第十八筆 新作ガチャから令嬢を護れ!

 新作ガチャ、この言葉を聞いてピンとくる人は少ないであろう。

 これはWeb小説における戦略の一つである。


 この界隈において書籍化が一つの大目標であるならば、作品の初動というものが非常に重要になる。

 早期にポイントがつかない作品は書籍化が難しいと言われている。

 こうなれば、受けなかった作品はさっさと打ち切るか、削除するか、放置するしかない。

 次の新作に手をかけ、まるで『ガチャ』を回すような感覚で作品を執筆して投稿する――。

 これが『新作ガチャ』と呼ばれるものである。


 ギアドラゴン:ラ、ライオン令嬢を消せというのですか!


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:そうさ、次の令嬢をデビューさせちまいな。


「ク、クリスティーナ……」


 龍は眉間に皺をよせ、歯軋りする。

 己が生み出したキャラクターは自分の分身、娘みたいなものだ。

 ライオン令嬢を消すなどという残酷なことは出来なかった。


 ギアドラゴン:俺に彼女を消すなどということは出来ません!


 男・龍のかっこいい一言。

 これが現実の女性であればよかったのだが、クリスティーナは架空の人物で自キャラだ。

 悲しくも情けなく、それでいて男気溢れるようで何とも言えない感じだ。

 そんな龍をまるぐりっとは鼻で笑った。


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:はっ! 甘ちゃんだね。だったら、そのまま放置しな。


 ギアドラゴン:そ、それではクリスティーナが寂しがるッ!


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:女性キャラに甘いね。ウルフ大将はエタらせてるのに。


「う、うう……」


 ぐうの音も出ない龍。

 事実、ライオン令嬢執筆のためにウルフ大将の更新はストップしている。


 さて、まるぐりっとから『エタらせる』という言葉が出たと思う。

 聞き慣れない読者がいるかもしれないので説明しよう。

 Web小説の世界には『エタる』『エタらせる』という言葉がある。


 これは永遠を意味する『ETERNALエターナル』を語源としている。

 作品が完結せず、更新しないままの状態が続いていることで、元々はRPG制作ソフトのファンの間で使われていたという。

 なお、作品がエタる原因は『作者の病気や死去』『モチベーションの低下』などがあるようだ。

 作品の続きを待つファンには最悪の事態で、作者に対する信頼が低下することもある。

 従って、基本的に避けなければならない事態であることは注意しておきたい。


 ギアドラゴン:一日だけ待って下さい。


 龍はそう言った。

 一日だけ待って欲しいと――。


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:一日だけだと? そんな選択肢はないはずだろ。


 まるぐりっとは『冷酷』『冷徹』『冷血』な『氷の言葉』を投げる。

 だけども、龍は温かい創作者の心を持っている。

 己の作品と自キャラを『受けない』というだけで消すことなど出来なかった。

 龍は非情になれなかったのだ。


 ギアドラゴン:一日だけ待って下さい!


 懇願する龍、その熱意にまるぐりっとの氷の心がほんのり溶けた。


 まるぐりっと@「塩対応令嬢」書籍化とコミカライズ決定!:……一日だけだぞ。


 その翌日、龍は事務所で伝票整理をしていた。

 ブツブツと何かを呟きながら――。


「クリスティーナ……クリスティーナ……クリスティーナ……クリスティーナ……」


 このリアルな現実で『クリスティーナ』を想い、念仏のように彼女の名を唱えていた。

 おお、クリスティーナ! 君と別れることなんて出来ない!

 しかし、新作ガチャを引くことで書籍化への道を開く一手となる可能性もある。


(クリスティーナ!)


 龍は一人の女の処遇を巡り、ひどく悩んでいたのだ。(架空の自キャラだけど)


「龍さん、どうしたんスか?」


 そんな龍にチャラ男が話しかけて来た。

 リアルで充実してそうな泰ちゃんだ。


「お前か……」

「朝からずっと顔が暗いっスけど、何か悩みでも?」

「うむ……少しな……」


 ハンサムな泰ちゃんからチャラさが消えた。

 寡黙だが、普段それほど悩みなどを言ったことがない先輩だ。

 それが自分に悩みがあることを告白したのだ。


「何かあったんスか?」

「女のことで悩んでいる」

「え!」


 泰ちゃんは暫く固まった。

 そして、ゴクリと唾を飲み込みながら再度尋ねた。

 彼女がいなさそうな龍が女性のことで悩んでいたからだ。


「お、女ですか」

「彼女は純粋で優しい女性だ……それを別れるだなんて……」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ龍さん! どっちが別れ話を切り出したんですか!」


 龍は俯き加減に答えた。


「……第三者」

「だ、第三者って……龍さんでも、彼女さんでもないんスか!?」

「そうなるな……別れた方がいいと」

「そんなのダメっスよ!」


 泰ちゃんにガッシリ肩を握られた龍。

 細身の体なのに握力が結構あるようだ。


「い、痛いんですけど」

「いいスか! 他人にどうこう言われて別れるようじゃあダメです!」

「で、でも……」

「龍さんは本当にそれでいいんスか! 好きになった女性と別れても! もう二度と会えないかもしれないんスよ!?」


 泰ちゃんは色々と勘違いしているようだ。

 龍の女とはWeb小説上だけに存在する架空の令嬢である。

 しかし、龍はこの泰ちゃんの熱い説得に心が動いた。


「そうだな」


 頭を痛めて生み出したクリスティーナだ。

 まるぐりっとに言われたくらいで、彼女を消すだなんてとんでもない。

 俺はライオン令嬢と添い遂げる。一話くらいで消してなるものかと決意した。


「泰ちゃん、俺がバカだったよ」

「うっス! それでこそ龍さん、彼女さんの幸せを祈っています」

「お前は本当にいいヤツだな。ちょっとトイレに行ってくるぜ!」


 龍も泰ちゃんも晴れ晴れとした表情となる。

 そして、龍はドラゴンダッシュで男子用トイレへと向かった。


「アルティメット!」


 無駄にハイテンションの龍。

 マックスに駆け抜ける龍は、廊下を歩く古田島の傍を横切った。


「ウオリアアアアア!」

「きゃっ!」


 全力疾走でトイレに向かう龍の視界に古田島は入らない。

 荒らしが通り過ぎたような感覚の古田島は、呆気に取られた顔で泰ちゃんに尋ねた。


「ど、どうしたの。やけにハイテンションだけど」

「いやね、龍さんに彼女がいるみたいなんですよ」


 古田島のメガネがズレ落ちた。


「ウソ……」


 何かとてもショッキングそうな顔である。

 さて、一方の龍はトイレの個室にこもり「究極! 超合金ドラゴンメッセージ!」と呟く。

 それなるは業務時間中のDM、よい子は絶対真似をしてはいけないサボりなDMだ。


 ギアドラゴン:俺はライオン令嬢と共に生きる!


 返信先はまるぐりっと、異世界令嬢教の教祖である。

 龍は一人の女のために反旗を翻したのだ。

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