第十二筆 変わり果てた強筆敵!

 異世界恋愛。

 文字通り、主人公が異世界で恋愛を中心として展開する小説のことだ。

 この作品群では、異世界ならではのファンタジー要素や人間ドラマが描かれる一方で、主人公が異世界の住人と恋愛関係を築いていく過程が重要なテーマとなる。


 特に『令嬢もの』はWeb小説界隈で大人気のジャンルである。

 これは貴族の娘やお嬢様が主人公の物語で、多くは異世界やファンタジーの設定を背景にしている。

 お決まりとして、主人公はしばしば婚約破棄や陰謀、社交界の駆け引きといった困難に立ち向かう内容のものとなる。


「マウザくん……君はどうして……」


 龍はスマホの画面を凝視する。

 あの真面目なファンタジーを執筆していた紅蓮マウザが、まるぐりっとが掲げる『異世界令嬢教』に入信していたのだ。

 アイコンだけでなく、強筆敵ともの突然のモデルチェンジに龍は戸惑っていた。


 紅蓮マウザ@真面目令嬢小説家:ギアドラゴンさん。この間の電脳小説大賞の一次選考……僕も落ちたんですよ。


 なんと、マウザも電脳小説大賞の一次選考に落選したという。

 マウザの代表作は『暁の戦士団』という作品だ。

 以下がその内容である。


――――――


 暁の戦士団

 作:紅蓮マウザ


【あらすじ】


 遠い昔、異世界アークレアは平和と繁栄を享受していた。

 しかし、闇の魔王ヴォルサグの復活により、その平和は突如として破られる。

 ヴォルサグは彼の手下である黒騎士団と共に、世界を恐怖と絶望の渦に巻き込む。

 王国は壊滅的な被害を受け、無数の命が失われた。


 そんな中、古の予言に従い「戦士エリオス」は希望の光を取り戻すために立ち上がる。

 彼は聖剣「デイブレイク」を手にし、仲間達と共にヴォルサグに立ち向かうことを決意する。

 エリオスの仲間達は、それぞれが特別な力と技能を持つ戦士達であり、彼らは「暁の戦士団」として結束する。

 

――――――


 少し硬めのヒロイック・ファンタジーの香りがする物語。

 ストギル内において、この作品の総合評価ポイント「116」である。

 龍より評価されていると言えるだろう。

 この『暁の戦士団』は龍もブクマをつけて読んでおり、その古き良きファンタジーの香り、自分より圧倒的に高い文章力に脱帽していた。

 そして、マウザのことを強筆敵ともとして認め、尊敬していたのだ。

 この作品、龍はいつか書籍化すると固く信じていた。


 ギアドラゴン:マウザくんの『暁の戦士団』が落選するなんておかしいよ。選考は何を考えているんだ!


 怒りのメッセージを送る龍。

 だが、マウザの返信は違っていた。


 紅蓮マウザ@真面目令嬢小説家:選考の悪口を言ってはいけません。これも僕に実力が足りなかったんです。


 ギアドラゴン:マ、マウザくん……。


 紅蓮マウザ@真面目令嬢小説家:でも、安心して下さい。僕は書籍化作家のまるぐりっと様に導かれたのですッ!


 ギアドラゴン:!?


 そう、マウザは龍に送ったメッセージを思い出して欲しい。

 ギアドラゴンさんも『異世界令嬢教』に入信しましょう、と。


 紅蓮マウザ@真面目令嬢小説家:まるぐりっと様はワナビの僕に声をかけてくれました! 僕には書籍化作家の才能があるってッ! あの方は聖女です! 素晴らしい令嬢作家なのですゥ! 創作界隈に現れた聖母様なのですゥ! ウヒャヒャヒャ!


 ギアドラゴン:マ、マウザはん?


 すると、マウザは自作品のURLを貼り付けた。


 紅蓮マウザ@真面目令嬢小説家:まるぐりっと様の素晴らしいご指導とお導きにより! 作品を大幅に改稿しましたよオオオんッ! これが全く新しい『暁の戦士団』ですゥ!


 龍は恐る恐る「ひ、飛龍クリック!」とリンク先に飛ぶ。

 そこには、変わり果てた『暁の戦士団』があった。


――――――


 暁で出会ったのは、戦鬼令嬢の私だけを「溺愛」するイケメン騎士様達でした 〜異世界で始まる真実の愛と戦いのファンタジー! 八人の騎士様が私だけをラブしてくれます!〜

 作:紅蓮マウザ


【あらすじ】

 平凡な生活を送っていた高校生、荘司結衣はトラックに跳ねられて死んだ。

 そして、結衣は異世界アークレアの令嬢「エミリア」に転生していることに気づいた。

 転生したエミリアは伝説の戦士『戦鬼令嬢』だ。


 彼女の目的は闇の魔王ヴォルサグから世界を救うこと。


 それはなんと、結衣が大好きな乙女ゲーム「シュヴァリエ・オブ・ステラ」の世界だった。


 強く、気高く、美しく。

 そして、ビキニアーマーを装備した主人公エミリアはお色気満点で超かわいい。

 そんな彼女を王国の『暁の戦士団』のイケメン騎士達がほっておくはずもない。

 デートの誘いや、壁ドン、プレゼントのサプライズ――。

 転生前はモテなかった結衣もここならモテモテだ。


 ヴォルサグの復活により混乱と恐怖が広がる世界だけど――。


 エミリアは異世界で自分の運命と恋を見つけるため! イケメン騎士達と共にヴォルサグに立ち向かう!

 聖剣「デイブレイク」を手に愛の斬撃乱舞だ! 私だけが貴公の溺愛をいただきますっ!


 戦いに、恋に、デートに、エミリアは「平和と真実の愛」を獲得する!


――――――


「う、うわあああああッ!」


 龍は叫んだ。

 とんでもない作品に腐食していたからである。(言い過ぎ)

 そして、マウザからのメッセージが続く!


 紅蓮マウザ@真面目令嬢小説家:書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 令嬢バンザイ! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい!異世界恋愛しか勝たん! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい! 書籍化したい!


(マ、マウザ……もう……もう休め!)


 更に龍に追い打ちをかける。

 マウザから次のメッセージが送られてきたのだ。


「こ、これは……ッ!」


 紅蓮マウザ@真面目令嬢小説家:異世界令嬢教の教義。


 一つ、汝は異世界恋愛を愛せよ。

 二つ、汝は令嬢を尊びなさい。

 三つ、汝はイケメンの溺愛を受けよ。(出来れば辺境伯がいい)

 四つ、汝は婚約破棄されても怨むことなかれ。

 五つ、汝は転生に救いを求めよ。

 六つ、汝は聖女の心を持ちなさい。

 七つ、汝はランキングを常に意識せよ。

 八つ、最後に愛は勝つ!

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