第二十四筆 さらば男一匹ウルフ大将!

「アタタタタタッ!」


 連打、連打、連打の嵐である。

 それはさながら夜空に舞う『しし座流星群』。


「ウバシャアアアッ!」


 そして、この『秘技ヤマタノオロチ』。

 龍のマジのマジのときしか発動しないタイピング殺法だ。

 動物的感性のみで打ち込むこの秘技、己の思考を遮断し深層に眠る感性だけで打つ。

 よって、無意識に打ち込む物語はどんな完成を迎えるかはわからない。

 龍は白目にひん剥き、涎を垂らしながら魔龍と化している――。(なんか気持ち悪い)


「ガオオオオオッ!」


 龍よ、お前は獅子に獅子になるのだ。

 あれ、魔龍と化すといったのに獅子とはこれ如何に?

 ま、まさか!


「秘儀ヤマタノオロチ改!」


 指だ! 龍は指を立てている!

 秘技ヤマタノオロチに改良を加えたようだ!


「名付けて! 『獅子奮迅の打』!」


 龍は新たなるタイピング技を開発したようだ。

 それは愛する『ライオン令嬢』に捧げる技。

 愛故に生み出した潜在能力の解放である。


(うぐわあああああッ!)


 脳内に住む狼介は断末魔をあげる。

 そう、男一匹ウルフ大将の最終回が――。

 完結という名の打ち切りが完成したのである!


――――――


 男一匹ウルフ大将

 作:ギアドラゴン


 最終回:去り行くウルフ


「九百九十八……九百九十九……千!」


 異世界での己の無力さを知った月影狼介こと『ウルフ大将』。

 山中で日課の腕立て伏せ、腹筋、スクワットをそれぞれ千回完了。

 この後は空手の型である『黒虎』と『壱百零八手』をやれば修行完了だ。

 充実した汗をかくウルフ、この異世界の暮らしもよいものだと思っていた。

 しかし、いつの時代も平和な時は続かない――。


「いつまで山籠もりをしている」


 狼介の前に斑目模様の狼獣人が現れた。

 その斑模様と黒と灰が織り交ざり、金の胸当てと股当てを装備した姿は凶者の風格を醸し出していた。


「獣人のビキニアーマー! レ、レベルが高すぎる! どこに需要があるってんだ!」

「おい、アホなところに注目するな。普通はそこで『お前は何者だ』というだろうが」

「お前は何者だ!」


 獣人は鋭い爪を向けながら、狼介に自己紹介をする。


「私の名前はガルム皇帝。悪の組織『ビースト・ドミニオン』の首領ドンである」

「いきなり悪の組織だと? それに首領ドンが一人で来たのかよ。普通なら手下が来ないか? ひょっとして、お前友達がいねェのか?」

「細かいことをいちいち突っ込むでない。お前を我が軍団の一員にしてやるというのだ」

「突然言われても困るぜ! 俺はまだまだ未熟! この山で修行中なンでィ!」

「三十話以上修行に時間を費やす……実にコスパが悪いな」

「うるせえ! 悪の組織の首領ドンと聞いた限りは、ここでお前を倒すぜ!」


 狼介はガルム皇帝の誘いを蹴った。

 何故ならば狼介は正義の使者『ウルフ大将』だからだ。

 悪の誘いなど受け入れることなどない。


「ふっ……バカなヤツだ。私の誘いを断るとは」

「俺は悪には屈しねえのよッ!」

「ならば、この大好きな山で永遠の眠りにつくがいいわ!」


 こうして、狼介とガルム皇帝の戦いが始まった。

 一進一退の攻防が続くが、如何せん狼介はスタミナが切れ始めたのである。


「はあはあ……」

「息が上がっているぞ。まるで、スタミナがつき始めた投手みたいだな? そんなのでは完投は出来んぞォ!」

「皇帝の称号を名乗るだけはある……こうなれば……俺は変身するしかねえ……」

「変身?」

「チェーンジ! レバニライタメエエエエエ!」


 説明しよう、月影狼介は異世界で獣人形態へと変身する能力を得た。

 それがウェアウルフ中のウェアウルフ『ウルフ大将』と呼ばれる伝説の獣人モンスターなのである。


「……これだけは使いたくなかったんだがな」


 そこには、白銀に輝く美しいウェアウルフが現れた。

 そう、これこそが――これこそが――これこそが『ウルフ大将』なのである!


「こ、こんな能力があるなら、何故第一話で使わなかった!」

「毛深い姿では『ハーレムパーティ』を作れねえからさ。だから、人間体のまま強くなろうと三十話以上も費やして修行してたってわけよ!」

「な、なんて浅ましい理由だ」

「けっ! ハーレムの方が読者の受けがいいからに決まってるからだぜ!」

「ぐぬぬぬ……」

「終わりだ! ガルム皇帝さんよ! チートに無双に一行で決着をつけてやらあ!」


 反撃開始。

 ウルフ大将は必殺の『烈狼断拳』を繰り出そうとしたときだ。


「あっ! あそこに巨乳のエルフが!」

「な、なんだって!」


 三十話以上も女人を断って修行してきたウルフ大将。

 巨乳のエルフという言葉にホイホイ釣られて背中を見せてしまった。


「愚か者め!」

「うわあっ!」


 ウルフ大将はガルム皇帝の攻撃を受けた。

 背中からは大出血をして血の海に倒れる。


「ひ、卑怯者め」

「ククク……これが合法的な戦い方というものだよ」

「い、意味がわからん」

「それが最後の言葉か? さらばだウルフ大将くん!」


 ガルム皇帝がウルフ大将の息の根を止めようと鋭い爪を向ける。

 これで終わりかウルフ大将!


「ぷうううっ!」

「ぬぐわっ!」


 ピンチの中にチャンスあり。

 こんなときのためにウルフ大将には切り札があった。

 死闘を繰り広げた、あのポイズンスライムから採取して作った毒袋を口の中に仕掛けていたのだ。


「うぼあ! 目が……目がアアアアア!」


 カブキな毒霧殺法。

 目をやられたガルム皇帝を見て、ウルフ大将はしてやったりだ。


「油断大敵だぜ、ガルム皇帝さんよ」

「卑怯者! お前はそれでも主人公か!」

「毒を以て毒を制す、てヤツだぜ!」


 ドカドカドカボコドカドカドカボコ!

 ドカドカドカボコドカドカドカボコ!

 ドカドカドカボコドカドカドカボコ!


 とっても雑な擬音が山中に木霊した。

 ウルフ大将はガルム皇帝に必殺の『烈狼断拳』を百連発HITさせた。


「ぐう……がはっ!」


 ガルム皇帝は死んだ。

 これで異世界の平和は守られたのである。


「う、うぐう……」


 しかし、ウルフ大将もタダではすまなかった。

 ガルム皇帝との死闘によるダメージは深刻。

 かつ、ポイズンスライムで作った毒袋を吐き出す瞬間に間違って誤飲したのだ。

 外からと内からの深刻なダメージにより意識は朦朧としていた。


「へへっ……生意気な美少女剣士に、気弱で妹的存在の魔法使い、ツンでデレなクールな巨乳エルフ……」


 ウルフ大将の変身は解け、今は月影狼介という一人の男に戻っていた。

 トボトボと山中を歩き、まだ会わない巨乳の美少女達を頭に描きながら――。


「俺はここで死ぬわけにはいかねえ……絶対に生きて『ハーレムパーティ』を作ってやる!」


 死闘を繰り広げたウルフ大将の生死。

 それは誰にもわからない。


 男は一人今日も行く。

 男一匹、ウルフ大将はソロの旅――。


 男一匹ウルフ大将・完


――――――


「オワッター!」


 男一匹ウルフ大将を完結打ち切りさせた龍。

 今、涙を流しながら終わらせた物語に感謝していた。


(お、終わらせたようだな……)


 脳内には、男一匹ウルフ大将の主人公である月影狼介の声が聞こえる。


(やっぱりお前は『男』だな。完結ブースト、かかればいいな)


 意外、それは散々罵倒された狼介からの労いだった。

 ちなみに、狼介から『完結ブースト』という言葉があったので説明しよう。

 これは作品を完結状態にしたときにPVやポイントなどが爆発的に伸びる現象のことである。

 完結した作者しか味わえない至福の時間だ。


(ライオン令嬢を罵倒してすまなかったな。お前さんが女に熱を上げるもんだから心配になっちまったのよ)

「お、お前まさか……」

(そうさ、あんたにWeb小説家としての技量を上げてもらいたい。そのためには『エタった作品の打ち切り能力』ってヤツが必要と思ってな)

「それで俺を挑発したのか」

(へへっ……駄作の俺も役に立つことは出来たかな?)

「す、すまん! 狼介!」

(気にするな、俺の打ち切りを乗り越えて『Web小説家として成長』してくれよ)

「ま、待ってくれ! 狼介にはまだスピンオフという形で――」

(人気の出なかった完結作品に続編はねえ! それにスピンオフは『公募の規約違反になるケースが多い』からな!)

「そ、そんな……俺はお前を……」

(じゃあな! クリスティーナを幸せにしてやってくれよ! あばよ!)


 脳内から狼介の声が消えた。


「ろ、狼介エエエエエエエエエエ!」


 その晩、龍は枕を濡らした。

 そう、創作者は数多の駄作、打ち切りを乗り越えて成長するのだ。

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