」


美緒の居ない幾つもの世界。

『姿かたちのない何者か』が俯瞰し物語を進めていた。


そして知っている情報の中で、ここまで優しく美緒に有利な世界は初めてだった。


「もう一人の美緒が頑張ったからだ……あの子は苦しみぬき、そして願った」


リンネの目から涙が零れ落ちる。


「……この世界の美緒はきっと……たどり着くのよね……そしてこれこそが…アーク様の意志、そしておばあさまの願い……最後の希望。……アルディ。あんたはどう思うのかな……過干渉になるかもだけど……確認しなくちゃ」


涙を乱暴にぬぐい、彼女も風呂場を後にしたのだった。


涙を「のぼせたせい」にして……

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