第16話 作戦前夜の男たちの葛藤
夜は更けていく。
深夜。
リンネとの密会を終えた後しばし考えを巡らせたエルノールはさらなる訪問者を迎えていた。
そしていまその相談を受け一応の対策を講じたところだ。
自然に大きくため息がでてしまう。
「くだらない……とは言えないな」
「……リンネ様の後で良かった。そうでなければ冷静に聞けなかったな…」
※※※※※
「わりいが相談だ。知恵を貸してくれ」
リンネが部屋を退出して間もなく、そう言って来たザッカートの相談は想定だにしていない内容だった。
「娼館に行かせてほしい。このままだとカシラを悲しませちまう」
言われている意味を理解するまで数秒を要した。
そして言わんとしていることに気が付いた時エルノールはザッカートを睨み付ける。
殺してやろうかと思った。
怒りが溢れる。
「待ってくれ。あんたは分かんねえだろうが……俺たちにとっちゃ大事な話だ。俺達は褒められた存在じゃねえ。それは分かっている。だからといって傍若無人に振舞いたいわけじゃねえんだ。ルールは守るさ。だがさっきのアレに皆当てられちまった。数日は良いだろう。だが生理現象だ、いつかは破綻する。……言っとくが俺だってこんな話したくねえんだ」
ザッカートの必死な訴えに沸騰しかけた頭が冷めていく。
「……初めから話せ。すまないが私には理解できそうもない。でもお前が真剣なのは分かった」
「あ、ああ。すまん」
ザッカートはバツが悪そうに頭をポリポリと掻いてソファーに座った。
エルノールも対面に腰を下ろす。
「ふう。あんただって見ただろ?着飾ったカシラを。ありゃあやべえ。マジで『傾国の美女』だ」
「……まあ、な。でもどうしてそれが……娼館に繋がるんだ?」
ザッカートは大きく息をつき真直ぐにエルノールに視線を向けた。
「ちぐはぐなんだよ」
「???……意味が分からん」
「あー、その、なんだ。カシラはめちゃくちゃいい女だ。だが本人はガキだ。女じゃねえ」
「だから、何を言っている?」
ザッカートは天を仰ぎ乱暴に頭をかきむしる。
「くそっ、つまりだな、ふつう『いい女』はそうなった理由と矜持がある。プライドっつーか処世術にたけるとか……つまり俺達程度じゃ対象になり得ないんだよ。……あれだ『格式高い』?なんか違うが、あー、だから……分かれよっ!!」
「……すまない。要領を得ない」
「くっ、いや、すまん。俺の言葉がわりいな。……『良い女にはいい男』……これは分かるか?」
「……ああ」
「カシラはな、どういう訳か俺たちを『いい人』だと思い込んでいる節がある」
「っ!?」
「おそらくカシラは女として最上級だ。容姿も精神もな。……俺達と『居ていい場所』そのものが違う。まああいつは、美緒はそう思わないのだろうが」
「……」
「だが、カシラは、美緒はっ、望まれれば、懇願されればきっといつか体だって捧げちまう。それこそ男が遊びでもだ。そんな危なさを持っている」
「っ!?」
エルノールはまじまじとザッカートを見つめてしまう。
彼の瞳には不安が渦巻いていた。
「俺達は誓ってカシラには手を出さねえし出させねえ。何より心の底から信望している。……守ってやりてえって心から思っている。だがそうじゃねえ奴らの方がこの世界には多いんだ。……それに誓った俺達だって、どうしたって男だ。欲はあるし本能の強制力はやべえ。おまけに当のカシラは全く警戒心もなく隙だらけときてる。……触発されればお前や俺の妹たち、ミネアだってあぶねえ。……最悪リンネ様だって……」
エルノールは自らを省みる。
ザッカートの言う事、分かってしまう自分が居た。
「ガス抜きさせてやりてえんだ。間違いを起こしてカシラや仲間たちの『心』を殺したくねえ……俺たちはそういう目で大切な仲間を、信望しているカシラを、見たくねえんだよっ!!」
ザッカートはこぶしを握り締め悔しさをにじませた。
「話は分かった。だがそれでは根本は解決しないのではないか?」
「ああ、そうだな……だけど抑止力にはなるさ。それで十分だ…むしろもう離れたくねえって皆が思っている。近くにいるだけで満足さ。……もっともおまえがカシラを『もの』にすれば済む話だがな?……そうすりゃ流石にあきらめもつく」
「っ!?なっ……ふう。……まさかお前にまで言われるとはな……」
「…???お前にまで???」
「なんでもない。……忘れてくれ」
エルノールは目を閉じ想いを巡らす。
最近特に明るくなられた美緒さま。
そして先ほどのリンネ様の言葉……
彼女の日常を守りたい。
「……ここは秘境リッドバレーだ。近隣の町まで100キロ以上はある。娼館があるような大きな町となるとそれこそ数百キロは離れているだろう」
「ああ。俺達もここに来るまで6日ほどかかったからな」
エルノールはザッカートの瞳をまっすぐ見つめ口を開く。
「秘密を守ると誓えるか」
「っ!?……ああ。……覚悟はできている」
エルノールはザッカートに近づき額に手をかざした。
「対価は命だ。お前に一部権能を付与する。……サブマスター権限を行使する」
ザッカートの体を光が包み込む。
脳に直接声が響く。
『ザザ……ザ……『転移門……使用許可…ザザ……付与いたし……ました』……ザザ』
「これで地下4階の施設を利用できる。一番手前の部屋だ。同時に飛べるのは5人まで。当然だがお前が居ないと発動できない。行先は神聖帝国ルギアナード皇都バラダーナに設定してある。あとは好きにしろ」
ザッカートは冷や汗を流す。
まさに伝説の『アーティーファクト』の使用権の付与だ。
「ああ、後これも必要だな。出立前に必ず飲ませろ。怠った場合も守秘義務違反とみなす」
「…これは?薬?」
「転移門を使ったことだけ記憶から消去する薬だ。足りなくなったら取りに来い」
「……分かった。……恩に着る……すまない『サブマスター』」
「ふん。私も男だ。今なら少しはお前の言う事も理解した。……『サブマスター』はやめろ。お前に言われるとむず痒い……まあ、美緒さまを守る力は多い方が良い」
「……ああ、そうだな」
「もう遅い。明日は頼む」
「わかった。じゃあな」
立ち上がりドアへ進むザッカートにエルノールは呟く。
「お前は立派な頭領だな」
「ん?何か言ったか?」
「なんでもない」
「……そうかよ」
「ありがとうな」とつぶやき部屋を後にするザッカート。
残されたエルノールは苦虫をかみつぶしたような顔で佇んでいた。
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