第17話 まだまだ夜は長かった

ザッカート盗賊団。

デイブス連邦国で義賊として活動していた盗賊団だ。


全員が何らかの形でザッカートに惹かれ、そして助けられ、少数ながらかなりの影響力を持つ組織だ。

構成員は頭領のザッカートを含め男性18人女性2人の総勢20名。


彼らは様々な理由で盗賊団に入った。

それこそ人生に絶望していたものもいる。

そして他人から忌み嫌われ、それでも頭領であるザッカートの信念に惚れ込み行動を共にしていた。


盗賊として生きている彼ら。

当然粗暴なものも多い。

そうでなければ生きていけない背景があったのも確かだが。


だからこそ何よりも重い『鉄の掟』がある。


ひとつ、頭領の命令絶対順守。

ふたつ、女性への暴行禁止。


これが守れないものは早々に追い出されるか仲間に粛清される。


そんな彼らだがどうしても血気盛んな男性が大勢を占めるため、迷惑にならないガス抜きに対してはむしろ推奨していたまである。


今までは町で暮らしていた。

問題はなかった。


だがここは秘境リッドバレー。


「ちょっとそこまで」と言って手近な娼館で欲を発散することができない状況だ。


別に彼ら全員が部類の女好きという訳ではない。

当然娼館など利用したこともない奴だっている。


だが『いつでも行ける』という状況と『絶対に行く事が出来ない』という状況は、精神的に大きくその意味合いを変えてしまう。


人という生き物はどうしても『ないものねだり』してしまう側面があるからだ。


そんな状況の彼らは今ちょっとした『きっかけ』により暴走する可能性を秘めてしまっていた。


デイブス連邦を出立してから約10日が経過し、落ち着いて来たタイミングで今日の騒動。

まさに『大きなきっかけ』になってしまっていたのだ。


ザッカートの懸念は実は重大で逼迫した物だった。

明らかに一部の男性団員のミネアやルルーナに向ける視線に色が付きまとっていた。

熱いため息を吐き、椅子から立てない状況の奴まで居る始末だ。


先ほどエルノールから権限を付与されているザッカートは内心安堵の息を吐く。


確固たる褒美を対価として示せるという事実。

交渉においてこれは非常に有利だ。


「良いかてめえら。カシラは見ての通り俺たちに対してまったく警戒心がねえ。ここは外部からの干渉は鉄壁を誇るが内部は驚くほどザルだ。不埒な真似をしようとする奴が出ねえともかぎらねえ。警戒するぞ。絶対に守れ。……あー、それから希望者は俺が特別に『良い所』へ連れて行ってやる。詳しくは言えねえが……まあ、そういう事だ。……くれぐれもおかしな気、起こすなよ?ぶっ殺すぞ」


因みにルルーナとミネアはザッカートの指示でエルノールに許可をもらい美緒と同じフロアで寝ているためここにはいない。

流石のザッカートも男性の生理現象を彼女たちにしたくはなかったのでほっとしているところだった。


ザッカートは強い口調で言い放ち、鋭い視線で仲間を睨み付ける。

皆が大きく頷く。


「親方いいっすか」

「なんだ」

「……良い所って……あれっすか?」


手をワキワキと動かすクロット。

目には期待の色が浮かんでいる。


「たくっ。…そうだ。だからしばらくは手前で処理しやがれ」

「うっす」


22歳のクロットが大きく頷きガッツポーズ。

その様子に皆の張り詰めていたものが霧散していく。


「ザッカート」

「なんだレルダン」


「何人いける」

「っ!?ふん。敵わねえな。ったく……俺以外4人だ。詳しくは言えねえがそういう事だ」

「分かった。俺の方で取りまとめよう。いつから行けそうだ?さっきのアレで限界に近い奴もいる。死ぬほど訓練させれば収まるだろうがもって数日だ。……俺は仲間を殺したくはない」


レルダンは元騎士で今のジョブは『断罪者』だ。

仲間を助けるため上官を切り殺し、処刑されたことになっている。

瀕死のレルダンを助けたのがザッカートだった。


コイツは誰よりも仲間と規律を守る男だ。


「ああ。そうならねえようにするさ。とりあえず明後日からだな。……てめえらもレルダンに殺されたくねえならしっかり肝に銘じろ」

「「「「「うす」」」」」


「よし。とりあえず明日の作戦に頭を切り替えろ。しっかり休んで明日は俺たちの価値を見せつけてやろうぜ」

「「「「おう」」」」



※※※※※



「……眠れない」


美緒は明日のためにと早目にベッドに入っていたが、今日の出来事に興奮したせいか妙に目がさえてしまっていた。


「もう3か月以上……か。ふふっ、本当に異世界に来たんだね」


寝るたびに美緒は不安に囚われていた。

朝起きたら日本のあの部屋ではないのか、いつかアラームが鳴ってこの素敵な夢が冷めてしまうのではないか……


もう美緒は今の現実を愛していた。


ベッドから起きだし美緒は姿見の前へと足を進める。


「はあ。……これ本当に私?面影はあると思うけど……日本にいた時と全然違う……可愛い…よね……それに胸も……」


美緒はまじまじと自分を見る。

キレイに切りそろえられた艶やかな黒髪、すっと形の良い眉毛。

明らかにサイズが変わった大きな瞳。


そしてやけに育った胸。

思わず自分の胸に触れる。


「……柔らかい…ね。……前は洗濯板だったのに……不思議」


見慣れたはずの自分の顔。

でも彼女の記憶にある顔はもっと幼い。


(私、いつから鏡を見なくなったんだっけ…)


目を閉じ過去に思いをはせる。

でもなぜか情景が浮かばない。


(……記憶がない?……違う……思い出したくないんだ。私自身が……)




「美緒?起きてる?」


そんな考えを巡らせていると控えめにドアがノックされた。

美緒はドアに近づき返事をする。


「……リンネ?どうしたのこんな遅くに…っ!?」


ドアを開けリンネを迎える美緒は思わず息をのんでしまう。

そこには成長し20歳くらいの美しいリンネが佇んでいた。


「美緒、大事な話がある。良いかな」


ただならぬ様子に美緒は思わず身をこわばらせた。

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