第14話 黒髪黒目の少女は美少女になる

いよいよ明日に迫ったアルディ捕獲作戦。

美緒が一日早く僧侶をコンプリートしたため今日は一日英気を養う意味で、各自の修練は禁止されていた。


美緒は元々規格外で魔力回復速度も保有量も異常だが、普通である盗賊団の皆にそんな物語のような能力者はいない。


大きな作戦決行日の前日の休息。

それはこの世界の常識だった。


※※※※※


「うー。…賢者の呪文書、読むだけでもダメ?」


執務室で机に突っ伏し美緒はエルノールに問いかけていた。

友達が出来たことにより美緒は自然体で明るくなっていた。

言葉遣いも随分フランクだ。


「ダメです」

「むう。エルノールのけち」


頬を膨らませジト目を向ける。

エルノールにとってそれはご褒美と同意だ。

もちろん美緒はそんなこと1ミリも思っていないが。


「(か、可愛すぎる!?)コホン。…それよりもう一度作戦内容を精査しましょう。今回誘惑役はミネアとルルーナ。そして睡眠薬はすでに作成済みです。効果は問題ないでしょう。補助として潜入するのは変装したイニギアとロッジノ、それから総括としてザッカート。周辺の警戒はザッカートの部下5名の選出を終えております。尋問用の部屋も魔力注入が終了し万全ですね」


「……うん。……ねえ、やっぱり私も……」

「ダメです」


「っ!?ううう―――――エルノールのけち。あっ、でもでも、私近くにいないとだよね?解呪するんだし」


美緒は椅子から立ち上がると目を煌めかせエルノールに詰め寄った。

高揚しているのだろう。

いつもなら触れるだけで顔を赤らめる美緒が自然にエルノールの手を握り懇願する。


「ねっ?だからさ、私も衣装着た方が良いよね?あー、ほら、私ツルペタだから色気とか全然ないし。きっと誰も注目しないから危なくないと思うし……ねっ!お願いだよエルノールぅ」


目を輝かせ上目遣いでエルノールを見つめる美緒。

余りの可愛らしさと握られた手の感触にエルノールは心臓がはじけ飛びそうだった。


(くっ、うああ、メチャクチャ可愛い?!あああ、抱きしめたいっ!!……ダメだエルノール。耐えろ、耐えるんだああああっ)


「兄さま、衣装くらい良いのでは?美緒も着たがっているし。私も見たい♡」

「あうー、そうよねリア。流石友達。ナイスフォローだよっ!!」


当然だがレリアーナとミネア、そしてルルーナも同席している。

リンネは所用で席を外しているが…

『ファルマナの指示』というていのザッカートの苦肉の策だった。


自分の気持ちを自覚したエルノールと全く経験のない美緒を二人きりにすることは危なすぎるためだ。


「…リア、余計な口出しはするな。これは遊びじゃないんだ。分かるだろ?その、ほら」

「あー、うん。まあね」


※※※※※


美緒は勘違いしている。

彼女は今だ『自分にはまったく女性としての魅力などない』と信じて疑わない。


今の彼女は誰が見ても美しく、そして可愛い。

エルノールをはじめここに住むの男性たちの視線を常に奪っているほどだというのに。


日本で暮らしていた時、美緒は自分の容姿が嫌いだった。

決して不細工ではないし、どちらかといえば可愛らしい顔立ちなのだが…


常にノーメイク、そして俯き加減、さらには伊達メガネを着用していた美緒。

いつの間にか彼女は自分が醜いと思い込んでいた。


想いという物は厄介だ。

やがて体を為す。


そして素材は悪くないにもかかわらず全く手入れをしなかった美緒は。

誰が見ても不細工に見えてしまっていた。

当然お洒落などしたこともない。


彼女は鏡を見ない。

絶望したくないからだ。


この世界に転移してすでに3か月以上が経過している。

美緒はいまだに一度たりとも自分の顔を確認していなかった。



※※※※※



もう、私の友達最高♡

何と衣装の着用を勝ち取ったよ!


実は衣装、ちょっと露出多めだけど可愛いのよね。

少し恥ずかしいけど……


ミネアなんかすごくて……私女の子だけど興奮しちゃったし。

ルルーナもメチャクチャ可愛いの♡


……まあ、私は可愛くないから似合わないかもだけど……

せっかくの異世界だもん、そういうのもたまにはいいよね?


…笑われちゃうかも…だけど。


着てみたらすぐに脱ごう。

うん、そうしよう。



※※※※※



「ねえ美緒。この部屋鏡無くない?」

「えっ?あ、うん。必要ないから片付けてもらったんだよね」


試着のため女性陣がエルノールを追い出し、その様子を眺めながら思考に囚われていた美緒は何でもないように答えた。

美緒の返答にルルーナは固まる。


そして以前からあった疑惑は確信に変わった。


(この子、自分の今の顔……知らないんだ)


エルノール曰く、美緒は最初確かに凡庸な容姿だったそうだ。

よく言えばあっさり、悪く言えばのっぺり。

この世界では少数派である平べったい容姿だったらしい。


エルノールはそんな美緒に実は一目惚れしていたのだが…


だが情報を獲得し変革を経て覚悟が決まり。


彼女は開花した。

誰もがうっとりする美貌を手に入れていた。


(はあ、もったいなさすぎる。多分お化粧もしないんだろうな。…って、素でこれ!?……うわあ、美緒マジでチートの塊じゃん!)


ルルーナは心の中でつぶやく。

そしてニヤリと悪い顔をし始めた。

(私が美緒の魅力を全力で表現したいっ!)


そう思い、いつも以上に気合を入れていた。

無意識に魔力が漏れていることに気づかずに。


「ねえ美緒。私さ、お化粧得意なんだよね。せっかくだから衣装を着たらお化粧もしてみない?」

「えっ、そうなの?あー、でもなあ。わたし、ほら、可愛くないし」

「あのさ、嫌味かな?」

「はっ?……何言ってんのよ。そんなわけないじゃん」

「「「はあ――――――――――」」」


女性3名が一斉に大きなため息をつく。


「っ!?ねえ、酷くない?さすがに傷つくよ?!」

「「はいはい」」

「にゃ」


※※※※※


「ねえ、まだ?…えっとごめん、その、慣れてないから」

「もうちょっと。もう、美緒お洒落勉強しよう?せっかく異世界?なんだからさ」

「う――――」


どういう訳か私が着替えてから3人の表情が硬い。

思ったよりぶかぶかじゃなくて安心したけど……意外と似合って要るっぽいし。


胸、少し大きくなった??


口数も少なくなりなぜか美緒は視線を感じていた。

そして怖いくらいに真剣にお化粧をしてくれている。

(ふう。元が悪いから……ルルーナ苦労しているのね。はあ、ごめんね)



「ねえミネア」

「……なんにゃ」

「美緒、女神かな」

「にゃ♡」


その様子を見ている二人は。

美緒から醸し出される余りの美しさに言葉をなくし目を離せなくなっていた。


※※※※※


一方部屋を追い出され、落ち着きなく執務室の前をうろうろ彷徨うエルノール。

彼はいまだ顔を赤らめ心臓は激しく脈を打つ。


(美緒さまがあの衣装を?……あんな布面積の少ない!?……やばい。死んでしまうかもしれない)


今回用意した衣装はミネアの手作りだ。

誘惑者のスキルの一部に『より美しく見せる』能力があり、今回それを惜しげもなく使用していた。


基本となる形はノースリーブ。

胸元を空け、際どい所はしっかり隠しつつも可能な限り肌を見せるデザイン。

背中などまさに紐だ。

体のラインがはっきりわかる衣装は男の目をこれでもかと引き付ける。


スカートは数枚の生地を重ね合わせ扇情的な広がりを見せ、あざとくも見えそうで見えないラインを確保。


全体的にラメをちりばめ動くたびにキラキラと輝く。


飾りのネックレスは目を引く紅いルビーをちりばめ、ぱっくりと空いた胸元が見えそうで見えないように計算しつくされている。


何はともあれ異常に色っぽい。

エルノールの脳裏に美緒の素肌がさらされている姿が浮かび上がる。


「うああ、あれを着た美緒さま……だめだ、絶対に男たちは色めき立ってしまう。ああ、心配だ……そして私は見たいっ!!……くうっ、ダメだ、思考がまとまらない」


美緒は自身をツルペタと言っていたが。

彼女の小柄さを加味すれば全くそんな事はない。


身長は150セントほど。

この世界の女性と比べても華奢な彼女。


転移してきた当初は確かにガリガリな印象だったものの、適切な食事と魔物との戦闘など日々の訓練で見違えるほど美しく、しなやかな体を手に入れていた。


お洒落に敏感だったならすでに彼女の下着のサイズが変わっていたことに美緒は気づいていたのだろうが…残念ながら全く気付いていなかった。


下着や衣装を用意していたファルマナなど「美緒は今になって成長期なのかねえ」とか言うくらいだ。


結果として今の彼女は……

日本で言う『Cカップ』相当まで美しく胸を成長させていた。


当然エルノールも気付いていた。

警戒なくいつもすぐ隣にいる美緒の体の成長に。


エルノールはさらに顔を赤らめてしまうのだった。



そして遂にその時が来る。



※※※※※



「最後にアイラインを引いてっと……できたっ!!……はわああ―――♡」


美の女神がそこにいた。

在りえない色気を噴出させながら。


「「かわいい―――♡」」

「ふにゃーやばいにゃ♡」


「……もう。みんなお世辞でもそれは大げさだよ?ありがとうルルーナ」


完成したことでやっと解放された美緒は大きく伸びをする。

ここ数年お化粧したことがなかった彼女はかなりの違和感を覚え正直体はバッキバキだ。


「ねえ、もういいでしょ?お化粧落として良いよね」

「「「はあ?!」」」

「ひうっ」


えっ?

私なんか変なこと言った?


恐いんだけど……


そして舞台は整う。

レリアーナが倉庫から全身を移す姿見を運び込み準備していた。


「じゃじゃーん。鏡登場!!」

「っ!?」


一瞬足が止まる。

そんな美緒をミネアが優しく背を押し姿見の前へと押し進めた。


そして。

美緒の思考が停止した。


「ほら見て?可愛いでしょ?」

「???……あ……えっと……???…………誰?!」


異世界で初めて見た鏡には。

見たことのない黒髪の美女が扇情的な衣装に包まれ映し出されていた。


「?????ねえ、新しい人?私この子知らないけど…凄く奇麗な子だね。可愛い♡」

「「「美緒だよっ!!!」」」


「…………………は?………え??」


美緒は鏡を見つめおもむろに手を上げてみる。

鏡の中の女性も手を上げる。


「はっ?!ええー?????……そんなわけ……ええええええええええっっっ??!!!何これ何これ?……はっ、幻影魔法?!そうだよね!?これ間違ってるよ?……うわあ、おかあさ―――ん……lsxmhぁx;p:z。:pjf」


余りの衝撃に意味不明な言葉を叫び、目を回し美緒は壊れた。


防衛本能なのだろう。

美緒はいくつかのデバフ魔法を無意識で発動し……




そのまま気絶した。




チーン。

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