転生魔女と人造王女 ―百合ゲー世界で駆け落ちして、わたし達幸せになります!―

ぴさんり

第一章 王女の相貌

1話 プロローグ――初陣

『目の前の化け物を屠れ。それがお前が生まれた意味だ』


 頭の中にこびりついている王の言葉。


 ハスメト王国の王女ラピスは、ドス黒い獣と対峙していた。

 歳は十を数え、幼さの残る顔立ちに不釣り合いなほど、鋭く冷めた双眸をしている少女。

 背中の真ん中まで伸びた、透き通るように薄く蒼い髪。そして蒼い瞳がラピスを華やかに飾っていた。


 獣の背丈は大体ラピスの約二倍、後ろ足だけで立っている。真上に昇った太陽の下であっても、その獣の体毛は深淵のように光を飲み込んでいた。


 残骸になった馬車、散乱した肉片、血の臭い。

 街道で行われた惨劇において、死んでいるのは人間だけだった。馬は無傷で走り去るのを目撃している。


 ラピスの構えた剣から紅い炎が立ち上る。

 怖気付くな、集中しろ――ラピスは自分に言い聞かせた。冷静に体内の聖魂力アニマを練り火力を上げていく。


 獣が深く態勢を沈め一気に弾けた。剥き出しの牙に鋭利な爪が襲い来る。

 その目は真っ直ぐこちらを見据えていて。

 人間の瞳とは違う、今にも飛び出しそうな真っ黒な眼球。

 ラピスが受け取った感情は一つだけだった。


 憎悪。


 一瞬の交差――影は真っ二つになった。

 地面に転がった半身の獣は炎上を始め、罵るような咆哮がラピスの体を震わせる。しかし彼女は全く怯まない。完全に燃え尽きるまで切っ先を向け続けた。

 やがて残った灰と骨は小さな狐のもので、おおよそあの巨体を構成していたとは思えない。


「ラピス様! ご無事ですか!」


 騎士が焦り顔で駆けつける。


「ああ、これで問題ないか?」

「はい、さすがラピス様……完璧です」


 ラピスは振り返り、騎士達の安堵した顔を確認すると、剣を納めつつ指示を出す。


「遺体の身元を確認。それと火葬の準備を」

「了解! 取りかかります」


 この国では火葬するのが習わしだった。死んだ人間を土葬すれば墓荒らしに遭って、魔女に連れ去られる。そういうお伽噺によるものだった。

 ふと立ちすくんでいる若い騎士が目に付く。


 ――そういえば、この者は新人だったか。


「顔色悪いぞ、大丈夫か?」

「お気遣いありがとうございます……死体を目の当たりにしたのが初めてで」

「私もだ。今回が初陣だった」

「え、そうなんですか。本当ラピス様は肝が据わっていて、一層尊敬して――」

「世辞は良い。どういうものを相手にしてるかちゃんとわかっているのか?」


 本能的に恐怖を感じるのは仕方がない。しかし流石に知識がないのは困る。


「はい、獣の死体が凶暴な獣として復活して、人間を襲うという話でしたかと」

「その通り、そしてその獣は食べるためではなく『ただ人間を殺すためだけに』存在している。そうとしか思えない生態をしている」

「人間にだけ……でも正直なところは解明されていないと聞きましたけど」

「未知数なところが多いのは確かだ。改めて胸に刻め、そういう獣全般をこう呼んでいる」


 己が殲滅すべき敵。

 ラピスは心に焼き付けるように強く言い放った。


「死者の怨霊ならぬ『怨獣おんじゅう』と」

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