第13話 黒髪黒目の少女は修行をする

そんなこんながあった翌日、修練場に美緒の気合の籠った声が響いていた。

どうやらエルノールは自重したらしい。

美緒の平常運転に皆は一様に胸をなでおろしていた。


「エリアハイヒールっ!!!」


呪文を紡いだ美緒を中心にキラキラと輝く緑色の波動がまるで花びらのようにあたりへと広がっていく。


「おおお、っ!?傷が…、俺っちの3年前の傷が癒えた?!……す、凄い……ああ、美しい…聖女様……」


※※※※※


美緒はギルド地下1階にある修練場へ習得した僧侶の中級魔法の実施訓練を行うため訪れていた。

効果を確認するために怪我人が必要だったのだが、あいにくそんな人はいない。

なのでいい方法はないか鍛錬していたザッカートたちに問いかけていた。


「カシラ、それなら俺達今から怪我するか?」


とんでもない事を言うザッカート。

おもむろに短剣を自分の腕に押し当てようとした。

美緒はザッカートの腕をガシッとつかみ、ジロリと睨み付ける。


「何言っているんですか!!ザッカートさん。だめですっ!!もう。……そうだ、古傷がある方を治してみます。誰かいらっしゃいますか?」


この世界の治癒魔法の常識として、過去に受けた傷の治療はその要求レベルの数倍の魔力コントロールが必要になる超高等技術だ。


美緒は知らないが、この世界で生き常に身を危険にさらしている彼らには常識だった。


「おいおい、カシラ、それは……ちなみに今僧侶ジョブレベルっていくつなんだ?」

「んーとね……68かな」

「なっ!?68?!……えっ、カシラ、ジョブチェンジしたの、つい最近って言ってたよな…」

「9日前かな。ちょうどあなたたちに初めて会った前の日だから。ほら、私チートの『ゲームマスター』でしょ?頑張ったからこんなもんだと思うよ」


修練場が静寂に包まれる。

皆が驚愕で息をするのも忘れてしまっていた。

何より経験を得るには治療と同時に戦闘も必要だからだ。


「ぶはっ、はあ、はあ、はあ……(本当だったよ。はは)……そ、そうか。お、おいっ、サンテス。お前確か3年前の古傷あったよな。でかいやつ」

「へ、へい。でも親方、さすがにこれは……」


呼ばれたサンテスはヒューマンで26歳。

茶色い髪を短く切り揃え小さめな目には薄緑色の小さい瞳が落ち着きなくさまよっていた。

無精ひげを伸ばしており、大きな盾を常に持ち歩いている。

がっしりとした体格の持ち主だ。

この世界にしては普通な風貌をしている。


ジョブはタンクだ。

職業上どうしても傷を受けやすかった。


彼はその傷に対し不満はない。

むしろ誇りだ。

仲間を守った勲章のような物だからだ。


でも娼館に行くたびに、娼婦からの評判は悪いためそれだけが不満だったが。


「良いんだ。カシラの修練の実験台になってやってくれ。どうもカシラは魔法の常識もねえようだからな。失敗も経験した方が良い。……俺達で教えてやろうぜ」

「へ、へい。そういう事なら。……美緒さま、いつでもどうぞ」


サンテスは上着を脱いで、傷をあらわにする。

確認しやすいように。


美緒はにっこりとそんな彼に近づいてほほ笑んだ。

そして傷を見て優しく愛でるように触れ、慈愛の表情を浮かべる。


思わずビクッと体を震わせるサンテス。


「凄い傷…でも、なんて誇り高く美しい傷。……鍛え抜かれた筋肉が致命傷を避けたのね。……私貴方を尊敬します。自らを犠牲に皆を守る誇り高きタンクのあなたを。……でも、これからはなるべく怪我しないようにしてくださいね?私サンテスさんが大怪我をすると悲しいです。……それじゃそこに座ってください」


そして美緒は10m位離れて精神を集中し始めた。


※※※※※


驚いた。


普通女はこの傷を見て卒倒するか嫌な顔をする。

でも美緒さまは……あの優しい手で触れてくれた。

まるで慈しむように……


『美しく、誇り高い傷』と言ってくれたんだ。

そして俺っちが怪我をすると『悲しい』と……


ここは天国か?


正直俺っちは盗賊団の中でも不細工の方だ。

今まで女に褒められたことなどない。


でも、この方は…美緒さまは……ああっ……


経験したことのない感動がサンテスの心を包み込む。

そしてそれは驚愕に塗り替えられた。


美緒から発する美しくも優しい緑色の波動がサンテスを包み込み……

まるで逆再生するかの如く、傷が無くなったのだ。


※※※※※


今この修練場には13名の男性が居た。

皆盗賊団だ。

古傷の一つや二つ当然体に刻まれている。


美緒が魔法を発動したとき、一番遠くにいたナルカはおよそ30メートル離れていた。


通常エリア系の回復魔法の効果範囲は10メートル前後。

術者の魔力により増減する。


かつて100年ほど前に帝国で活躍した『聖女ミリーナ』は15メートルまで完全に癒したと伝えられていた。


未だ彼女以上の効果範囲を持つものは現れていない。

それなのに……


ナルカは目を見開く。

つい先日受けた小さいほうの傷、大きい方は美緒に治療されたが申告しなかった傷が。


まるでもともとなかったかのように奇麗に消えていった。


「ははっ、とんでもねえな。カシラはバケモン、いや、女神だ……そして真の聖女だ」


様子を覗ったザッカートのつぶやきにそこにいた皆は静かに頷いていた。


※※※※※


「ふう。よし、上出来かな?……おーい、サンテスさん。どうですか?」


魔法の放出が終わり、薄っすらと額に汗を浮かべた美緒は実験につき合ってくれたサンテスの元へと小走りに近づいた。


今回は効果を確かめるため、しっかりと呪文を口にして魔力を練ってから発動していた。

魔法使いの経験上、魔力を練れば効果が上がることを確信していた美緒はそれを実践してみたのだ。

手ごたえはあった。


「……???サンテス、さん?」


サンテスはうつろな表情で美緒を見ていたがどうやら視界に入っていないようで反応がない。

そしてみるみる目には涙が溢れてきた。


「も、もしかして失敗しちゃった?あうう、ど、どうしよう。サンテスさんっ、大丈夫ですかっ!??」


※※※※※


美緒が学んだ教本。

実はアーティーファクトでこの世の常識を凌駕していた。


そして魔法は想像力が物を言う。

ゲームにとことん囚われていた美緒だが仲間が傷つくスチルを見るたび、彼女は医療の情報を漁りまくっていた。


どうしてなのか問われてもうまく答えられない。

だけどどうしても何かをしたかった。

彼らの痛みを少しでも知りたかった。


結果美緒の医療に対する知識はとんでもないレベルで形成されていた。

骨や細胞レベルまで、回復する様を想像できるほどに。


そして紡がれる美緒の回復魔法。

すでに伝説を凌駕していた。


※※※※※


美緒はおもむろにサンテスの肩に手を置き、顔を覗き込む。

徐々に焦点があっていく瞳。

そしてまるでトマトの様に一気に真っ赤に染まる顔。


「ひうっ!?」


思わず手を放しよろけてしまう美緒をザッカートが優しく支えてくれていた。


「あう、ご、ごめんなさい。ありがとうザッカートさん。……えっと、サンテスさん?大丈夫ですか?……失敗しちゃったかなあ」

「ザッカートだ」

「へ?」

「呼び捨てでいい。コイツらもな。……仲間だろ?」


「っ!?……うん。分かったよザッカート」

「ふふ、いい子だ。……おい、サンテス。いい加減帰ってこい」

「っ!?…はっ!?……へ、へい」


ザッカートの問いかけにサンテスは立ち上がった。

そして美緒に頭を下げる。


「美緒さま、ありがとう。……貴女さまは聖女様だ」

「えっ?いやいや、私僧侶だよ?」


目を白黒させる美緒。

そして改めてサンテスを見て、


「あっ、傷、治りましたね。よかった~」


美緒はにっこりとほほ笑んだ。

ふわりと広がる艶のある黒髪をなびかせ、流れる汗がキラキラ輝く。


それを見た13人は、全員もれなく顔を赤らめた。


……やべえ。

カシラ可愛すぎだろ?

くそっ、メチャクチャいい匂いもしやがる。




……はあ。全滅……だな。



※※※※※



その後美緒は盗賊団の数人を引き連れて森へ向かう。

彼女に遠慮の文字はもうない。


魔物の大量殺戮と環境破壊、果てしない回復魔法の使用でガンガン経験値を稼いだ美緒は。


翌日僧侶をカンストし―

そして遂に賢者のジョブを手に入れた。




「第一段階、コンプリートっ!!!」

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