第2話 あの日

「えぇ!最終面接泊りがけなの!?」


「あぁ昔から憧れの会社なんだ。万が一にも遅刻なんてしたくない」


「そうなんだ……」


「なんだよ、たかが一泊だぞ?」


「……うん」


「大丈夫、心配しなくても寄り道せずまっすぐ帰ってくるから」


「……わかった。信じるからね」


「葵、同棲始めたら前より心配性になったよな」


「前から心配性だったの!でも文字に残すと重いでしょ?今は言えるから」


「なるほど、それじゃ葵に心配かけないためにも向こうのホテルではずっと通話つなげとくか?」


「いいの!?じゃあそうする」


「半分冗談だったんだが……まあいいか」


「約束だからね?」


「おう」


「そういえばスーツ着て見せてよ。それ着て写真撮ろ!」


「第一志望前だからクリーニングに出しちゃった」


「えぇ、見たかったのに。じゃあこのまま撮ろう!」


「いつもと変わらないのに撮るのか?」


「そういう気分なの!」


「ははっ、わかったよ」


 ◇◇◇


 遠い昔のようで最近の記憶。


 あれから少しして、俺は葵に送り出されて面接を受けに行った。


 到着先のホテルでは持ち物の最終確認も早々に葵に連絡をした。

 しかし、その連絡が返ってくることはなかった。

 深夜まで待ってみたが連絡はなく、少し心配になったが面接のことも考えその日は眠ることにした。


 翌日、朝になっても連絡はなく、俺は緊張感の中に不安も抱えながら最終面接に臨んだ。


 緊張自体は良い方向に作用して、俺は好感触で面接を終えることができた。


 しかし、それを忘れさせるほどの知らせがすぐに飛び込んでくる。


 俺は面接が終わり、これから帰るという旨の連絡をしようと面接中は落としていたスマホの電源を入れる。

 するとそこには葵の友達や知らない番号と、色々なところからの連絡が入っていた。


 目にした瞬間、今までに例のないほどの焦りや不安を覚えた。

 一番上の番号にかけなおすとすぐに相手は電話に出た。


「もしもし、いったい何が……」


 俺が言い切る前に嗚咽交じりの怒声が耳に響いた。


「明くん!今どこなの!?葵が……葵がぁ―――」


 嘆きのようなその声に圧倒され言葉が出ない。

 俺の返事とは関係なく相手は一方的に喋った。


「葵が重症。昨日の夜から意識戻ってない」


「……何を言っているんだ?」


 脳が処理を拒んでいる、理解を拒絶しているようなそんな感覚を覚えた。


 「とにかく早く病院に来て!」


 そう言って自宅近くの大学病院の名前を言われ、何も考えないまま病院へ向かった。


 正直そこからはどうやって帰ったのかさえ覚えていない。


 何とかたどり着いた大学病院で電話をしてきた葵の友人に引きずられるように病室へつれて行かれた。

 そして……そこで見たことを俺は一生忘れることはできない。


 葵は俺が病院についてから1時間ほどして動かなくなった。


 スピード違反に信号無視さらには飲酒運転まで、車両関係の罪を網羅するような車に突っ込まれたそうだ。さらに運転手は葵を撥ねてからもスピードを緩めず、車が停車したころには、車と呼べる状態のものは残っていなかったらしい。


 そんな車にぶつかられた葵は頭を強く打っており、もう意識が戻ることはない。

 床に臥せる葵はもう本人なのかどうか確認することもできないほどで、それでも俺には葵だとわかった。

 

 幸か不幸か、感情的な理解が追い付かないままだった俺はそのあとの処理を淡々とこなすことができた。


 そうして約1年という時間が過ぎ、ようやく感情が現実に追いついてきたところだ。

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