第8話 黒髪黒目の少女をエルノールは守りたい

この3ヶ月で美緒さまは変わられた。


こちらの世界に転移されたばかりの頃は自信がなくおどおどされるばかりだった。

今思い出しても初々しさに思わず顔が緩んでしまう。


同時にわずかな怒りさえ感じた。


こんな無力な女性に背負わせるにはあまりにも重すぎる運命だと。

もっともあの時の私にそんなことを言う資格はなかったのだが…


※※※※※


私は父上が亡くなられた後、ある称号とともに英知を授かり多くの事を理解した。


この世界のおおよその成り立ちと、数多あるアーティファクトの種類とその効果。

そしていくつかの使命と権利、さらには未来視ともいえる超常の力にも目覚めた。


知ってしまった。

これから訪れる艱難辛苦かんなんしんくにまみれた未来を。

大切な妹の死を。


そしてそれは『ゲームマスター』がこの世界を救うための『予定調和』だという事を。


その時の衝撃は計り知れない。


亡き父より私に引き継がれた『ストーリーテラー』の称号。


この称号は200年前、創造神様を手にかけた一族の末裔たる我がスルテッド一族への罰と同意だ。


我が一族の真の役目。

世界の語り部。


私はその称号により『知ってしまった未来』に対し自らが何も行動を起こす事が出来ないという縛りを強制された。


考えれば至極当然の話だ。

私は世界の物語を語り継ぐ運命を背負わされた一族の当主。

干渉は許されない。


それはまさに……呪いだ。


今ならわかる。

なぜ父と母が我らを襲った者たちを救うため命を散らせたのかを。

全ては『予定されていたこと』だったからだ。


私は自分の運命を呪った。


使命の強制力は恐ろしく強い。

私は使命に従い古代遺跡であるギルド本部の地下3階の管理者施設でサブマスターの権限を獲得した。


そこで知る。


『ゲームマスター』の称号を得る異世界人の事を。


※※※※※


顕れた異世界人『守山美緒』は何の力も持たない一般人だった。


スタート地点『始まりの間』での情報流入により彼女は多くの情報を獲得した。

なぜか私のことを認識されていたようだったが。

きっとゲームマスターとしての素養があったのだろう。


……とても可愛らしく、私は分をわきまえずに求婚までしてしまったが……

どうやら冗談だと思われたようだ。


まあ、初めから期待はしていない。

私にそんな資格はない。


私は心の奥で彼女を利用しようとしていた。

卑怯な愚か者なのだから。


そして登録を済ませ根幹となる情報が美緒さまに与えられた。

しかしそれは私の知っている内容と大きく異なっていた。


余りに膨大なそれは美緒さまの精神を侵食していたのだ。

私は初めて心の底から恐怖した。


数年前両親を失った時よりも。

大切な妹が間もなく失われる事が解った時よりも。

呪いのような運命を知った時よりも。


丸一日目覚めない美緒さまを、まるで失われるのではないかというほど消耗しきった美緒さまを目の当たりにして。


そして自然に湧き上がる感情。


この人を失いたくない、守りたい。

なぜか私は使命ではなく心の底から思っていた。


翌日目を覚まされた美緒さまはすでに変革を済まされていた。

きっと本人は自覚がないのだろう。


そして私の運命は激変する。

私を必要だと言う彼女の言葉。

そして我が妹を救うと美緒さまの言葉が紡がれた瞬間。


私の中にあった『ストーリーテラー』の称号が、まさに解呪されたかのように消え去ったのだ。

この世界への干渉が許された瞬間だった。


彼女は女神だ。

私の救済の女神。

そして人生をかけ敬愛するたった一人の女性となった。


さらに驚愕は続く。

彼女はこの世界に紡がれし文献を、予定されている物語を、根底から覆そうとした。


美緒さまは言う。


『全てを救う』


私にもたらされていた過去からの情報は。

全て書き換えられ―――


そして未来が見えなくなった。

だがそれは恐怖ではない。


まさに希望だ。


※※※※※


何はともあれ美緒さまはみるみる自信をつけられ、きっと本来の性格なのだろう、とても明るく、そしてますます美しくなられた。


「えっ?私、根暗だよ?見た目も地味だしね。…(ツルペタだし)…コホン。……あっちの時には誰にも認識されてなかったし…はは、お世辞でもうれしいけどね。……もう、エルノールは人たらしなんだから……そ、その、(カッコいいし)…」


一度私が伝えると美緒さまはうつむき加減にそうお答えになられた。

声が小さく聞き取れない箇所があった?

……顔も心なし赤いようだが?


相変わらずマスターは自己評価が非常に低い。


肩にかかるくらいに切りそろえられた輝く黒髪に、すっと引かれた細くも美しい眉。

大き目の目には煌めく黒い瞳が輝いている。

小さく可愛らしいすっと通った鼻筋に、小さめの艶やかな唇。


小柄な彼女はスタイルこそ発展途上なのだろうが、その容姿はとても美しいというのに。

神々しさすらある。


私は彼女を見るたびため息をついてしまうほどだ。


そして美緒さまは非常に危うい。

異性に対する警戒心が低すぎる。


新たに仲間に引き入れたザッカートとか言う粗暴な男やその仲間たちに対しても非常に距離感が近く、時折体に触れるなどスキンシップまで行ってしまう。


一度それとなく注意したが…


「えっ?もしかして私、『うざい』とか思われているのかな……確かに私が話しかけると男の人たちみんな、固まっちゃう、よね。……ごめんなさい、わたし男の人と会話したこととかほとんどなくて……ありがとうエルノール。次からは気を付けるね」


とか言って落ち込んでしまわれた。


いや、そうではないのです。

彼らは美緒さまに触れられ硬直し無口になってしまうのは、あなた様のあまりの美しさに打ち震えているだけなのです。


はあ。


私はつくづく愚かな男なのだろう。

そんな落ち込んだ美緒さまを『可愛らしい』と思ってしまうのだから……


そして伝わらない想い。


私は怖いのだ。



彼女の興味が他の男に行ってしまう事が。



※※※※※



「クククっ…はあああああああああああああ……」

「!?……兄さま?……笑顔????…涙!???……こわっっ!!」


私が一人新たに設定されたサブマスターの部屋で悶々としているところに妹のレリアーナ『リア』が訪ねてきていきなり顔をしかめた。


つい先日リアは美緒さまに救われた。

呪いで全く動けなかったというのに。


美緒さまへの『恩』だけが積もっていってしまう。

私は彼女に何が返せるのだろうか。


……それはそうとずいぶんと失礼な態度だ。

私はジト目を妹へ向ける。


「……いきなりなんだ?リア。ずいぶんな言いようじゃないか」


リアは一瞬硬直したのちデスクに置いてある鏡を私に向けてきた。

なんだというのだ?


「見て。酷いから」

「???……っ!?」


そこには涙の後をしっかりと残し、ぎこちない笑みを張り付け、この世のものとは思えないほどみっともない私の顔が映し出されていた。

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