第二十六筆 悲しみのレーベル爆死!

 驚愕、驚愕の嵐。

 この『鬼丸まりあ』が『まるぐりっと』であった。


(こ、この鬼丸まりあがまるぐりっと!)

「ちっ……『欲しいものリスト』で『一番安いもの』を寄こしやがって……」


 鬼丸はブツクサ言いながら、壁を伝いながら起き上がる。

 髪は右半分が隠れ、左目は青色のカラーコンタクト。

 服は今日に限って、黒と白の水玉模様のワンピースだった。


「肉とか野菜セットを奉納しろっつーの」


 身を屈めながら、栄養ドリンクの箱を無造作に破る鬼丸。

 それは生物の内臓を食い破るモンスターのようだった。


「じゃ、じゃあ……」


 龍はそそくさと部屋を出ようとするが、


「……待て」


 鬼丸に止められた。


「な、なんでしょうか」

「配送員さん……開けてくれないか……」


 マネキンのような白く細い手には、栄養ドリンクが握られていた。


「お、俺が?」


 龍は心拍数が早くなるのが自分でもわかる。


「……握力もピンチ力もないんだ」


 細い手足に体、それはノーパワーの現れ。

 全力フルスイングでボールを打っても、外野にまで飛ばない儚さである。


「さ、流石に……」


 龍は体よく断ろうとするが、


「開けろ! 配達員に襲われたと警察に通報するぞ!」

「ひっ!」


 ヤベーよ、ヤベーよ。

 鬼丸まりあはマジモンにヤベーやつだぜ。

 このままでは龍が冤罪で捕まって、ワナビストどころかゼンカモンに仕立て上げられる。

 その恐怖から龍は栄養ドリンクを受け取り、日頃の配送業で鍛えた腕力で蓋を開けてあげた。


「ど、どうぞ!」


 そして、龍は貢物である栄養ドリンクを邪神に渡す。

 鬼丸は「ありがとう」と意外にも感謝を述べ、おっさんのように栄養ドリンクを一気に飲み干した。


「ぷふぁ! これで3時間は執筆作業に専念できるわ!」

「よ、よかったですね……まるぐりっと様……」

「え?」

「ん?」

「あんた……何で……」

(俺、一生の不覚!)


 龍、大失態。

 目を閉じ、歯をかみしめて、顔全体にシワを繰り出し、半泣きとなる。

 それはツーアウト満塁で、己のエラーからサヨナラ負けの原因を作った野手のような気分だ。


「ああ……そっか……」


 鬼丸はゆらりと動き、マウザからのメッセージカードを取り出した。


「こいつを見ちまったんだね?」

「お、俺はそんな――」

「お前、私の名前を知ってるということは……ファンか?」


 鬼丸は上目遣いで龍を見ている。

 ガタガタと震える龍は、


「は、はい……まるぐりっと様の『塩令嬢』の発売を楽しみにしています! 先生の書く世界観は(唐突で説明不足の描写の数々や、淡々としたセリフは小学生の日記のようで)本当に素晴らしいものです!」


 適当に嘘と称賛を述べることにした。(心の中でディスりながら)


「………………」


 鬼丸は無言で龍を見据える。

 殺される、きっと俺は首を絞められて殺されると龍は思った。

 目の前にいる鬼丸が、龍の脳内であらゆる映画に登場するキラーに見えていたのだ。


「ふふっ……アハハ……はっはっはっ!」


 鬼丸が高笑いすると、


「奥に入りな、特別大サービスだ」


 部屋の奥に入るよう、龍に促した。

 鬼丸の部屋に案内するというのだ。


「ひいっ!」


 龍は己の持つ小象から黄金水を撒き散らしそうになる。

 きっと、この部屋の奥は拷問部屋となっている。

 ナイフやノコギリ、鉄の処女があるに違いない――と想像してしまったのだ。


「どうした? 来ないのか?」

「い、いや……ただの配達員が……」

「いいから来いっ!」


 パキペキと指を鳴らす鬼丸。

 握力やピンチ力がないといったのはウソだ。

 この女は仕事人のようにクルミを破壊するぞと龍は思った。


「ひゃ、ひゃい!」


 喉や心臓を潰されたくないと思った龍、首を高速で縦振りする。

 鬼丸と言えば、髪から覗かせる青い目は嬉しそうだった。


「よしよし……いい子、いい子……」


 手招きをしながら龍を誘う鬼丸。

 鼻歌を歌いながら奥に続く扉を開いた。


「どうぞ」

「し、失礼シマウマ!」


 すり足で歩く鬼丸の後をついていく龍。

 そこには何とッ!


「メ、メルヘーン!」


 メルヘン、それはとってもメルヘンな部屋だった。

 まず何よりピンク、ピンキーな部屋がそこに広がっていた。

 カーテンも、テーブルも、椅子も、そして――外に干している下着も。


「くくくっ! 女流書籍化作家の部屋に入れるなんて……お前は実に運がいい!」

「は、はい」(今日なんてアンラッキーなんだ!)

「ほうら……そこの本棚にある本やコミックを見てみな」


 鬼丸はすっと指を横に差した。

 そこには本棚があり、本の他にクマやウサギのぬいぐるみが置かれている。

 そして、本棚には鬼丸が書籍化・コミカライズ化に成功した数々の作品が並ばれていた。


(い、意外と本や漫画出してたんだな……)


 龍は感心すると同時に一つの事実に気づく。


「あ、あの……全部一巻か二巻止まってますね」


 と龍が言った瞬間だった。


「よく見ろいっ!」

「ほわっ!」

「そこじゃ! そこの一番端にある本の巻数を見ろいっ!」


 鬼丸が本棚の上段にある書籍を指差した。

 タイトルは『蒼き月の姫君』と呼ばれる短文タイトル。

 そして、表紙の絵はまるぐりっとがアイコンに使っている女の子のイラストである。


「こ、これは……」

「私のデビュー作だよ。ある公募で大賞をとった作品でね」

「そ、そうなんですか」


 巻数は全五巻、龍は『蒼き月の姫君』を見ていると鬼丸は言った。


「でも、それ以降は鳴かず飛ばずでね。ラノベ作家として、二年ほど燻っていたときに黒鳥先生と出会ったのさ――」

「黒鳥先生?」


 はて、どこかで聞いたことがある名前である。

 龍が思い出そうとしていると、鬼丸は椅子に座りテーブルに置かれているノートパソコンを開いた。


「あんたに『塩令嬢』のコミカライズの原画を見せてやるよ」

「え!?」

「今日、漫画家の瑞樹みずき茂子先生からネームが届いているはずだからね」


 何と鬼丸は『未発表の漫画作品のネーム』を見せるという。

 正直、こんなことをしたらいけないのだが鬼丸はウキウキだった。


「フン♪ フン♪ フフーン♪」

「ちょっ……まるぐりっと様、そんなことをしたらアカンのでは?」

「いいのよ……リアルで作品を褒められたことは初めてなんだよね……ネットの声なんて所詮文字だけだから『薄ら寒い』ときがあんのよ」


 パソコンにはメールの画面が映っている。

 数十件のメールの殆どは、メール広告やネット通販からのものである。


「ん?」


 鬼丸が髪をかき分け、画面を凝視した。


「ど、どうされたんですか?」

「ムラマサ文庫の編集から連絡が入っている……」

「ム、ムラマサ文庫?」

「私の塩令嬢を拾い上げてくれたレーベルさ。UDAGAWA系列の子会社で去年立ち上げられたんだよ」

「そ、そうですか」


 UDAGAWAとは大手出版企業の名前である。

 ストーリーギルドのような小説投稿サイト『ウダヨミ』も設立している。

 このUDAGAWA系列のムラマサ文庫は『時代を切り裂くでござる!』を合言葉に立ち上げられた新規レーベル。

 鬼丸の塩令嬢を拾い上げ、書籍化とコミカライズの約束をしている。


「……急にどうしたんだろう」


 編集からの連絡メールをクリックする鬼丸。

 そこには――。


――――――


ムラマサ文庫よりバッドなお知らせ!


まるぐりっと先生へ☆


単刀直入に言っちゃうぜィ☆

ムラマサ文庫が潰れることになったんだぜ☆

理由は去年出した作品が全部爆死したからなんだぜ☆

爆死した作品を出すと会社も爆死するんだぜ☆


だから塩令嬢の書籍化もコミカライズも爆死だぜ☆

あっ☆ 爆死する以前の問題だったんだぜ☆

HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA☆


ムラマサ文庫編集 星ヶ丘墨染より☆


追伸:今度彼女とベトナム旅行に行きます☆


――――――


「な、なんや……この社会性に欠ける編集は……」


 驚く龍。

 そこにはヤバい編集の存在と、ムラマサ文庫爆死のお知らせがあった。

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